134 仲間思い
天界・ウリエル宮
近距離でゴーエルを相手にしがら、中距離のテンメリエルの縄を捌き、遠距離のアムエルの光の矢を避けるA2。
普通であれば、数十秒と持たないこの状況でA2は笑みを浮かべながらヘラヘラと楽しんでいた。
というか、逆に攻撃を否され、こちらばかりが攻撃をもらう状況に『ウリエル親衛隊』の3人の方がペースを崩される一方だった。
「ヒョヒョヒョヒョッ。」
A2がついには変な声で鳴き始めた。
頭がおかしくなったのか?と思わせる行動だったが、切羽詰まったこの状況においては逆にA2という悪魔の得体の知れなさを増幅させる要因になり得た。
A2は余裕を持ってゴーエルの攻撃を避ける中、いきなり体を捻ってゴーエルの脇腹に蹴りを入れた。
その蹴りは相手を倒す豪快な人蹴りではなく、針を刺すような鋭い蹴りで、ゴーエルの脇腹には穴が空いた。
だが、これにゴーエルが反応することはなかった。
痛みは確かだ。それでも、目の前の獲物を狩るという強い意志が、ゴーエルを動かした。
そして、ゴーエルはA2の足を掴むと、そのまま横に投げた。
その先にはテンメリエルの『棘の王女』が待ち構えており、一瞬でA2の全身を鞭で包むと、テンメリエルが強く引っ張り、A2は棘に囲まれ絞られるように潰された。
「あっけねぇ〜…とはいかなそうだ…」
テンメリエルが絞られてボロボロになったA2を解いてもなお、A2は何事もなかったかのように復活した。
テンメリエルがゴーエルの元に近づいてきた。
「おい、テンメリエル〜。アイツは一体なんなんだぁ〜。こういっちゃなんなんだが〜勝てる気がしねぇぜぇ〜〜。」
「だいぶ大きく見ていたつもりでしたが…どうやらあの悪魔をまだ大きく見なければいけないようですね。」
「第一次天魔戦争を思い出すなぁ〜。あの光景をぉ〜。」
2人の目に映るA2の底知れなさは、第一次天魔戦争の時に見たとある悪魔と輪郭が一致し始めた。
その悪魔というのが「地獄の王・サタン』の姿だった。
「アムエル!天器使用を許可します!使ってください!!」
「い、いいんですか!!」
「それをしなければ勝てな相手です!」
「わ、わかりました!」
「おぉ〜いいのかぁ〜?」
「えぇ、あの悪魔はそれに値しますので。」
遠くの空に浮かぶアムエルがテンメリエルから何かの許可をもらうと手を挙げた。
すると、その手には金色の弓が握られた。
「久しぶり!力を貸してね!!」
アムエルは弓に話しかけると軽く口づけをして、勢いよく弓を上に投げた。その矢は眩い光を放ち、周囲を真っ白で包んだ。
その光が晴れると、アムエルの周囲には無数の弓が出現していた。
アムエルの天器『百天の弓矢』
1本の弓を無数の弓として出現させ、全自動で矢を放つ能力を持つ天器。
この天器を使用するにはテンメリエルかウリエルの許可が必要でだった。その理由は…
「行くよ!GO!!」
アムエルの合図とともに出現した弓1本1本に光の矢が装填されると、その矢はA2に向かって明確な殺意のもと発射された。矢は何かに着弾すると同時に爆発。そんな矢が全自動でA2どころかA2の周囲ごと吹き飛ばした。
これが『百天の弓矢』の使用に許可を必要とする理由だった。
この威力の矢が戦場で放たれることになれば、敵は愚か味方も巻き込みかねないことになり、結果的に無差別な殺戮とも称される惨状を作り出す。正義を掲げる天使に殺戮という言葉は相対すると考えたミカエルの意向をウリエルが受け取り、この判断をしたのである。
この『百天の弓矢』の及ぼす被害は1分と経たずしてウリエル宮の周辺を大きく破壊するほどだった。こんな場所に逃げ場などなく、姿こそ見えないものの3人は反撃がないことを理由にA2の排除を確定視した。それでも、テンメリエルは気持ち長めにアムエルの攻撃を続けさせると、手を上に上げ、それを確認したアムエルも攻撃を止めた。
攻撃によって舞い上がった煙が風に流れ、地面の形が露わになった。グチャグチャの地形になってしまい、近くの建物も跡形も無くなっていて、そのどこにもA2の姿はなかった。
「こんなんじゃぁ〜跡形もねぇんじゃぁねぇのぉ〜。」
「いいのです。これで。多少の被害を出してでも排除すべきではありましたから。アムエル!お疲れ様です!よくやってくれました!!」
「は、はい!久しぶりなので抑えるのが大変でしたが…」
「「!!!!」」
テンメリエルとゴーエルの2人はアムエルの後ろにいる存在を見て、背筋が凍った。
「アムエル!後ろです!!逃げてください!!!」
「え?」
テンメリエルの言葉にアムエルは後ろを振り返ると、そこにはA2がいた。A2は逆光のせいか白目を剥いて笑っているように見え、そのままアムエルの顔面を優しく触れるように右手で触った。
その瞬間、アムエルは全身から一気に抜けていく感覚を覚え、そのまま地面に落下した。
「アムエル!!」
テンメリエルとゴーエルの2人は急いで落下したアムエルの元に飛んだ。
「大丈夫かぁ!」
ゴーエルはアムエルを抱え上げ、呼吸を確認した。
「…浅い…浅いがまだ息はあるぅ!回復魔法を…」
「やめておいた方がいいのでは?」
息が浅くなっているアムエルをなんとか生かすためにテンメリエルが回復魔法を使おうとしたその時、A2がワープをしてきた。
笑みを絶やさずに飄々とした態度のA2は、2人の目には当て付けのように映り、ただただ仲間がやられた怒りが増大するばかりだった。
「テメェ、何しやがった?」
「何…とは?」
「触られただけでぇ、なんでこうなるのかって話だぁ!!」
「声が大きいことで。」
ゴーエルの怒号にA2は耳を塞いだ。
「まったく、天使と言えども客人に怒号を浴びせるとは…憎き相手とは言えど品が無いね、品が。」
「舐めてんのかぁ!」
「うるさいなぁ。まぁいいさ。時間がないんだ早くしよう。」
「何ぃ〜。」
「私にという話ではないよ。彼女にという話だ。私の魔術で彼女の細胞は中枢を除いて8割方破壊させてもらった。だから、話を長くすればする分だけ、破壊が進行してしまう。そこでだ。選択肢を2つほど提示させていただきたい。」
「聞きましょう…」
「では…
テンメリエルはどんな提案をされてもアムエルを救うという覚悟を持ってA2の提案を聞いた。
ーーーーー
天界・ウリエル宮(聖剣結界)
「ほほぉぉ!いやいやこれはまた凄まじい練度の結界術だ!!」
A2は聖剣結界へと足を踏み入れていた。
『聖剣結界』は名のごとく、聖剣と呼ばれる剣を媒介としてウリエルの魔力を元に結界を形成している。
その内部は、多くの聖剣が地面へと突き刺さっており、1本1本が鎖で繋がれ、魔力を流し合って循環を作り上げていた。その結果、魔力はどこにも逃げることなく恒久的な結界維持をすることができていた。
「今度は、出力を見誤らないようにしなくてはね。」
A2は段階的に張られた結界を魔術で破壊しながら進んで行った。何十層にも厳重に張られた結界は奥に進めば進むほど、強度を増していた。ただ、A2はそれに見合うだけの出力で破壊していくだけだった。
そしていよいよ最後の一枚というところまで来た。A2はその結界に優しく触れた。その先には台の上に置かれた、布に包まれた何かが置かれていた。
ーーーーー
天界・ラファエル宮(上空)
「テンメリエル良かったのかぁ?」
「えぇ…私にはこの選択が正しいと思ってしまいました。」
上空を飛ぶ2人。ゴーエルの腕には瀕死のアムエルが抱えられていた。
「まぁ、主導権はお前にあったんだぁ。おらぁ何も言わん。だが、忘れるなぁ、主導権があってこたぁ、責任もあるってこったぁ。」
「えぇ、わかっています。」
A2の提示した事は、聖剣結界に行くことを見逃してくれ、そうすれば君たちを逃す。ということだった。なんとも上から目線の提案だったが、テンメリエルには仲間を失いたくはないという気持ちが強く働いてしまったのだ。
その結果、A2が聖剣結界に行くことを見なかったことにし、医療の最高峰『ラファエル宮』でアムエルを手当てしてもらうことを選択したのだった。
正しいかどうかはわからない。ただ自分の心に素直に従った結果だった。
それも自分を正当化するための慰め文句かもしれなかったが、テンメリエルは行いが間違いではなかったと自分に杭を刺した。
ーー終ーー