130 次の狙いと主席
天界・ガブリエル宮
ホコリ臭く、傷の付いたガブリエルの自室でA2は『天使長・ガブリエル』と対面していた。
「『天使長・ガブリエル』さん、どうですか?あなたにとっては良い提案ではないですか?」
「…なんで…理由は何?」
「理由?地獄ではサタンは大人気なんだ。そのカリスマ性に憧れ崇拝する悪魔というのもたくさんいる。かくいう私もその1人。崇拝対象の復活を願うのは当たり前と言えば当たり前の志であり、それがそのまま私がそれをしたい理由だ。」
「でも…なんで私を?」
「あなたがサタン…いや、ルシファーに好意を持っていたと聞いた。だからこそ、復活は一番近くで見てもらいたい。その善意の結果が導いたんだ。」
ガブリエルの心は揺らいでいた。失効してはいない『天使長』という肩書き。ルシファーに向ける1天使としての恋心。責任か自己か、どちらを優先すべきかをガブリエルは真剣に考えた。
ーーというのは正常なガブリエルであった場合の話であった。ルシファーがサタンとして堕天し、敵対しなくてはならなくなったことを受け入れきれないガブリエルには、揺らぐも何も一刻も早くルシファーに会うことが最優先事項。この状態であれば、A2の提案を鈍った判断で受け入れる他なかった。
「私は…何をすればいい?」
「質問に答えてもらいたい。」
「…何?」
「『サタンの頭部』はあなたのおかげで地獄で所有している。残りはきっと天界のどこかにあるはず、どこにあるんだい?」
「右腕はウリエルの『聖剣結界』、左足はラファエルの『旋律結界』で保管されている。本当は私の『拒絶結界』で管理していたけど、先日ラファエルの元に移動された。」
「ふぅん…あなたが持っていれば話は早かったんだがね。残りの左腕と右足はどこだい?」
ミカエルたち天使長によって
「…人間界にある。」
「人間界?これはまた不思議なことだ。全て天界にあるとばかり思っていた。」
「第一次天魔戦争以降、天使と悪魔の人間界への出入りをミカエルが規制したでしょ?その理由の1つが人間界にサタンの左腕と右足とを封印したから。」
「てっきり、ミカエルが自身の力の半分を。防衛と天使・悪魔間での戦争の抑止のために人間界に移し、それが悪魔の手に渡るのを防ぐためだとばかり思っていた。」
「悪魔だけの出入りを規制するのは反感を買う。それなら両者の出入りを禁止し、規制の平等化と人間の保護を選択した。」
「つまり、ミカエルが人間界の出入りを禁止したわけは『サタンの部位を人間界に封印したことと』『自身の力の半分を悪魔に取られないため』というわけかい?」
「それともう1つ。人間界のどこかにはルシファーが封印した『大罪』と呼ばれる悪魔が眠っている。その場所がどこかルシファーしか知らないけど、『大罪』の封印を解かせないという理由もある。」
「なるほど…まだまだ知らないことがたくさんあるようだ…」
A2は部屋に置かれた少しホコリを被った椅子に腰をかけた。A2が腰をかけてと同時にドフッという音と共にホコリが舞い上がった。
「ゴホッ!ホコリがすごいな。」
「勝手に乙女の部屋に入ってきて文句?デリカシーはどこに置いてきたの?」
「すまないね。天界に来るとは言え、見てわかるように手ぶらなんでね。」
ガブリエルも先ほど倒した椅子に座り直した。
「最後にいいかい?」
「…何?」
「土産にサタンのどこかの部位を持ち帰りたいんだが、どれがいいと思う?」
「…ウリエルの『聖剣結界』がいい…と思う。ラファエルの『旋律結界』は私でもミカエルでも破れないぐらいには硬い…それならウリエルの方がいいと思う。」
「では、右腕をお持ち帰りと行こう。」
A2は椅子から立ち上がるとパッパとホコリを払い、ガブリエルに背中を向けた。ガブリエルはそんなA2に向かって話しかけた。
「あなたの話はまだ半信半疑…だから『聖剣結界』から右腕を盗めたら本腰を入れる。それでいい?」
A2は顔だけを振り返り、ニヤッと笑った。
「では、ストレッチでもしておいていただきたいね。」
そう言ったA2にガブリエルは何も返事さなかった。すると、A2の目の前は連れてこられてきた時と同様に万華鏡のような空間が広がると、ガブリエル宮の外へと返された。
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ナールガvsエクリエル
ナールガの拳がエクリエルの頬を掠め、エクリエルの頬には切り傷ができた。
「悪いな、せっかくの清い顔に傷がついちまったわ。」
「構わない。どうせ後で浄化するんだ。今はそれよりもお前たちを消すことが…最優先だ!!」
エクリエルはナールガの目では追えぬスピードでナールガを蹴り飛ばした。まさにその様子といえば発射された弾丸のようなスピードで、そのまま壁にぶつかったナールガのはいくつもの壁を突き破り、多くの天使たちの集まる場所にたどり着いた。
「ひぃっ!」
そこはどうやら、悪魔が襲来したことを聞かされたミカエル宮の周辺に住む天使たちの避難場所のようだった。悪魔の襲来に恐怖し身を寄せ合う天使たち。老若男女、様々な容姿が美女寄せるそんな場所に、蹴り飛ばされて血だらけの悪魔が不運にもそこに辿り着いたのだ。
ナールガの周りに散らばった血は主人の元へ帰り始めた。そして、ナールガは不気味な立ち上がり方とともに傷を完全に癒した。
そんなナールガのすぐ近くにいた母親と身を寄せ合う天使は、恐怖と拒絶の入り混じった涙目でナールガを見た。自分の子供のこの様子に母親は急いで子供の後頭部を掴み、下に向けた。もし、子供の向けた目で悪魔が逆上すれば、皆が殺されると思ったからだ。
「はぁ〜、別に取って食おうなんで思ってねぇ。お前ら1人1人を殺すために来たんじゃねぇからな。」
「偽善だな。」
すると、エクリエルがワープしてナールガの前に姿を現した。
「偽善って…貧性な思考だ。」
「黙れ悪魔!!民を危険に晒した罪は重いぞ!』
「はぁ…場所を移そう。」
そう言ってナールガは天井を突き破って天高くに浮遊した。その後を翼を羽ばたかせたエクリエルが追ってきた。その周りにはいくつもの輝く羽がこぼれ落ちていた。
その羽はエクリエルがナールガに指を向けた途端、エクリエルを追い越しナールガに向かって飛んでいった。ナールガはこの羽をスマートに避け続けるが、この避けられた羽は追尾性能が付いており、ナールガに向かって戻ってきた。
「邪魔だな。」
ナールガは周囲に魔力のエネルギーフィールドを展開すると一帯の羽を消滅させた。と、次の呼吸をする暇も与えず、エクリエルが突っ込んで来た。
「馬鹿正直に突っ込んできたな!勝てるとでも?!」
現実的に肉弾戦を行なって部があるのはナールガの方である。だが、それでも突っ込んでくるという選択をとったエクリエル。エクリエルとてこちらに軍配が上がらないことなどわかっていた。だが、それでも近づいたのには訳があった。
ナドリエルはナールガの右腕を掴み動きを止めると、ナールガの懐に右手をやった。すると、そこに光が集まり、1丁の銃が姿を現した。
ナドリエルはその銃の引き金を丁寧に素早く引くとナールガを脇腹を光の弾丸が貫いた。
「がはっ!」
攻撃に対してある程度の耐性がついているナールガであったが、この痛みは異常なほどに効いた。脇腹に空いた風穴。その周辺が焼けるように痛い。その痛みは次第に全身を余すことなく針で刺されたような痛みとして広がっていった。さらにうまくフルオートの回復魔法が機能しなかったのだ。
ナールガは力を失い、地面に向かって落ちていった。
ナドリエルはその様子を見て、銃口から出る黒煙をフーっと息で流した。
大抵の攻撃に耐性を持ち合わせているナールガが力を失うほどの痛手を負わせた理由は、ナドリエルの持つ銃が関係していた。
『天器・マークゼロ』
ナドリエルの専用武器であり、地獄でも天界でも稀に見る100%の両者の適合が判定された武器である。ナドリエルと完全共鳴したマークゼロはナドリエルの魔力を自在な形に変形させることができ、ナドリエルの計算高さに万能な実行力で後押しするとい相棒のような武器だった。
ナドリエルはマークゼロを下に落ちていったナールガに向かって何発も発砲した。発砲された光の弾丸は中で乱反射するように分散し、雨のようにナールガに向かって降り注いだ。
「ふんっ…悪魔の分際で。」
ナドリエルは煽るように下を見て鼻で笑った。それは誰でもないナールガに向けられたものだった。
ーー終ーー