プロローグ エクサーの行方
人間界・サンタモル孤児院
この日の教会に吹く風は干した洗濯物がよく乾く風だった。
湿気も程よく温度も心地よい。草木も喜びを示すように擦れ合い、耳障りの良い音が微かに聞こえた。
そんな中で遊ぶ孤児院の子供達の元気は何割増しにも楽しむ1つの要因となった。
皆が遊びまわる声が飛び交う教会に、対照的に比較的静かな部屋が一室あった。
それは礼拝室だった。
多く置かれた長椅子の向く先にある教会台。その背後には少し現実とは違いはあるが、ミカエルの彫られた白い石像が天に向かって手を上げる、石像が設置されていた。
その像に向かって膝を突き、目を瞑って何かを願う少女が1人。
あれから数分、少女は微動だにせず数分間願いを終わると、目を開けた。
茶色の髪の毛に茶色の眼。子供の頃よりも更に存在感を強めたそばかす。少し華奢な体。
少女の名はティニー。
エクサーの幼馴染の少女だった。
ティニーは立ち上がり、最後にミカエル像に一礼をすると体を扉に捻り部屋の外に出て行こうとしたところ、礼拝室の扉が開いた。
「やっぱりここにいましたか、ティニー。遊ばなくていいのですか?」
「ハンナシスター。こんにちは。」
ティニーの前に現れた若い女性。
女性の名はハンナ。ティニーが言ったようにこの孤児院のシスターだった。
黒い目に高い鼻。整った黒髪をウィップルの中にいれた姿。
165cmの身長を一切のシワの無い服に身を包んだ彼女は典型的なシスターであり、ティニーもハンナもお互い、欠かさず礼拝を行う、その真面目な姿勢に共感と親近感を抱いていた。
「こんにちは。毎日礼拝を行うとは感心ですが、子供であれば年相応の行動も大切ですよ。」
「ごめんなさい。」
「行きましょう。今日は天気がいいです。」
ーーーーー
2人は礼拝室を出ると、ゆっくりと廊下を歩いていた。
「シスター。今回は早いお帰りでしたね。」
「えぇ。今回のギムレット神父は特に早い仕事でしたから。…ティニー。聞いてもいいのかわかりませんが、あなたはまだ彼を、エクサーの無事を願っているのですか?」
「……」
ティニーよりも背の高いハンナシスターからはティニーの顔が見えず、質問に返答が無いために自信が彼女の地雷を踏んでしまったのでは無いかと心配になってしまった。
「い、いえ、ティニー。言いたくなければ言わなくていいのですよ。」
「…そうです。」
ティニーは少し苦い顔をして答えた。
「やはりそうでしたか。」
「エクサーは帰ってくるのでしょうか?」
「…わかりません。」
「…一体…一体、エクサーはどこに行ったのですか!」
目に涙を浮かべたティニーは声を荒げた。
シスターにはティニーの涙が悲しみの涙ではなく、怒りの涙であるとわかった。
エクサーがいなくなってからティニーは自責の念に駆られていた。
一緒に読書をして、水を取りに行ったあの一瞬にエクサーに何があったのか。もし、あの時、水を取りに行っていなければ。エクサーはまだ隣にいたかもしれない。
いなくなることが分かっていれば、もっと一緒に過ごす1秒を大切にすればよかった。
それにシスターにも怒りを見せていた。
シスターはなんとなくエクサーがなぜ突如姿を消したのかを知っていた。
それにティニーは勘づいていたのだ。
知っているにも関わらず、何も言ってこないシスターには、これを思い出すたびに怒りを思い出しては押し殺していた。それが今、溢れたのだった。
「あっ、う…うぅ……うぅぅ…」
我慢してきた感情を表に出し、泣き崩れるティニーをシスターは優しく抱きついた。
ティニーの泣き声は廊下に響いた。
「ごめんなさい。ティニー。我慢させてしまっていたのね。ごめんなさい…ごめんなさい。」
シスターもティニーを子供をこれほどまでに追い詰めてしまっていた責任を感じ、涙を流した。
そして、シスターは決意をした。
「ティニー。エクサーが…エクサーがどこへ行ったかを教えましょう。ただ、私の口からは言えません。神父様の口からです。」
ーーーーー
人間界・サンタモル教会(神父室)
「ここから先に神父様。ギムレット神父がいらっしゃいます。神父様は慈悲深いお方です。きっと、教えてくださるでしょう。ですが、神父様のおっしゃったことは他言無用です。これは絶対事項です。」
「わかりました。シスター。」
「では、行きましょう。」
シスターは扉をノックすると扉を開けた。
「失礼します。神父。」
「お〜これは。シスター・ハンナ。どうしましたかな?」
椅子にどっしりと腰をかけた男は、シスターとハンナの姿を見るや否や、にこやかな顔をすると、書類を書いていた手を止めた。
この男がギムレット神父だった。
年齢は61歳。190cmの身長に少しオーバーサイズのスーツ。筋肉質で小さめの眼鏡。年相応といった肌に顔に少しの傷跡。それよりも目を引くのは深い傷の残った両手だった。
傷は切り傷、刺し傷など様々な傷でありティニーはそれを見て少し引き攣った顔をした。
神父はティニーの様子に気づいた。
「すまない。ティニー。驚かせてしまったかな?こういったことを防ぐためにいつも手袋をしているんだがね。部屋にいるからと油断してしまった。」
そういって神父は机に飾るようにかけてあった黒い手袋をつけた。
「神父様。単刀直入にお願いします。エクサーがどこに行ったかをティニーに教えてはいただけないでしょうか?」
すると、神父から笑顔が消えた。怒ったとかそういった理由ではなく、真面目な真剣な顔へと切り替わったのだ。
「いつか言わなければと思っていた。ティニー。君もまだ子供だ。いつかは限界が来ると思っていたが、とうとう爆発してしまった。申し訳ない。君をこんなに我慢させてしまって。私は愚かだった。」
神父は窓際に立つと外で遊ぶ子供達を見た。
「時にティニー。悪魔を信じるかい?」
「信じる?」
「決して、信仰しているかとかそういうことではない。ただ、存在はどうかという話だ。」
「いる…と思います。だって、シスターや神父様は、そのために、悪魔祓いのためにいつも遠くに行っていますから。」
「…悪魔と言う者は存在はしているのだ。ただ…数は多く無いのだ。」
「…?」
「悪魔祓いを頼まれて向かった先で起こっていることの正体は病気だ。私は昔、精神医学の免許を取っただからわかる。世間的理解は浅いが精神病というやつだ。」
「…」
「だが、稀に悪魔による事例は存在する。手の傷や顔の傷はそれによるものだ。」
神父は机に向かうと机の上に置かれたグラスを取り、口に水を含んだ。
「回りくどいことはやめよう。エクサーは悪魔になったのだ。」
「!」
「エクサーが消えた図書室を調べたところ、何者かの魔力が残っていた。」
「魔…力?」
「魔力を扱えるものは天使と悪魔。人間では不可能だ。」
「そんな…でも。」
「これは作り話でもなんでもない。本当のことだ。」
神父は服の中からペンダントを取り出した。
そのペンダントは虹色に輝く石が装飾されていた。
ティニーはそれを見た時、輝かしさと神々しさを感じた。なぜか感動させられそうになった。
「数百年前。いやもっと前かもしれない。大天使ミカエル様は私の先祖にこのペンダントを渡した。
『このペンダントには力がある。他でもない私、ミカエルの力。私の力の半分をこのペンダントに込めた。人の希望よ。これで人間を守りなさい。』
そう言ってペンダントを送った。それがこのペンダントだ。このペンダントを使って悪魔を祓ってきた。」
神父はペンダントを服の中に隠した。
「エクサーがいるとすれば地獄。生きている確証はない。」
「地獄…」
「遠い場所だ。いくら走っても辿り着けない場所だ。」
「そんな…」
「だが、悲しいことだが、もしエクサーが生きていたとすれば私は彼を殺さなければならない。それは先祖の意思であり、ミカエル様の意思だからだ。」
神父の言葉に涙を流すティニー。生きているかもわからない。会えるかもわからない。もし生きていたとすれば神父に殺される。神父は必ず執行する。そこに例外はないと分かっていた。
一少女が泣くのも無理はなかった。
「ティニー。エクサーは生きていればきっと戻ってくる。その時は、愛で優しく心を射止めるのだ。愛とはこの上ない嗜好なのだ。」
シスターは泣くティニーを宥めた。
「『残酷』故『愛』か。『愛』故『残酷』か。」
ーー終ーー
この章は短いと思います。
短いというか3話、4話ぐらいで終わります。はなからそのつもりでしたので。
あと、どうしても暇ですることがないってなったら感想書いてくれると嬉しいです!
設定がわかりにくい!って書かれたら、設定をまとめたりなんだりします。
せっかく皆さんに読んでいただけてるのですから、作者なりの説明責任は持たないとですね。