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マギア・リーベル  作者: 彩音
本編
9/20

09.1日限りのスイーツ店。

 苦い経験をした[事]から1ヶ月後。

 リアとアミが2人で営んでいる店。春秋食堂。

 普段は定食屋のその店は本日、スイーツ店と化していた。

 いつもの鯖の味噌煮などのメニュー表は何処にもない。

 代わりに置かれているのはスイーツばかりが載っているメニュー表。

 常連の女社長が厨房にいるリアに店のことについて率直に尋ねる。


「ねぇ、いつからこの店はスイーツ店になったの?」

「今日だけですよ。そういう気分なんです」

「ついにメニューも気まぐれになったのね……」


 女社長の目当ては鯖の味噌煮定食。

 有り付けると思っていた物がないのは結構心にクルものだ。

 沈む女社長。リアは「ビールならありますよ?」と一応フォローを入れたが、「スイーツにビールは合わないと思うの」と至極真っ当なことを言われた。

 二の句が繋げない。リアは黙って下ごしらえを始める。

 女社長は今回は席を立とうとしたが、アミが彼女に「帰っちゃって良いんですか? リアちゃんの作るスイーツって一口食べたら病みつきになりますよ? 美味しいだけじゃないんです。流行りのケーキだったりするのにノスタルジックな思いが心に去来するんですよ。食べずに帰るなんて勿体ないです」などと耳元で囁き、興味をそそられた女社長は帰宅を止めて席に戻ってメニュー表を見始めた。


「オススメは何かしら?」

「ふわっふわのパンケーキです」

「じゃあそれをお願い」

「は~い、リアちゃん。ふわっふわパンケーキ1つね」

「畏まりました」


 頼むものが鯖の味噌煮定食でないこと以外はいつものやり取り。

 アミは飲み物はどうするかと聞いてみる。


「お客様、お飲み物はどうされますか? オススメは……」

「ビール大ジョッキでよろしく」

「え? ビールはスイーツには合わないと先程……」

「良く考えたら私って家でビール吞みながらスイーツ食べてたの思い出して。だから平気だなって」

「……………。すぐお持ちしますね」


 腑に落ちない。そう思いつつもアミはビールサーバーへと向かって歩く。

 彼女がビールをジョッキに注いでいる間に猛烈な勢いでスイーツを作るリア。

 鬱憤が溜まっているのだ。本部から【リーベル】のデータが流出したせいだろう。

 ここのところ【リーベル】に所属している女性達の隙を突いて銃を撃ってきたり、包丁で刺してきたり、すれ違いざまに殴ってきたり、地下鉄・電車のホームで背中を何者かに押されたりといった事件が全国各地で多発している。

 全部が全部公爵令嬢のせいじゃない。黒幕は彼女だろうが、こんな[事]になっているのはデータを奪い取った奴のせいだ。何処の誰で何が目的なのか? 魔法連盟が調べているが、未だにハッカーの足取りは掴めていない。


 仲間達の死、重症、行方不明といった内容を聞かされて良い気分でいられよう筈もない。

 それにリアもアミも四六時中気を抜くことが出来なくなった。

 外にいる時はいつも気を張っているせいで精神的に物凄く疲れる。

 キレたリアが始めたのがこれ。1ヶ月前に嗅いだ甘ったるい匂いがず~っと脳内に残ったままだったのが原因。

 あれがなければいつもの料理がいつもより美味しくされて提供されていただろう。

 アミが女社長の席の前、テーブルの上に大ジョッキのビールを置く。


「お待たせしました」

「来た来た」

「アミ。ふわっふわパンケーキ出来たよ」

「早いね。は~い、すぐ受け取りに行くよ」


 今回は残念ながら事故は起きなかった。

 何事もなく女社長の前にふわっふわのパンケーキが置かれる。

 3枚の小型パンケーキの上にバニラのアイスとミントの葉、ベリーミックスのソースが掛けられたもの。

 甘くて少しすっぱい香りが女社長の鼻孔を擽る。

 フォークでパンケーキを刺すと彼女の予想よりも柔らかに生地にフォークが突き刺さった。


「うわっ! 柔らか」


 思わず声を上げてしまう女社長。

 "にまにま"と彼女のことを見つめるアミ。


「えっと、急に大きな声を出してしまってごめんなさい」

「いえいえ。気にしないでください。私も初めて食べた時に同じことしたので」

「あははっ、そうなのね」


 ちょっと照れながら女社長がパンケーキを口に入れる。

 口の中の熱でパンケーキはすぐに溶けて消え去った。


 もう一口と思ったと同時、脳内に浮かぶ子供の頃の思い出。

 今よりはお金持ちではなかったが、毎日が楽しくて仕方がなかった。

 春夏秋冬。特に冬。今は嫌いな大雪の日が大好きだった。

 両親や友達と雪だるまを作った思い出。S市名物雪祭りの思い出。雪をかき氷のようにして食べようとして母親に注意を受けた思い出。

 女社長の瞳から涙が溢れてくる。


「……。仕事に忙殺されて忘れてたことを思い出したわ」


 ハンカチで拭っても拭ってもパンケーキを食べ進める度に涙が出てくる。

 パンケーキが子供の頃の思い出に関係している訳でもないのに謎の現象。

 女社長の涙を見てなんとなく貰い泣きしてしまうアミ。

 そこにリアのクラスメイト達がやって来た。


「あれ? スイーツ? ここって定食屋じゃなかったの?」

「今日だけスイーツ店。いらっしゃいませ」

「へぇ、何にしようかな」


 以前にカラオケ店に行ったメンバー。

 3名はいつもと変わらないが日葵の様子がなんだかおかしい。

 口で説明しにくいが兎に角変だ。

 他のメンバーから「何か変だよ? どうかした?」と心配されている。

 リアも気になったが、今は店員とお客さん。深入りは無粋というものだろう。

 リアはリアの仕事に専念。暫くすると彼女達から注文がなされた。

 クラスメイト達にスイーツの提供完了。

 食べ始めると女社長と同じように泣き始める彼女達。

 リアが他の常連さんから注文されたスイーツを作っていると、突如日葵が立ち上がって謝罪を始めた。


「桜庭さん、ごめんなさい。……わたしなの」


 何のことを謝罪しているのか不明なのでとても困る。

 店中の注目の的になっているのもクラスメイトとして困る。


「何のこと?」


 と聞き返すべきか否か迷うリア。

 日葵は他のクラスメイト達に着席するように促されて大人しくその指示に従った。


「桜庭さん。……と楓乃さんだっけ? 後で3人だけで話がしたいんだけど時間を作ってくれたら嬉しいな」


 日葵に言われ、リアとアミは閉店後に彼女の話を聞くことにした。



 22時。本日限りのスイーツ店閉店。

 常連さんも飛び込みの客も漏れなく泣かして大好評だった。

 本音を言うと、この後はアミと2人で店が大成功を収めたことの打ち上げをしたいところ。

 だが待ち人がいるので催しは無し。リアとアミは一体何の話なのか? 困惑しつつ待ち人たる日葵の傍に寄って行く。閉店して3人以外は誰もいない店。他のクラスメイト達も残ると言っていたが、日葵が上手く言って帰宅させてこの状況を作り出した。


「佐々木さん? 委員長って呼んだ方が良いですか? 話ってなんですか?」

「わたしのことは好きに呼んでくれていいよ」

「じゃあお下げちゃん」

「アミ……。それはちょっとどうだろう?」

「好きに呼んで良いって言ってたよ?」

「それはそうだけどさ」


 日葵を見るリア。彼女はアミに視線を向けて笑みを浮かべている。

 お下げちゃん、許可されたらしい。

 本人が良いならリアから言うことは何もない。


「お下げちゃんで良いって。リアちゃん」

「私は佐々木さんって呼ぶから」

「桜庭さんもお下げちゃんでも良いですよ?」

「私達はクラスメイトですし、ちょっと……」

「リアちゃん、かった~い」

「もうそれは置いといて話を聞こう。アミ」

「そうだったね。話があるんだったっけ」

「はい……」


 リアとアミが話を聞く態勢になってから、日葵は自分の[罪]について話を始めた。

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