08.アミの過去。
魔法連盟T都本部【リーベル】統括部。
本部はここのところ北の大地で起きている奇妙な出来事に頭を抱えていた。
どうにも最近、北の大地が騒がしい。T都やO府などの都市圏よりも魔法連盟が動かなくてはならない事件が良く起きる。
今回も【ローゼル】の1人、ドワーフのハマーゲンこと鈴木 ゲンの魔法連盟の裏切りが露呈をして魔法連盟S市支部が動かざるを得ない状況となった。
【ローゼル】のことは【ローゼル】に任せるべきだが、魔法連盟S市支部支部長の工藤 美嘉は【リーベル】に出動命令を下した。
[命]を受けたのは桜庭 リアと楓乃 アミの2人。
彼女達は優秀だが、今回の件には不向き感が否めない。
というよりも、女性を出動させるべきではない。
何といっても鈴木 ゲンは魅了の力が使えるからだ。
一般女性は勿論のこと、【リーベル】の中の数人も彼の餌食になった。
ゲンは残酷な男だ。女性のことを動く玩具としか思っていない。
遊具として楽しんだ後は滅茶苦茶に壊すのが彼のやり方。
最初はKN県KW市で事件を起こし、それからゲンは北の大地に船で渡った。
桜庭 リアと楓乃 アミの2人を失うのは非常に困る。
【リーベル】の[要]と言えるあの2人。
工藤 美嘉は何を思ってあの2人に[命]を出したのか。
魔法連盟T都本部【リーベル】統括部の者達は今からでもAK県かAO県の支部に応援を依頼するか否かを悩む。
だがしかし、彼女ら・彼らが悩んでいる間にリアとアミはターゲットに近付きつつあった。
日本という国にある組織や企業は大体の所が決断迄に時間が掛かり過ぎる。
今回も今更応援を寄こしたところで手遅れな段階となっていた。
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魔法連盟S市支部所有の車内。
アミは美嘉から[命]が下って以降、いつにも増して終始落ち着くことが出来ずにいた。
自身の隣にいる大切な女性のことがどうにも気になって仕方がない。
それもこれも、今回の相手が魅了の力を持っていることが判明しているからだ。
アミは過去、魅了の力を持った者と対峙したことがある。
というか、元の世界で共に旅をしていた。
その男の第一印象は[いけ好かない男]だった。
本当は一緒に旅なんてしたくなかった。
しかし国からの命令だった為に逆らうことが出来ずに止むを得ずその男と共に旅に出た。
男性1名と自身を含む女性5名のパーティ。俗に言うハーレムパーティ。
その男は勇者と呼ばれていて持て囃されていたが、アミは勇者の希望で今回のパーティが構成されたと知ってますます勇者のことが嫌いになった。
他の女性4人もそうだった。でも徐々に皆、おかしくなっていった。
あれ程嫌っていた勇者に媚び諂うようになっていったのだ。
仕舞いには4人全員で勇者と枕を共にする始末。
気持ち悪くて仕方がなかった。夜が来る度に何度も吐き気を催した。
勇者はメンバー4人を落としただけでは満足しなかった。
行く所、行く所で必ず女性を落としてパーティに加える。
勇者率いるパーティはどんどん人数が増加していった。
相変わらず勇者以外は全員女性だ。
夜は、それはもう毎日が祭りだった。
眠れない日々が続いて心身共に体調不良に陥った。
その日もアミは祭りの会場から遠く離れた場所に1人でいた。
たまたまそこにあった太い木に凭れ掛かって"うとうと"としている時にまさかの人物に肩を叩かれ、アミは恐怖と驚きで文字通りに飛び起きた。
「ゆ、勇者様? なんですか?」
「ねぇ、アミール。君にはどうして魅了の力が効かないんだい?」
意味が分からなかった。
分からなかったが、勇者の身体から甘い匂いがしていることと普段は焦げ茶色の瞳をしているのに桃色に変化していることに気が付いた。
「女性達が貴方を慕っているのは自分達の意思じゃなく、もしかして……」
「そう。魅了の力だよ! でも君には効かない。効かないなら仕方がないよね? 無理矢理俺のものに」
勇者に覆い被られたアミ。
支援魔法は能力を底上げする魔法しかない訳じゃない。
低下させるものもある。
アミは低下の魔法を使って勇者を蟻以下に弱体化。
1発ぶん殴ったところで不思議な言霊が聴こえてきた。
アミはこれ以上は勇者といたくなかったが故に誘いに乗った。
地球・日本に到着。そこでリアに出会ってアミから頻繁に話し掛けているうちに2人の仲は急接近して今の関係となった。
『魅了の力……』
どうしても思い出してしまう忌まわしい過去とあの糞男の顔。
万が一、リアがゲンとかいう奴に魅了されてしまった場合はどうしたら良いだろうか?
魅了の力を持つ者を殺せば力が解けるというなら殺す。
それでもダメだった場合にどうすれば良いかが問題だ。
リアが自分の元から去るなどと言い出したら、自分はリアに対して何をするか分からない。
弱体化させて、監禁して、依存させて、自分から絶対に逃げようなんて気を起こさせないようにする。
それすらも不可能であればリアを出来るだけ残酷に殺す。
だって自分の前からいなくなるなんて許されて良いことではないから。
とかアミがヤンデレなことを考えているとリアの手がアミの手の上に重ねられた。
視線を感じてアミがリアの方を向くと彼女は真剣な目つきで自分に問うてくる。
「アミ、魅了の力なんかに屈したりしないよね?」
リアもアミ程では無いにしても、同じことを考えていたらしい。
アミはリアの想いが嬉しくて微笑みそうになったが、敢えて意地悪なことを言ってみることにした。
「もし屈したらリアちゃんはどうする?」
リアの反応を見たくて……。
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訪れる静寂。
リアから真っ黒な魔力が漂っている。
顔が能面になっていて怖い。
「リ、リアちゃん?」
アミの全身に出来る鳥肌。
リアがアミに応えて美しく笑む。目はちっとも笑っていない。
「アミ。私ね、裏切り者が何より嫌いなの。アミが魅了なんかに屈したら、殺してあげるね」
"さらっ"と言うのが怖い。
そこ迄言うのならとアミもリアに逆に問う。
「じゃあリアちゃんが屈した場合は私はどうすれば良いの?」
「アミの好きにしたら良いと思うよ」
「監禁しても良い? それで毎日毎日リアちゃんのこと好きにしても良い?」
「ヤンデレかな。アミがそうしたいなら良いよ」
「言質取ったからね?」
「うん」
自分は魅了の力なんかに惑わされない。
リアは自信があるのだろうか? 彼女はアミの言葉に簡単に返事をした。
「ねぇ、リアちゃ……」
アミが話の続きをしようとしたが時間切れ。
現地に到着。車から降りる2人。
ゲンは余裕綽々で2人のことを出迎えた。
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戦闘開始から10分。リアは焦れていた。
ゲンは思っていたよりも弱い。
リアの腕なら簡単に斬れるのだが、近付くと決まって彼に惑わされた女性達が間に入ってくるのだ。
人質を取られていては迂闊に攻撃は出来ない。
魔剣グラムを手に歯痒い思いをするリア。
そこに漂ってくる甘い香り。
アミがその匂いを嗅いでリアに叫ぶ。
「リアちゃん、魅了の力が発動されてる!! 惑わされないで」
アミの憂いを帯びた声。
ゲンはすでにリアが自分の手に落ちたかのように高々と笑う。
「カッーカッカッカッ。これで白の小娘も儂のものじゃ」
リアは"ぴくり"とも動かない。
魅了されてしまったのか? リアに向けて弱体化の魔法を使おうとするアミ。
その瞬間、リアは素っ頓狂な言葉を口から吐き出した。
「チーズケーキ……」
「「は?」」
何言ってんだ? こいつ。
合わさるアミとゲンの声。
「北の大地のチーズケーキって美味しいよね。ソフトクリームも良いなぁ。ああ、牛乳プリンも北の大地のは一味違うんだよね。白亜の恋人もこないだ食べたばっかりだけどまた食べたくなってきた。あ……。涎が」
リアは甘い香りで北の大地が誇る美味しいスイーツの数々が脳内に浮かんだらしい。
魅了なんて少しも効いてない。こんな時なのに笑いが込み上げてくるアミ。
そう言えばリアが北の大地の【リーベル】に所属することを選んだ理由はこれだった。
彼女はT都本部に誘われていたが、北の大地の[食]に惚れ込んで、料理やスイーツを楽しむ為に本部からの誘いを蹴った。
「は? あ?? お前は何を言っておるのじゃ」
「だから、スイーツが食べたいなって言ってるんだよ」
「ふ、ふざけ……」
リアの返事を聞いてゲンが魅了の力を最大値で使用する。
辺り一面に漂う甘ったるい香り。
グラムを落とすリア。彼女は"ふらふら"とゲンに近付いていく。
「カカカカッ。流石にこれには敵わなかったようじゃのう」
そうだろうか? アミにはリアの行動が妙に芝居がかって見えた。
彼女が何かを企んでいるとしか思えない。
「さぁ、儂の元に来い。白の小娘」
両手を広げてリアが自分の胸に飛び込んでくるのを待つゲン。
彼がリアとアミが到着するより先に魅了した女性達は彼の後ろに控えている。
リアはゲンの胸の中迄残り数歩となったところで太腿に隠し持っていた拳銃を引き抜いた。
ニューナンブM60。警察官も利用している銃。
ゲンが慌てて女性に自分を守らせようとする前にリアは拳銃の引き金を引く。
額に1発。今回は殺さないとダメだった。
弾丸はゲンの頭を貫通して、彼は息絶えた。
ゲンに魅了されていた女性達が彼の死を受けて元に戻る。
「え? 私、何してたの?」
「ここ何処?」
「そう言えば最後に何か甘い匂いを嗅いだような……。そこからの記憶がないわ」
女性達の喧騒。現れる邪影。
「エリック」
リアの元の世界での義理の弟の名前。
ニューナンブM60に魔力を込めて撃とうとするリア。
彼女が引き金を引くよりも一瞬早く、赤い影が割って入り彼女の義理の弟の邪影を自分の胸の中に抱え込んだ。
「しぶといわね。さっさと死になさいよ」
「スカーレット公爵令嬢!! なんでここに!!」
「あんたがいるとわたくしが聖女になれないのよ」
「何を言って……」
2度と会うことはないと思っていた人物との再会に呆然とするリア。
彼女に代わってアミが邪影諸共公爵令嬢を葬ろうと魔法を構える。
公爵令嬢は目聡くアミの様子を見つけて、邪影を抱えたまま転移の魔法を発動。
何処かへと去っていった。
「リアちゃん、大丈夫?」
「……………。すーはーっ、すーはっ。んっ! 大丈夫」
「ふふっ。じゃあ彼女達のこと美嘉さんに頼まないとね」
「うん。電話するね」
後味の悪い今回の[事]の顛末。
リアは苦い顔を隠しもせずにポケットからスマホを取り出した。