05.リアの過去。
本日リアは登校して来た時からずっと青い顔をしている。
歩く姿は酔っぱらいのような千鳥足で見るからに危なっかしい。
原因は月のモノと睡眠不足が重なっているせい。
朝の4時頃に美嘉に叩き起こされて【リーベル】の活動に引っ張り出された。
リアの月のモノは重い。アミが創ってくれる薬が欠かせない。
だというのに飲み忘れたまま出掛けてしまった。
気付いた時には現場。意識が朦朧とする中で日本刀を持った男と戦う羽目になった。
剣の素人なら余裕だったが、よりにもよって段持ち。
危うく腕を持っていかれそうだった。
たたでさえ血が足りないところに左腕に負った大怪我。
エアルを喚び出してかろうじて事無きを得たが、死を覚悟した。
帰宅後に悲鳴を上げたアミに謝罪して、その足で魔法連盟の医務室に行って治療をして貰って薬を飲んできたが、やはり体調が優れない。
席に着いて机に突っ伏すリア。動くことが出来ない。
そんな彼女を心配して寄ってくるクラスメイト達。
「桜庭さん、大丈夫?」
「保健室に行った方がいいんじゃない?」
「動くの辛いなら肩貸そうか?」
良いクラスメイトに恵まれたと思う。
リアは机に突っ伏したまま顔だけクラスメイト達の方へと向ける。
今にも消え入りそうな声でリアはクラスメイトに依頼をした。
「すみません……。保健室迄肩を借りても良いですか?」
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というわけで保健室。
何故かアミが隣にいる。
説明して欲しいが今のリアに話を聞く余裕はない。
お腹の痛みに耐えていたらアミがリアの頭を自分の胸の中に抱え込んだ。
「アミ……」
「凄く心配したんだよ。リアちゃん。リアちゃんを失うかと思った……。凄く怖かったよ」
「ごめんなさい」
「リアちゃんが謝ることじゃないよ! 悪いのは美嘉さんだよ。リアちゃんの月のモノが重いこと知ってる筈なのにさ。無茶させて。殺したいのかって感じだよ! 魔法連盟本部に苦情入れといたから」
「そんなことして大丈夫? 逆に罰せられたりしない?」
「大丈夫だよ。だよね? 雪村先生」
「えっ!」
アミが先程呼んだ名前。養護教諭の名前。
いつからそこにいたのか? 具合の悪いリアに同衾するアミのことを呆れた瞳で見つめている。
「守銭奴の暴走だな。止められなくて悪かった」
「リアちゃんのこと殺したいんですか?」
「んな訳があるか! 桜庭 リアは我々にとって無くてはならない存在だ。楓乃 アミ、お前もな」
「でも美嘉さんはリアちゃんを殺そうとしたわけですが」
「ああ、だからあいつは減給半年の処分が下ることになった」
「それはそれは……。いっそクビになったら良かったのに」
アミの言葉がいちいち刺々しい。
自身のことをこんなにも心配してくれる人がいることに幸せを感じる。
それに比べて……。
思い出す。自分の過去。
リアはかつて騎士爵を持つ父親の娘だった。
その背中を見て育ったので自分も騎士になる夢を持ち、両親は良い顔をしなかったが父親や他の騎士達から手解きを受けて剣の腕を磨いてきた。
しかしその夢はある日突然に絶たれてしまった。
[光]の魔法が自身の身体に宿ってしまったから
水・炎・土・雷・風・闇・光。
リアが育った世界に存在する魔法の七代属性。
このうち光の属性を持つ者は1千万人に1人と言われていて、その属性を持つ者は聖女とならなくてはならない。
聖女とはリアの世界にいた邪獣と呼ばれる存在と唯一戦える者。
基本的に魔法は先天的なモノだがリアは後天的に光の属性に目覚めた。
そのような者は世界史上初でリアが国民として過ごしていた国は上へ下へと大騒ぎ。
散々持て囃されてリアは聖女に認定された。
泣く泣く諦めることになった騎士の道。
だったが、いつ迄も引き摺っていたら女が廃る。
リアは意識を切り替えて聖女として生きていくつもりだった。
ところが、だ。
公爵令嬢に罠に掛けられた。
当時通っていた学園で多くの男性を誑かしたとかなんとか言って。
断じてそんなことはしていない。王子とか宰相の息子とか司祭の息子とか義理の弟とか情はあっても愛は無い。
リアは必死に釈明したが誰1人として彼女の言い分を聞く者はいなかった。
公爵令嬢がでっちあげの動画を創っていたからだ。
あの頃は動画というものが理解出来なかった。
他の者達もそうであっただろうと思う。
なのにあの国の者達は公爵令嬢の言うことと理解の及ばない動画を信じた。
結果、リアは聖女の身分を僅か数日ではく奪されて牢獄に閉じ込められた。
牢番から「糞売女」などと罵られる日々。与えられる食事はカビの生えたパンと汚水。
そんな物でも食べなくては死んでしまうのでリアは鼻を摘まみながら与えられた物を口にした。
何度もお腹を壊して生と死の狭間を彷徨った。
地獄の日々が3年間。その間、誰も面会には来なかった。あれ程慕っていた父親さえも。
あの男は公爵令嬢に誑かされて彼女の意のままに動く人形になっていたのだ。
どっちが売女だ。その事実を知って怒りに震えていた時にリアに更なる絶望が襲い掛かってきた。
公爵令嬢の命令で数日後にギロチンに掛けられることが決定したという知らせが牢番から齎されたのだ。
ギロチンに掛けるのはあの男。リアの父親。
リアは公爵令嬢を、父親を、国を憎んだ。
ギロチンに掛けられる前に魔剣グラムで自死しようかとヤケなことを考えている時に何処からか声が聴こえてきた。
地球という世界。日本という国。助けを呼ぶ声。初めて聞くのになんだか魅了される言霊。
言霊の力だろうか? リアの世界には無い言葉、日本語が理解出来た。
リアはその者達の話に乗った。そしてリアは地球にやって来た。
「……ちゃん。……?」
自分の名を呼ぶ声が聞こえてくる。
過去の追憶から意識を浮かび上がらせて自分の名を呼んでいる者。アミに顔を向ける。
泣きそうな顔。リアは過去を思い出していただけだが、アミはリアが危機的状況に陥っていると勘違いしてしまったのだろう。
「アミ。ちょっと考え事してた。心配させたよね? ごめんなさい」
アミに謝罪するリア。泣いて欲しくなかったからだったが、結局彼女を泣かせてしまった。
「リアちゃん、良かった。生きてたぁ……」
「泣かないで、アミ。大丈夫だから」
「ぐすっ……。雪村せんせ~。今日はリアちゃんと一緒にいたいです。許可してください。罰は美嘉さんに与えてください」
「無茶苦茶言うな。お前」
「だって雪村先生は魔法連盟T都本部の【リーベル】から派遣されて来た女性じゃないですか。T都本部の【リーベル】って支部の偉い人達よりも権力を持ってるんでしょう?」
「必ずしもそうとは限らないがな」
「雪村先生はそうですよね?」
「まぁ、そうだな」
「じゃあ私のさぼりの罰はリアちゃんを殺そうとした美嘉さんに付けておいてください」
無茶苦茶なアミの言い分。心の底からため息を吐く養護教諭雪村。
リアはアミの温もりによって夢の世界に旅立ちつつある。
アミの身体にしがみつきながら。
「ほら、こんなに可愛い子を殺そうとしたんですよ? それに私にしがみついてる子を私から離すなんて鬼しか出来ないことだと思います。雪村先生は鬼ですか?」
「桜庭の具合が良くなったら早退をしろ。それから2~3日は学校も【リーベル】の活動も休んでいい。あたしがなんとかしておく」
「さっすが雪村先生。話が分かる。よっ! 良い女」
「アミ……。ありがとう……」
「リアちゃん、寝言可愛い」
こいつら。いや、楓乃の相手をしていると心労が激しい。
養護教諭雪村はアミ達に背を向けて小さく呟いた。
「本部に帰りたい」
彼女のその願いが叶うのはリアが学校に飽きた時。
5周目を終えた頃。すなわちまだ遠い未来の話。