17.恋迄の道のり。
リアが悪役令嬢スカーレットの末路を聞いた日から凡そ2年後。
アミは現在自分の胸の中で昼寝をしている恋人・リアの頭を撫でていた。
「私も大好きだよ、アミ……」
彼女の寝言。夢の中で自分とデートでもしているのだろうか?
もしそうだとすれば、彼女の夢の中の自分に嫉妬してしまう。
出来るなら愛して止まない恋人の夢の中に侵入したい。
そんなことは不可能なので、代わりにアミは恋人の頭を撫でるのを止めて、彼女の腰に手を回す。
抱き締めた彼女の身体は同年代の女性達と比べると痩せているが、ちゃんと女性らしい丸みを帯びた身体付きをしている。
その現実を少し不思議にアミは思う。
リアは最近は拳銃SigSauer P320を主要武器とし、魔剣グラムを補助武器とするようになったが、かつてはグラムがリアの主要武器だった。
にも拘わらずにリアの身体は筋肉質じゃないし、手が柔らかい。
普通剣を扱う者の手はもっと固くなっている筈だし、身体だって筋肉質になっているものではないだろうか?
なのに身体の柔らかさは一般女性と大差がない。
実に珍妙だ。アミがリアのことを考えあぐねていると彼女がアミの腰へと手を回してきた。
「ふぁっ……、アミぃ」
可愛い。"キュン"死してしまいそうな程に可愛い。
「リアちゃん」
離れられない。離さない。すっかりリアに骨抜きにされてしまった。
いつ頃からだっただろうか? 彼女のことが気になって仕方がなくなったのは。
邂逅したての頃は正直に言って、ここ迄好きになるとは思っていなかった。
リアとの思い出をアミは追憶する。
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彼女との初対面は当然ながら五稜郭。
その時のリアは召喚前に劣悪な環境にいただけあって、身体は骨と皮だけしかない感じで、尚且つ悪臭が酷かった。
召喚した者もされた者もリアに対して顔を歪めていた。
が、何故だかアミはリアのことが気になっていた。
それからアミ達は自分達を召喚した者達から衣食住を提供して貰い、魔法連盟が日本の各地に組織されて【リーベル】・【ローゼル】となる為の研修が行われた。
【リーベル】の研修場所は北の大地・S市に在る陸部自衛隊の駐屯地。
【ローゼル】の研修場所は琉球県・NH市に在る陸部自衛隊の駐屯地。
万が一にも他国に魔法連盟なる組織が日本に造られたことがバレてはならない。
故に研修は秘密裏に行われた。
最初の頃のリアは貧弱だった。
研修が始まってすぐにへばるし、銃の腕も下手すぎた。
そんな彼女なので、一緒に研修を受けている【リーベル】の多くの者達が戦闘を専門にするのではなく、裏方を専門にする部門に移動すれば良いのにと陰口を言い合い、「アミも自分達の意見に賛成だよね? 」とアミに合意を求めてきた。
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【リーベル】には戦闘を専門とする部署と裏方を専門にする部署とがある。
これは自分達でどちらにするか決められるのだが、魔法連盟の偉い人達からも【リーベル】の研修を受けている者達からも裏方を専門にする部署に所属するものとばかり思われていたリアは意外にも戦闘を専門とする部署に配属することを希望した。
弱くてもめげないリア。
アミは初の対面の頃から彼女のことが気になっていただけあって、彼女の動向を密かに探っていた。
確かにリアは弱い。だが彼女は毎晩ひと気のない所で剣を振るい、強くなろうと努力を惜しまずに続けていることをアミは知っていた。たまに自分の不甲斐なさに涙するところも見ていた。
そんな彼女にアミは自然と惹かれていっていた。
だから、そうなったからアミはいつものように1人で剣を振るっているリアに話し掛けた。
「あの、桜庭さん……だったよね?」
この時のことを思うと今でもちょっと申し訳なくなる。
急に声を掛けられたリアは大声を上げて驚き、尻餅をついたから。
「だ、誰……ですか?」
駐屯地の奥。暗闇の中で少し怯えた表情を見せるリアから返ってきた反応。
アミはまずは驚かせてしまったことを深く謝罪し、その後彼女と雑談を幾つか交わした。
「驚かせてしまってごめんなさい。眠れなくて散歩をしてたんだけど、偶然貴女が1人で剣を振るっている現場に遭遇しちゃったものだからつい」
嘘だ。偶然じゃない。後を付けていたのだから必然だ。
アミは自分の言動に罪悪感を覚えたが、何も知らないリアは小さく笑って立ち上がろうとした。
「そうだったんですね。あの、ここで見たことは内緒にして貰えませんか?」
そんなことを言うリアに手を貸すアミ。
彼女はその手を拒むことなく取って立ち上がり、尻餅をついて転んでしまった時に手から落とした剣を拾って何かを確かめるように片手で何度かその剣を上下に動かした。
「どうして内緒にしておきたいの?」
アミの問い。僅かに照れながらリアがその問いに応える。
「密かに強くなって私の存在を証明してやりたいんです」
「それはつまり、陰口を叩いている者達を見返してやりたいってこと?」
「違います。私はあんなの気にしてません。口で言うのは難しいんですけど、本当に私は私を……。私という存在をこの世界に刻みたいんです」
真っすぐな瞳。それはなんて美しくて、傲慢な考えなんだろうか。
リアの言葉が心に響いたアミはこの日から度々彼女と話をするようになっていった。
今では互いに打ち解けて友達と言える関係になっている。
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大事な友達をバカにされて腹が立ったアミ。
しかし、リアのことをバカにした連中に言葉は口にせず、深呼吸して自分を落ち着かせて冷笑を返した。
内心で『リアちゃんのことを笑えるのも今のうちだけだよ』と思いながら。
それから3ヶ月。研修開始からは半年。
アミという友達と美味しいご飯と安眠を得られたリアは劣悪な環境に置かれる前の本来の自分を取り戻し、数多くいる【リーベル】の中で頭角を現すようになっていた。
弱者なリアはもういない。いるのはリア自身が言っていたように己の存在を[生]を掛けて振りかざす者。
模擬戦では負け知らず。訓練も淡々とこなす。
強くなっていくリアを見ていたアミ。
彼女に置いて行かれないようにアミもリアに負けじと自身を鍛え、時には手に手を取って2人で高みを目指した。
そして、気が付けば2人合わせてSSSの死神達などという2つ名が付いていた。
時は又半年過ぎて研修期間終了。
いよいよ本格活動に入ることになった【リーベル】。
リアはT都本部に誘われたが、北の大地の魅惑に取り付かれた彼女は躊躇いなどなく本部からの誘いを断った。
アミにも打診が来たが、リアがいない所に行きたいとは思わない。
この時期にはそこ迄リアに心を開いていたアミはリアと同じく本部からの誘いを一蹴した。
これにより北の大地のうちの中央地を統括する魔法連盟S市支部に配属されることが決定した2人。
北の大地は広い。ここにはS市支部の他に五稜郭の在るH市支部や北きつね牧場の在るK市支部に宗谷岬の在るW市支部がある。
配属先が無事決定したリアとアミには魔法連盟から2人が希望していた同棲用のマンションが与えられた。
それから数日後。魔法連盟S市支部に初顔出しをする日。
マンションから出てきた2人は途中迄は手を繫いで仲良く歩いていたが、不意にリアが途中で立ち止まったことでアミも自然と立ち止まることになり、彼女はリアに「どうしたの?」と問い掛けた。
アミに朗らかに笑みを見せたリア。
その後、彼女は"さんさん"と輝く太陽に顔を向けて自分が立ち止まった理由を語る。
「生きてきたこと無駄じゃなかったなぁって思って。それと空を私と一緒に見てくれる人がいるの嬉しいって感じちゃって。……あははっ。ちょっと臭いセリフだったかな?」
「そんなことないよ」
存在の証明。どちらかと言えば孤独に生きてきたリアが今度はそうならないようにする為の手段だった。
誰にも無視が出来ないように自分自身を磨いてきた。
「でも、アミが私を見つけてくれた。その日から私は世界じゃなくてアミと私を必要としてくれる人に認めて欲しいって思うようになった」
「私もリアちゃんに相応しい存在であろうと頑張ってきた」
「ねぇ、アミ」
「ん?」
「これからも一緒に前に進んでいこう」
「うん! リアちゃん。……ところで」
「うん? 何?」
「時間ギリギリだよ。初日から遅刻は拙いかなって」
「わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!! アミ、走って」
「あははっ。締まらなかったね。リアちゃん」
「今はそれどころじゃない~!!」
話をしていたせいで魔法連盟S市支部の支部長・美嘉に言われていた集合時間迄残り僅か。
リアとアミは滑り込みでなんとか時間に間に合った。
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「んっ……」
昼寝から覚醒したリアがアミを見る。
大好きな女性。好きすぎる女性。
目覚めて1秒でその女性の顔が見えることはなんたる幸せなことか。
「アミ」
呼び掛けて恋人の胸に頬擦りをする。
それと併合して夢の中でもアミに会ったことを話すと彼女の機嫌が少しだけ悪くなった。
「ふ~ん、夢の中の私が羨ましいな」
自身の気持ちを隠さずにリアに伝えるアミ。
彼女の言葉を聞いて"くすくす"と笑いが漏れてしまうリア。
そのせいで又少し機嫌が悪くなったアミの唇にリアは自分の唇を重ねる。
「アミ。じゃあお家デートする?」
「する。リアちゃん、脱がしていい?」
「相変わらず直球だね」
アミの言葉に呆れるリア。が、吝かではない。実は目覚める前に見ていた夢の中で良い雰囲気となったところで起きてしまったから残念だったのだ。
「リアちゃん、物欲しそうな目してる。じゃあ了承を得られたということで」
「わっ!」
リアにアミが襲い掛かる。
彼女達は攻守を交代しながら数時間程戯れ合った。
ちなみにこの時、妖精界で主人の様子を察知したエアルが妖精界からリアとアミが暮らしているマンションに転移して2人のことを最初から最後迄覗き見ていたのだが、2人が気が付くことはなかった。
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数日後。
魔法連盟S市支部の広場にてあの時と同じように魔剣グラムを素振りするリアの様子を見守るアミ。
彼女は丁度良い機会だと思い、リアに剣を扱う身なのにどうして身体が筋肉質にならないのかと問い掛けてみた。
リアからの返事は多分、光の魔力が何らかの作用を及ぼしているんだと思うとのこと。
そう言えば以前にお風呂で聞いたことをアミは思い出した。
肌のきめ細やかさだけではなく、他のところでも作用しているリアの光の魔力。
アミはリアの体内の光の魔力に『グッジョブ』と心の中で囁いた。




