15.2人の小夜曲。
スカーレットとの最終決戦から数日後。
リアとアミ。SSSの死神達から報告を受けた工藤 美嘉は自らが統括をしている魔法連盟S市支部所属の【リーベル】全員に緊急出動要請を掛けて、スカーレットがS市の各地に仕掛けたという爆弾を探索させたが、あの者の言葉はブラフだったようでS市の何処にもそんな物は無かった。
騙されたことは悔しいが、一時は安堵したS市の【リーベル】一行。
だが次なる課題が彼女達には残っている。
それはリア達。日本を守る者達を喚ぶことにも成功したが、余計な者達迄喚んでしまうことが発覚した五稜郭の問題。この事実を美嘉から知らされた魔法連盟本部は政府と話し合い、一部の建物や木々が移動させられることになった。
現在工事中。廃墟になったS市北区S駅も復旧が進んでいる。
とはいえ、元の姿を取り戻す迄には2~3年の月日が必要だろう。
今は仮の建物がS駅の代わりを果たしている。
本来のS駅と比べると貧相と言わざるを得ない建物。
リアやアミ達。北の大地を守る【リーベル】はそこを見て物悲しい思いに捉われ、北の大地を愛する者として一刻も早い復旧を望んでいる。
さて、あれやこれやとお金の出費がかさんだ日本国と魔法連盟。
政府は出て行ったお金を取り戻す為に様々な政策を決めて実行し始めた。
……のは良いのだが、的外れなものが多く国民はうんざりとし始めている。
自国民を他国民。他国民を自国民のように思っているかのような政策。
他にもあれこれと自国民を虐める政策が国民の反対を押し切って実施されていて、その様相は法治国家・資本主義ってなんだっけ? という困惑させられる状態。政府にはもっとしっかりとして貰いたいと恐らく国民の多くが思っているが、今の政府では日本は変わらないだろう。
誰か強くてしっかり物事を判断出来る人が現れてくれるのを願うばかりだ。
政府はそんな感じ。
では魔法連盟はというと……。
斜め上の方向に突き進んでいたりする。
日葵達が作成したアニメ。マギア・リリウムのグッズ販売やコラボカフェの実施。2期の放送。
リアとアミは主人公とヒロインの格好をさせられて北の大地でコラボカフェに赴いたり、北の大地のみで販売されるグッズの売り子などをしている。
当然、自主的にじゃない。魔法連盟の依頼でしていることだ。
仕事の一環と言われたら断れない。
例え『うちの偉い人達は頭がおかしくなったのかな?』と心の中で思っていても。
今日は2人してグッズの販売所にいる。
1万円以上の品物を買ってくれた人には【リーベル】。ここでは【リリウム】のメンバーと握手が出来るという報酬付き。
リアとアミは推しを愛でる者達の熱量を砂糖や蜂蜜よりも甘々に見ていた。
1万円以上の品なんてそうは売れないだろうと思っていたが大間違い。
1万円どころか数万円単位で買っていく猛者がわんさかといる。
リア達が主人公達に本当にそっくりなところもさることながら、グッズの出来が精巧に出来ているのが猛者達を集めている一因だろう。
観賞用、保存用、布教用。1人が同じグッズを3つ買っていく様子も良く見られる。
リア達も日本に来てから国が誇る様々なポップカルチャーの文化に触れてきたが、未だに分かったようで分かってない。
まぁでも、嫌いではない。漫画、アニメ、映画、ゲーム、ライトノベル、ポピュラー音楽。
いずれも楽しませて貰っている。特に百合物。自分達と重ねて観ていたりする。
だがしかし、それはそれ。これはこれだ。
ずっと笑顔でいないといけないのは結構疲れる。握手も何人もとしていると腕が痛くなってくる。
リアとアミは主人公とヒロインなので推しが他のメンバーより多い。
マギア・リリウム内で人気投票の1~2位を常に争っている。3位が2期より登場のアニメ内名称:レインこと現実名:空木 レイ。
現実ではリア達と和解して普通に会話する仲となっているが、アニメ内では和解はしつつもツンデレな登場人物として描かれている。北の大地の食べ物が大好きな癖に素直になれない人物。
そのレイ。魔法連盟T都本部から魔法連盟S市支部に移動願いを出して受理されたので今はS市支部にいる。
北の大地の食べ物にすっかり嵌ってしまって抜け出せなくなったのだ。
ちなみにレイもリアとアミと同じようにマギア・リリウムを鑑賞している。
アニメ内と現実との自分のギャップに悶えながら。
グッズ販売午前の部終了。
リア達は一旦退場。ファンの皆さんに手を振りながら控え室に戻って来たS市支部所属の【リーベル】一行。
美嘉や日葵達裏方メンバーはグッズの売れ行きにホクホク顔。
リア達は疲労感が滲み出ている。
人気のある者達は控え室のテーブルに突っ伏してそれぞれの胸の内を口にする。
「ねぇ、【リーベル】ってさ。手、汚れてるよね。その汚れた手でファンの人達と握手するのに罪悪感を覚えてるのは私だけかな?」
「気持ちは分かるよ。リアちゃん。特に私達なんて人気1~2位だけど、手の汚れも【リーベル】内1~2位だもんね。私もファンの人に申し訳ない気持ちになるよ」
「2人共真面目っすね。うちはそこ迄考えたりしてないっすよ」
「レイはアニメではツンデレで素直じゃないけど、現実では外食とかに連れて行くと普通に「美味しいっす」って言ったりして笑顔になるよね。実はアニメのレイと現実のレイを比べてギャップを楽しんでる」
「あ~、私も」
「桜庭! 楓乃! それ、うちが結構気にしてるとこっすよ」
リアとアミの言葉に苦情を入れるレイ。
ところが「私も」「わたしも」とS市支部所属の【リーベル】の殆どの者達から声が上がる。
含み笑いをしてしまうS市支部の支部長・美嘉。
リアとの模擬戦前はうざかった存在が今は面白キャラ。
人はなかなか変わらないと言うが、レイは丸くなった。
てっきり敗北したことを根に持ってリアをライバル視するようになるものとばかり思っていたのに予想は良い方向に裏切られた。
友達となり、移動願い迄出してくれたお陰でS市支部は戦力が増強された。
こちらとしては有難いことだが1つ気になることがある。
本部がレイを手放したのが意外だ。
彼女はリアとアミは別格として、【リーベル】内では申し分のない実力の持ち主なのに。
本部はレイが1人抜けただけで戦力はガタ落ちの筈だ。
彼女の代わりになりそうな人物がいるのだろうか?
彼女の元取り巻き達? 実は実力者だった?
魔法連盟のデータ上では下からF、E、D、C、B、A、S、SS、SSSの中のBクラスに分類されているのだが裏があるのだろうか?
謎だ。本部の考えが分からない。
美嘉が頭を悩ませている時にリアからクレームが発せられた。
「美嘉さん、お腹空いた。お弁当まだ?」
「ごめんなさい。すぐ取りに行くわ」
今日という日の為に特注のお弁当を高級店に注文しておいた。
そろそろ届いている筈だ。美嘉が急いでお弁当を取りに行く。
日葵達も美嘉に続いて出てきて皆に配るお弁当を共に受け取った。
控え室への帰宅途中に日葵が口を開く。
「人の黒歴史って役に立ちますよね」
「え?」
「ふふっ、なんでもないです」
特別な光があるわけでもないのに輝いた日葵の眼鏡。
美嘉は危険を察知して深く聞くことは止めておいた。
世の中にはタブーというものがあるのだ。
美嘉は小走りで控え室に戻ったのだった。
グッズ販売午後の部も盛況だった。
全てのグッズが完売。
リア達はその分だけ疲れが溜まったが、ファンの人達からの差し入れで元気を取り戻した。
お菓子などの食べ物は家に持って帰り、置き物などは物によって自宅か魔法連盟かに分類して設置。
中には盗撮・盗聴グッズがぬいぐみなんかに入れられている物もあったが、相手が【リーベル】。簡単に見つかってそれらを差し入れた者は今後一切の出禁を申し渡された。
転売ヤーも日葵達によって軒並み駆逐された。
マギア・リリウムの売り子達は決して敵に回してはならない。
人々から彼女達が恐れられるようになるのは近未来の話。
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翌日。久しぶりの学校。
2時限目が終わってからの休憩時間中にリアからSNSで放課後に校舎裏に来て欲しいとの連絡を受けたアミは急いでその場所に向かっていた。
季節は春。リアが指定した場所には恋を成就させることで有名な桜の木がある。
一応通年を通して効果があるが、最も効力が強くなるのは桜の咲いている時期だと専らの噂。
都市伝説であることは分かっていても期待してしまう。
アミの頬はリアから告白されることを想像して紅色。
到着すると先に来ていたリアが桜の木を見つめていた。
絵になる。美少女が愁いを帯びた瞳で桜の木を眺めている光景。
アミがリアに見惚れていると、気配を感じたのか? リアの視線が桜からアミに向けられる。
心臓が煩い。リアが顔に浮かべる微笑み。自分達の関係は今日、変わるのかもしれない。
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今日、アミに伝えようと思っていた。
彼女は覚えているだろうか? 今日は2人が出会った記念日だということを。
言うなら絶対に今日しかない。
手を伸ばせば届く距離にアミがいる。
口を開くリア。
「昨日さ、大変だったよね」
「……え? うん」
告白ではなかったのか。
あからさまにアミが項垂れる。
期待していただけにかなりショックが大きい。
リアの話はアミの気持ちを余所にして続く。
「沢山の人と握手したよね」
「……そうだね」
「アミ風に言うと、他の女の匂いがする。男の匂いがするっていう感じかな」
「リアちゃんは何が言いたいの?」
「私ね、アミと握手した人達に嫉妬してたんだよね。ううん、過去形じゃないな。現在進行形で今もしてる」
「それは私もだよ」
リアがアミに手を伸ばす。
彼女の腕を掴み、自分の傍に引っ張ってその身体を抱き締めるリア。
「病院でキスしてくれたよね?」
「……っ。なんで知って? というかあれって薬の口移しだよ?」
「意識が混濁してる中でアミがキスしてくれてるのが見えた。ファーストキス?」
リアの質問。頬だけではなく顔全体を紅くしつつ頷くアミ。
「そっか。……嬉しいな。アミ」
「ん?」
リアとアミは5cm差。踵をやや上げてつま先で立ってリアがアミの唇に自分の唇を不意打ちで重ねる。
お互いの顔は熟れたリンゴよりも紅い。
触れ合っているので互いの心臓の音が互いに分かる。
「リアちゃ……」
「貴女が、好きです。……私の恋人になってくれませんか?」
言った。噛まずに言えた。アミからの返事を待つリア。
彼女は突然泣き始めた。
「わっ! なんで泣くの? キスされたの嫌だった? 告白が迷惑だった? どっち?」
焦るリア。アミの身体を放そうとすると、彼女がリアの身体に手を回す。
「アミ?」
「ごめんね。嬉し泣き、だよ」
「……ということは?」
「私をリアちゃんの恋人にしてください」
「……ありがとう。アミ」
恋人同士。リアの瞳からも涙が零れる。
嬉し泣きをしながら互いのことを笑いあう2人。
「リアちゃん、なんで泣きながら笑ってるの?」
「先に泣き出したのはアミだからね?」
「うん。……ねぇ、リアちゃん」
「うん」
見つめあい、目と目で合図。
この場所での2度目のキス。
舌と舌とを絡めて躍らせる。
暫くして唇と唇を放すと唾液の橋が架かってすぐ落ちる。
「これから改めてよろしくね」
「一生離さないからね、リアちゃん。あ! スマホにGPS入れて良い?」
「いきなり重っ!」
「浮気したら包丁で刺すね」
「ねぇ、目のハイライトどうやって消してるの?」
「毎日キスしようね。登校前か寝る前かどっちが良い?」
「寝る前かな。毎日良い夢見れそう」
「リアちゃん、可愛い……!! 大好きだよ」
「アミも可愛いよ。私も大好き」
早々にバカップル。
いい加減に限界だと潜んでいた互いのクラスメイト達が2人の前に姿を現す。
「おめでとうって祝福したかったけど、バカップルすぎてなんかムカつく」
「声を掛けるタイミング作ってよ! ってか、もうさっさと結婚しろ」
「春なのにここだけ夏なんだけど。暑いな~」
リアとアミを囲んで2人を囃し立てる野次馬。
野次馬達に気が付かずに2人の世界に入っていたリアとアミはお互いの顔を"ちらちら"と見つめつつ顔を俯けあう。
「リアちゃん、逃げよう」
「そうだね」
手に手を取って走り出すリアとアミ。
クラスメイト達の僅かな隙間を縫って2人は走る。
始まる 2人 vs クラスメイト達な追いかけっこ。
元気で無邪気な女性達をオレンジの陽が優しく照らす。
皆、笑顔の追いかけっこは教師の1人に声を掛けられる迄の間続いた。




