10.日葵の自白。
日葵の話。結論から言うと、魔法連盟T都本部のコンピューターにアクセスして【リーベル】のデータを盗み出した犯人は彼女だった。
彼女は[S]を名乗る人物に直々に依頼をされて魔法連盟T都本部のコンピューターにアクセス。
【リーベル】のデータを盗み出したらしい。
そこ迄にあった何重もの壁。幾千の罠。日葵は全部を潜り抜けた。
どうして彼女がそんな犯罪行為をしたかというと、ハッカーとして自分が何処迄通じるか試してみたかったという幼稚な衝動に負けてしまった為。
まんまと【リーベル】のデータを盗み出した彼女は[S]にそれを渡し、報酬として1千万近くのお金を手に入れた。
日葵はハッカーの中でも最高峰に近い存在だ。
今現在生きているのがその証拠。
データを手に入れたら日葵は[S]にとって用無し。
どころか計画の邪魔になる存在でしかない。
そんな危険な人物は普通、排除しようとするだろう。
多分、[S]は排除を試みたものと思われる。
でも、失敗に終わっている。日葵は一切の足跡を残していなかったから。
彼女の懺悔を聞き終えて眩暈がしてくるリア。
リアが【リーベル】の情報が漏れたことを知った時には彼女も傍にいた。
よくも平気な顔で傍にいられたものだと思う。
特待生の裏の顔。何処の世界でも1番怖いのは[人]だ。
「どうして今になってそんな話を?」
自分でも絶対零度な声色が出てしまったことは自覚している。
青を通り越して白い顔になっている日葵。
リアという人物への恐怖に歯を鳴らしている。
「わ、わたし……。バイトの感覚だったの。でもわたしが盗み出したデータで桜庭さん達が[S]の魔の手に晒されていることを知って。それでわたし、凄く怖くなっちゃって」
「私達のことは何処迄知ってるんです?」
「201×年代の日本政府が桜庭さん達を召喚して、様々な……。この世界・地球と異なる世界から桜庭さん達はこの日本にやって来た。それで、桜庭さん達はエルフなんだよね? 凶悪犯と戦って日本を守ってくれてること知ってる」
それすなわち全部知っているということだ。
正体を知っている者を野放しにしておくわけにはいかない。
魔剣グラムを取り出すリア。日葵の生命を刈り取る前に"ちらっ"とアミの顔を見てみる。
「全部こいつのせい。お下げちゃんなんて可愛い名前で呼ぶんじゃなかった。このクズ。あんたのせいで私達の仲間がどんだけ悲惨な目に遭ったか……。ううん、今現在も遭ってるか知ってるの?」
「ごめんなさいごめんなさい……」
アミの顔は鬼人のような顔。
日葵は土下座してアミに詫びているが、無駄な行為だ。謝罪1つで許される筈がない。
「最後に言い残すことはありますか?」
冷徹にグラムを日葵の首に持っていくリア。
例え友達でも自分達に害を成す者は殺す。
非情さを持っていないと【リーベル】は務まらない。
「無いなら……」
グラムを上段に構える。
そのまま振り落とせば簡単に日葵の首は落ちる。
彼女は自分の罪を受け入れることにしたのだろうか? 抵抗する様子はない。
ただ……。
「言いたいことを言うことが許されるなら、言ってから死にたい」
「リアちゃん、こいつの言うことなんて聞くことないよ」
「最後の言葉くらいは聞いてあげても良いと思う。アミは甘いと思うかもだけど、ごめんね」
グラムを一旦床に向けてリアは下げる。
油断はしていない。日葵が何かをしようものならば即座に首を斬り落とせるようにしている。
「む~」
リアの甘さにアミが頬を膨らませる。
が、リアのことはアミ自身が1番良く分かっている。
ゲンの騒動の際にリアがグラムをわざと落としたことを見抜くくらいには。
今回もリアは自然体でいるようでその実、一分の隙もない。
日葵に死を逃れる術はない。
リアが日葵に情を与えるつもりがないのなら、アミは彼女の決断に素直に従うことにする。
「それで? 言いたいこととは?」
「わたしは……」
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・
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日葵の言いたいことを聞いたリアとアミ。
2人は揃って『これどうするんだ!』とばかりに日葵を置いて食堂のテーブルに突っ伏した。
無理もない。日葵はちゃっかり[S]のことも調べていて、2人に情報を与えたのだから。
[S]の正体は公爵令嬢スカーレット・フォン・カリバン。春秋食堂常連の女社長。
でも彼女はスカーレットに憑依されているだけ。
というよりも、スカーレットはリアの元の世界にいて必要な時だけ精神体を女社長に飛ばして取り憑いているらしい。
それから邪影の正体はリアの世界で世界を憎しみながら死に行った者の魂。
スカーレットは闇属性の魔法の使い手。ネクロマンサーの亜種。
どうも向こうの世界で憎悪に満ちた魂を日本に送る方法を編み出して、日々醜い笑みを顔に称えながら嬉々として自分が生み出した魔法を使っているとのこと。
近々、【リーベル】の情報を動画にしてネットに流す計画も進行中だとか。
「それ、どうやって調べたんですか?」
リアが持って当然の疑問を日葵に問う。
彼女からの応えは女社長のスマホからデータを抜き取ったということだった。
スカーレットは女社長が気付かないように隠しアプリをスマホに入れていて、日記やら計画やらをそこに書き込んでいるよう。
間抜けというか、承認欲求の塊というか、なんと言えば良いのか分からない。
とりあえず……。
「私は魂を切った。それって輪廻転生の輪には戻れないってことだよね?」
流石に胸が痛む。肉体を殺すことに抵抗はなくとも魂を殺したことには罪悪感を覚える。
無知は罪だ。知ってたら邪影には手を出さずに放置していた。
「はぁ……っ」
深い深いため息。
罪悪感に溺れるリアを掬い出したのはアミだった。
「でもさ、放置してたら別の誰かに憑依して問題を起こしてたんじゃないの?」
それに日葵も続く。
「だけじゃないです。[S]に触れられた魂はその時点で穢れてしまって、どっちにしても輪廻転生は出来ません。だったら安らかに眠らせてあげた方が良いです」
「……リアちゃん、そういうことらしいよ?」
「良心の呵責を感じることなんて少しも無かった。……というよりかそんなことも[S]。スカーレット公爵令嬢は書いてるんです?」
「書いてます。誰にも自慢出来ないから、日記に書いて自画自賛してるんだと思います」
「「そっか」」
遠い目になるリアとアミの2人。
スカーレットという人物がなんだかこう、小物に思えてくる。
「……ねぇ、リアちゃん。【リーベル】の動画の件はどうすれば良いと思う?」
日葵の告げ口でスカーレットに興味を失くしたアミは露骨に話を変えてきた。
これに対しても日葵が口を挟む。
「今日のメンバー。桜庭さんのクラスメイトで友達がアニメ・漫画研究会に所属してるのは知ってますよね? 彼女達に協力して貰って内容を描き換えます」
「どうするつもり?」
「今の日本人は戦う女性が好きです。なのでAIを使ってアニメ風にしちゃうんです。……百合な感じに仕上げます」
日葵の最後の言葉は小さいものだったのでリアとアミには聞こえなかった。
そんなことよりも彼女達の間で1つの共通認識が生まれ育って2人は顔を見合わせて頷き合った。
『『これもう、仲間にしちゃった方が良くない?』』
日葵の手腕は嫌という程分かった。
敵には回したくない相手だ。味方にしておきたい。
幸いにも口説けば落ちそうな気配が感じられる。
ニヤけるリアとアミ。
そうと決まれば。
リアによる渾身のお芝居開始。
机に突っ伏した時に異空間に収納したグラムの代わりに取り出すは太腿に仕込んである拳銃・ニューナンブM60。
日葵のこめかみに当ててリアは彼女のことを全力で脅す。
「佐々木さん、選ばせてあげる。私達の仲間になるか、ここで死ぬか。どっちが良い? ちなみにこの拳銃は本物だよ? 弾丸も入ってる。私は【リーベル】。邪魔者は容赦なく排除するからね。演技じゃないよ?」
と言いつつ演技なのだけど。
1度は死を覚悟した日葵だが、時間が置かれたことで死に対する恐怖が濃くなった。
死にたくない―――。
リアの持っている拳銃は本物で間違いない。
【リーベル】のことを知った日葵には彼女が嘘を吐く人物じゃないことは分かる。
彼女は優秀で、殺ると言ったら絶対に殺る。
喉元に突き付けられた死神の鎌。
日葵の選択肢は1つしかない。
「仲間に、なります」
心の中で自分の演技に拍手。
リアが演技を終えたところでアミが立ち上がって店の裏手にあるマンションの自宅に戻り、私室に置いてある契約書を手にして店の中に戻ってくる。
「仲間になるなら、クズじゃなくてお下げちゃんに戻すね。じゃあお下げちゃんはこれにサインをしてね」
契約書を読む日葵。福利厚生のことだとか、連盟員の心得えについてだとか前半は日本の何処の会社でも見られるようなことが書いてある。
問題は後半。人間であって人間ではなくなるだとか、連盟を抜ける時は記憶を消されて放逐される上に代償があることが書かれている。内容が意味不明。
「人間ではなくなる? 代償?」
無意識に口にしていた日葵。
リアとアミがそれについて事も無げに話し出した。
「お下げちゃんは浦島太郎って日本の有名な童話? は知ってるよね?」
「えっと、はい」
「魔法連盟は竜宮城だと思ってください」
「………ああ」
なんとなく分かった。
契約書にサインした時点で老化が止まるのだろう。
そして連盟を抜けるとそれ迄止まっていた分が動き出す。
……ということか。さながら契約書は玉手箱。
感じるリアの視線。
日葵は震える手で契約書にサインをした。
そこ迄はリアとアミの予定通りなこと。
後日、アニメ・漫画研究会の者達を言葉巧みに巻き込んだ日葵。
転んでもただでは起きない。
リアとアミは日葵から仲間が増えたことを聞かされて、2人で苦笑いをした。




