二十二夜 津島神社への訪問
〔天文十七年 (一五四八年)夏四月八日~九日〕
尾張には天王川に浮かべた船に沢山の提灯を並べて流す天王祭がある。
開催は六月十四日と十五日であり、そこに千秋季忠と俺を招待したいと、俺の姉にあたるくらの方の夫である大橋-重長から手紙が届いた。
その手紙を持ち帰ったのが、清酒を売り込みに行っていた大喜五郎丸であることから、津島神社に清酒を奉納してほしいのではと予想された。
津島神社の奉納の舞を一緒に見学しませんか。
手紙に、母上を誘いながら弟の俺に会いたいから必ず連れてきてほしいと書かれていたのだ。
くらの方からのお誘いに、母上は大喜びで参加しますと返事を書いた。
身内というのは意外と厄介だ。
「あぁ、神楽の舞は素晴らしいですね」
「はい」
「母として、魯坊丸の舞を早く見たいです」
「魯坊丸も舞うのですか?」
同席したくらの方がそう聞く。
舞は舞でも稚児の舞だ。
三歳くらいから元服前の子供は『神の尸童(依代)』になれるので、稚児が舞うことで神々に降りてきてもらおうという行事だ。
くらの方が招待してほしいという。
姉弟の仲を深めたいようだ。
嫡男の長将や娘達を呼んで「其方らの叔父上です、ご挨拶しなさい」とさり気なく紹介し、娘を嫁に如何と勧めてくる。
大橋家は商家も兼ねるので打算的であり、母上と気が合うようだ。
神事が終わると、部屋に移動して食事が振る舞われた。
ここにきて、重長が本題を切り出した。
「実は魯坊丸様にお願いしたき儀がございます」
「津島神社への奉納の件でしたら、五郎丸と相談してください。おそらく、問題なく融通できると思われます」
俺が返事をしても良いのだが、変な前例をつくると、皆が俺に頼みに来て面倒なことになりそうなので五郎丸に振っておいた。
販売の窓口は熱田商人だ。
「奉納の件は五郎丸殿と協議いたしましょう。ですが、私の用件は奉納ではありません。酒造所をこの津島にもお造りにならないかという件です」
「津島に酒造所を?」
「熱田は伊勢や東海へ手広く広めるおつもりと伺いました。塩街道を通じて東美濃、奥美濃、信濃へも手を伸ばすおつもりでしょう。津島商人は美濃や近江を通って、京や敦賀へと商品を取引いたします。熱田と被ることはございません」
「熱田から買うのでは拙いのですか?」
「熱田で作るのと買うのでは値段が違ってきます」
あっ、察した。
重長が被ることがないというが嘘だ。
この津島には、『津島を巡らねば、片巡り』という言葉があるほど、伊勢神宮を参拝する者は津島を経由する者が多い。
当然、津島商人も伊勢に荷物を運ぶ。
熱田で買った清酒を運べば、値段差が生まれる。
津島商人は伊勢より先に興味がないので熱田商人と敵対することはないが、伊勢を譲りたくないのが本音なのだろう。
「熱田神宮に頼み、半分を譲るように手配しましょうか?」
「それでは熱田の風下に立つことになります。熱田神宮が主導して造った清酒ならば諦めますが、お造りになったのが魯坊丸様とわかれば話は別です」
「同じようなものです」
「いいえ。織田弾正忠家を支えてきたのは津島衆です。その自負がございます。魯坊丸様が主導で津島にも酒造所を造っていただきたい。銭はこちらが用意いたします。これは津島衆の総意でございます」
何か厄介そうだ。
熱田商人と津島商人の見えざる対立か?
融資者が増えるのは嬉しいが、面倒ことは遠慮する。
俺は丁寧に断った。
翌日、くらの片に見送られて津島を出発し、馬に揺られてのんびりと中根南城に戻る。
すると、夕方に岩室宗順が親父の使いでやってきた。
養父の忠良が「畏まりました」と答えて、俺に手紙を回す。
手紙には、『津島に酒造所を造れ』と書かれていた。
親父経由できましたか。
俺は愚痴っぽく宗順に言った。
「これなら俺に頼む必要はないでしょう」
「魯坊丸殿が引き受ければ、お礼の矢銭を上納する。魯坊丸殿が断れば、お願いの矢銭に変わる」
「つまり、はじめから決まっていたと」
「根回しとは、そういうものです」
俺を招待する前に親父の所に話をもってゆき、まとまった所で俺を招待した。
俺はそれも知らずに断わった訳か。
「魯坊丸殿は熱田とも知多千賀家とも親しい。もっと巧く利用しろとの伝言です」
「誰から?」
「信光様です。国内にも気配りを忘れると、要らぬ厄介ごとが飛んでくるぞとの忠告です」
「まさかと思うが、津島に酒造所を造る計画も信光叔父上か」
「いいえ、津島衆の独自の判断です。しかし、許可をもらう為に知恵をお貸しになられました。津島が出した矢銭で、先月の戦で亡くなった方への詫び金の穴が埋まったとお喜びでした」
「信光叔父上は俺が断らないと思っているのか?」
「断りますか」
断りたい。
どう考えても熱田衆と津島衆の対立に巻き込まれる気がする。
断っても別の手で攻めてくるような…………そんな気がするが、情報がないので判断ができない。
「魯坊丸様、よろしいでしょうか」
「千代女か。何だ?」
「私は魯坊丸様に仕えてわずか一ヵ月です。まだ、何のお力にも為れておりません。しかし、伊賀者を鍛えることはできます。津島に伊賀者を配置するならば、私が鍛え直してみせます」
「…………えっと」
「私は魯坊丸様のお力になりたいのです。駄目でしょうか?」
「十分に役に立っているぞ」
「いいえ、護衛以外の役に立てておりません」
護衛で雇った訳だから十分じゃない。
千代女が頭を下げつつ、少し上目で俺の返事を待っていた。
そんなにやりたいのか、仕方ない。
結局、別の手で引き受ける破目になるような気がするから引き受けるか。
「わかった。伊賀者の件はすべて千代女に任せる」
「はい、やり遂げて見せます」
「熱田の隠者と知多千賀と連絡を取り合って、尾張国内の動きを把握できるか」
「やってみせます」
俺が千代女にそう命じると、拳をぎゅっ~と握って喜んだ笑顔を浮かべた。
あっ、命じられると喜ぶさくらと似ている。
千代女の真面目さって、さくらと似ていたんだ。
主従関係は似るというが、そういうことか。
なんか、すっきりした。
しかし、津島の酒造所を増設することが決まり、尾張国内にも情報を集めろとか、加速度的に忙しさが増してないか?
でも、手の平で転がされている感じが凄くむかついた。