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二十一夜 熱田神社と尾張染めを喜ぶ寿桂尼

 〔天文十七年 (一五四八年)夏四月四日〕

臨時の熱田会合は夕刻からはじまった。

織田弾正忠家が三河で大敗北となったが、矢作川の東を失ったに留まったことで熱田商人らは安堵したらしい。

親父が討ち取られて尾張が混乱することを思えば、問題ないらしい。


「織田信秀様がご無事ならば、尾張で逆らう者はおりません。戦も続くと考えれば、武器が高く売れるというもの」

「その通り。今川義元殿が勝ち過ぎなかったと喜ぶべきでしょう」

「すでに送っております。清酒が気に入られたようです」

「それは上々」


親父と今川義元は戦争をしているが、熱田商人は関係ない。

熱田神宮の分社に八劔(やつるぎ)神社や熱田神社があり、それは三河の岡崎や三谷や今橋、信濃の諏訪、遠江の湖西、下総の葛飾などと、日本武尊(やまとたけるのみこと)が巡った軌跡に点在していた。

その総本山である熱田神宮から全国に神官と神人が行き交っている。

遠っ淡海(とおつうみ)(浜名湖)の湖西にある一宮(熱田一宮神社)は、日本武尊の隋者である吉備(きび)武彦(たけひろ)命の名をとって吉備としたと言われる土地で非常に古い神社だ。

今回は、この一宮神社から義元に戦勝祝いを届けたらしい。


「特に寿桂尼(じゅけいに)様が織田染めではなく、尾張染めを気に入られた」

「公家様が尾張染めを自慢していたので欲しかったのでしょう」

「早く那古野を取り戻せとせっつかれて、駿河様が困っておられた」

「熱田を取り戻すまで今川の侵攻は止まらないようですな」

「恩は高く売っておくに限る」


俺が会合に参加した頃は親父に密告しかねないと用心したのか、今川家を褒めるような言動を慎んだのだが、最近は俺が今川家の情報を積極的に欲しがったので遠慮がない。

義元が酒を、寿桂尼が尾張染めを気に入ってくれたのが上々だ。

酒を高値で売って、綿などを仕入れれば安くつく。

また、義元から関東へ売る許可ももらえた。

伊勢の舟が遠江や駿河に寄港すれば、寄港賃が今川に入るので、伊勢と関東との交易が盛んになるのが喜ばしいのだ。

実際、舟が熱田から出航していようとも、割り符に義元の許可を一宮神社がとっていれば、今川は舟を通してくれる。

それは津島神社も同じであり、義元は今川を強くするために金を掘りはじめた。

坑道を掘る為に大量の油が必要となり、津島神社の油が駿河で売られ、その儲けの一部が親父の矢銭となって織田弾正忠家を強くした。

織田弾正忠家を強くした一因が、義元が油を多く消費してくれたからだ。

何とも皮肉な話だ。

そして、尾張から売る商材に、清酒と尾張染めが加わる。


「駿河様は清酒と尾張染めをお買い上げくださるとおっしゃりました。五郎丸殿、よろしくお願いいたします」

「お任せください」

「今川の武将も気に入っており、売れますぞ」

「引き続き、北条様への売り込みもお願いいたします」

「お任せください」


五郎丸は新春に完成した上選の清酒を周辺の大名や領主に献上しており、来月にはできる清酒の売り先を開拓していた。

五郎丸の大喜屋は俺とのむつび付きが深すぎて、今川領に向かうのは危険なのだ。

だから、熱田衆でも今川寄りの商人にお願いする。

大宮司の千秋季忠はバリバリの織田弾正忠派だが、熱田神宮には今川派も多く残っている。

特に旧那古野城主の今川(いまがわ)-氏豊(うじとよ)と親密なものがおり、京で隠居する氏豊の紹介で人脈を広げていた。

俺の密偵であり、今川家の情報を仕入れてくれる。

義元もその人脈をつかって堂々と密偵を送ってきているのでお互い様だ。

熱田会合は売る商材が増えて熱気を帯びていた。

俺はほとんど神棚の横で大人しく座っている。

会合で俺が喋るのは珍しく、前回の酒のプレゼンテーションが特例だ。

俺が喋るのは、会合の後だ。

会合が終わる高位の神官と大店が残り、他に俺が残してほしいと願った商人などのみとなる。

皆が退出していった。

残っている者が小さく輪になり、座り直す。

俺もその輪の中に入った。


「さて、酒の出来から聞こうか」


俺の声で密談が始まった。

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