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十夜 隠形の隠者。

〔天文十七年 (一五四八年)春三月三日〕

捕まえた子供を解放し、連れるように季光は道の角を曲がった。

すると、俺の後ろから老人が現れた。

急に現れた老人に少し慌てていると、千代女がそっと耳打ちしてくれた。


「魯坊丸様、曲がり角の先にあった箱の上に座っていた方です」

「いたか?」

「気配を完全に消して風景に溶け込んでおりましたから、常人の方なら見過ごしてしまうのです」

「千代女もできるのか?」

「草むらに身を隠すときなどに使用しますが、得意とは言い難いです」


千代女の得意じゃないは当てにならないような気がする。

老人は季光に挨拶をすると子供を殴った。


「この愚か者が」

「ですが、千秋様の身を按じて…………」

「馬鹿者。このお方は魯坊丸様の護衛だ。魯坊丸様に襲い掛かるならば、覚悟せよという気合いで静かな闘気を放っておられた。千秋様の暗殺などを企んでいた訳ではない。それくらい察せよ」

「すみません。焦ってしまいました」


千代女が瞬きをして、「あっ」という小さな声を上げた。

そして、老人に頭を下げた。


「申し訳ございません。私の不注意でございました」

「いいえ。魯坊丸様の護衛なら当然の配慮でございます。それに気づかぬこいつが馬鹿なのです」

「こちらにも護衛が付いているのですから、無用な殺気でございました。殺気を放っていれば、千秋様の身の安全を考えるのは当然でございます。私の思慮不足でございます」

「頭を上げてくだされ。すべて、こいつが悪いのです」


そういうと老人が拳骨で子供を殴る。


「子供のことです。それくらいに?」

「魯坊丸様はお優しいですな。ですが、その配慮は入りません。こんななりですが、すでに二十歳(はたち)を超えております。十年以上もこれで飯を食っていながら成長しない奴なのです」


えっ、二十歳?

見た目はさくらと同じくらいで、小学六年生から中学一年くらいに見える。

人は見かけによらないというが、千代女らより年上だったのか。


「子供の振りをして中に潜り込み、情報を得るのを得意とする奴です。荒事は少々苦手ですが、千秋家への忠誠心は高いのですが、今回はそれが裏目に出たようです」

「話が見えないのですが、詳しく教えていただけますか」

「はい。まず、そちらのお嬢様ですが」

「私の護衛で望月家からきていただきました」

「望月千代女と申します。以後、お見知り置きを」

「わたくしは陽炎(かげろう)と申します。菊田家に仕える楽士(がくし)でございます」


季光がそっと捕捉してくれた。

熱田神宮の舞巫女は金田女(かねため)と呼ばれ、熱田を守護する巫女らしい。

その巫女は輩出するのが菊田家、鏡味家、若山家の三家であり、その巫女を守る者を脇連(ワキツレ)と呼ぶ。

巫女が舞うときに雅楽などを鳴らすので楽士(がくし)を名乗っている。


「我らは甲賀や伊賀の方と違い、武に尊んでおらず、どちらかと言えば、隠形を得意としております」

「魯坊丸様。陽炎は武が出来ぬと言っておりますが、そんなことはありません」

「季忠様。そうなのですか?」

「陽炎の手に掛かれば、大抵の者は為す術もなく倒されます」

「千秋様。その話は」


話の腰が折れてしまった。

陽炎の話では、千代女はずっと静かな殺気を垂れ流していたそうだ。

俺に近付くなら「覚悟せよ」という威嚇だ。

しかし、その殺気が見事に隠されていた。

俺は気づかなかったし、周りの神官も気づいていなかった。

隠形を得意とする脇連衆は、その殺気が見えた。

特定の力量以上の相手にしか通じない。

…………ということは、子供に見える彼もそれなりの実力があったのか。

それを簡単にのしてしまうさくらもさくらだ。

次元が違うとはじめて実感した。

つまり、俺を襲おうとする暗殺者には威嚇になるが、季光を守る脇連衆にとって、季光の隙を狙って暗殺を企む不審者に見えた。

少なくとも子供にみえる彼にはそう見えた。

千秋家に忠誠心が高く、何とかしなければと焦った結果、体が無意識に飛び出し、さくらに取り押さえられたという結末になった。

相手の力量すら測れぬ愚か者と言われて、また殴られていた。


「本当にご迷惑をかけました」


陽炎は彼を連れて去ってゆく。

千代女が「一度、手合わせしてみたいです」などと呟いている。

隙だらけに見えるのに、話の間も千代女の動きに見事に対応しており、まったく隙がない方という。

隙だらけなのに隙がないとは謎かけの問答か?


「千代女は勝てそうか?」

「わかりません。しかし、さくらではまったく敵わないでしょう」

「そんなことはありません。勝ってみせます」

「無理だ。彼を連れ出すときに、間合いに入られたのも気づいていなかっただろう」

「えっ、そうなのですか?」

「気配が読めぬのは厄介な敵だ」


厄介といいながら、千代女は頬を緩ませている。

さくらと同じで根っこは同じ戦闘狂なのではないだろうか。

きっとそうだ。

季忠が脇道から元の道に戻ると、ぼそりと言った。


「陽炎は一度隠居したのですが、先日の戦いで腕の立つ者を多く失った為に復帰してもらったのです」

「あの戦いですか」

「彼の息子も兄上らを守って亡くなりました。父上を守ろうとして逝った親族も多くおります」

「申し訳ない気がします」

「いいえ。魯坊丸様に責任はございません。ですが、問題は信頼ができて、尚且つ、技量が伴う者はすぐに補充が利かないということです」

「お察しします」

「仕方ありません。その分は警護の数を増やしております。問題ございません」


季忠が少し疲れた声でそういった。

俺は何と声を掛ければよいのかがわからなかった。

だが、次の瞬間。

おどけた声で千代女に声を掛けた。


「ところで護衛の方は望月の方とおっしゃいましたが、千代女殿は望月出雲守様とはどういうご関係でございますか?」

「父でございます」

「おぉ、望月家の姫様でございましたか。それはよい。望月家はどのような公家様とお知り合いが多いのでしょう」

「六角様を通じて、中御門家を中心に勧修寺(かじゅうじ)流の公家様から仕事をもらうことが多いです」

「勧修寺流と言えば、万里小路(までのこうじ)家ですな。帝の女御であらされる栄子(えいし)様も」

「そうですね。栄子様の護衛の役目などが舞い込んでくれば嬉しいですね」

「なるほど、なるほど。そちらの方に縁がおわりと」


季忠が何を考えているのかわからないが楽しそうに話し、千代女もそういう仕事がしたかったのか、目を少しキラキラとさせているような気がした。

何か二人で宮中の話で盛り上がっていた。

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