三夜 唐揚げに愛を
〔天文十七年 (一五四八年)春三月一日〕
千代女らが来て午前が潰れた。
今日と明日で中根南城の用事を終わらせるつもりだったのに修正が必要になった。
熱田神宮の仕事は不定期だが総じてみると五日に一度。酒造所の視察が十日に一度。その前に初の鉄作りに初挑戦をするので最初に見て欲しいと頼まれている。また、日程が決まり次第で荒尾氏・佐治氏との面談を控えている。
明日は丸根に植えたぶどうの木の視察と、半自動の機織り機の試作を見聞だ。
他にも来てほしいという監督の希望が山積みだったりする。
先程、城の案内を終えたのか、千代女らが庭の隅で模擬戦のような稽古をしていた。
千代女一人にさくら、楓、紅葉の三人で戦っていた。
持っていた武器は木刀だが、三対一なのに千代女が圧勝しており、ほとんど一方的なリンチに見えた。
千代女が一段抜けているのがわかった。
絶対に怒らせないようにしよう。
夕食から俺は自分で食べると宣言し、箸と匙を用意させた。
侍女に食べさせてもらっているとかと、何か言われたら嫌だとかじゃないからな。
少しずつ自立してゆくのだ。
今日の夕食は『唐揚げ』だ。
河原者らが鷺を狩ったといって献上してくれた。
揚げたてホヤホヤの唐揚げとは幸先がいい。
と思っていると、俺用だけ一口サイズに切り分けてくれていた。
ミンチだ。
唐揚げの原形がない。
おじやから白米に変わっても、消化のよい食材しか出てこない。
里芋や千切り野菜の煮込みだ。
お箸でミンチを摘まんで口にもってゆく、パリパリ感のない唐揚げだ。
ぐずん。
早く普通に食べられるようになりたい。
中根南城の夕食は時間がたっぷりと取られているので、百回噛みながら食べても大丈夫だ。
食事をしながら担当の家臣や監督から今日の報告を聞く。
先に報告を終わらせてゆっくり食べるのが理想だそうだが、そういう訳にいかない。
幹部で相談し、主に国防、収穫、土木工事、その他の順で重要案件から報告がはじまる。
人手に限りがありので、基本的に人手の取り合いとなる。
集団で訓練しておけば、非常時に助かるが、一日が潰れて作業が止まる。
田植えなど予定から逆算して、雨が降って遅れることを加味して何日は欲しいと主張し、雨が降らず、予備日が余った日に訓練を実施したいとか。
相談は隣の部屋のみで行われ、俺と養父は聞くだけだ。
最後に結論が報告される。
「問題ありません」
「では、そのように」
「畏まりました。では、次」
最後の裁決を俺と養父に求めるが、ほとんどがこの一言だ。
前半の報告が終わると小休止が入り、資料などの入れ替えが行われ、同時に護衛と侍女と女中が入れ替わる。
護衛と侍女と女中らは前半と後半の二つに分かれ、半分の時間で食事を手短に終わらせねばならない。
特に仕事を持っていないさくらが前半で食事を終えて、一番に部屋に入ってきた。
「魯坊丸様。ここの食事は美味しいです。感動です。おかわり自由です。このさくら、魯坊丸様の為に一生懸命に働きます」
「えっ、何があった」
「あははは、さくらは唐揚げの美味しさに魅了されただけですよ」
「そういう楓も私の唐揚げを盗ろうとしたではないですか」
「ヤダな~、別にさくらの唐揚げって、名前が書いていた訳ではないでしょう」
「私が取ってきた唐揚げですよ」
「おかわり自由じゃん。どんぶり飯三杯、唐揚げ三十八個、味噌汁十杯。それだけ食べても、まだ足りないの? 私が食べた量から比べたら大したことないでしょう」
「楓も自分で取りに行けばいいですよ」
三十八個?
あの細い体のどこに入るんだ。
そう言えば、楓はいつ入ってきたんだ?
不思議な奴だ。
千代女も部屋に入ってきて、俺の後ろに座った。
「魯坊丸様。主より先に食事を取ってよかったのでしょうか?」
「家には家のやり方がある。慣れてくれ」
「畏まりました」
ほかの侍女らもぞろぞろと入ってきて、最後に入ってきたのが紅葉だ。
紅葉の手には替えのお茶が置かれた盆があり、ぬるくなった茶を交換するように言われたのだろう。
「魯坊丸様。お茶のおかわりはいりますか」
「いただこう」
「はい。では、そちらにお持ちしま…………わっ」
紅葉は俺ら中根家の者が座っている畳の角で足を取られて転けそうになった。
おそらく入れ替えたばかりの熱い茶が入った急須が宙に飛び出し、ゆっくりと俺の方に飛んでくる。
やぁ、ヤバい?
そう思った瞬間、後ろの板の間に座っていた千代女が紅葉の横を通り過ぎ、落下中の急須をキャッチして、やんわりと着地した。
急須の先から、少しだけ茶が零れただけで済ませた。
見事だ。
「申し訳ございません。お茶を零してしまいました」
「いや、助かった」
「紅葉。いつも言っているだろう。如何なるときも足元の注意を怠るなと」
「申し訳ございません」
「あとで言い聞かせておきます。お許しください」
「問題ない。茶を一杯、入れてくれるか」
「はい」
千代女は手慣れた手つきで茶を茶碗に入れてくれた。
キリリとした鋭い眼光を保ち、腰を浮かす初動から、お茶を注ぐその手つきも美しい。
はじめてあったときのクールビューティーな千代女のままであった。
「何か、私の顔についていますか?」
「美しいと思っただけだ」
「ふふふ、お戯れを」
「容姿が美しいと言ったのではない。その動きが美しいといったのだ」
「ありがとうございます」
千代女が入れてくれたお茶は熱すぎて、ふふふと息を吹きかけて少し啜るだけで精一杯だ。
あちぃ、舌が火傷した。
一気に飲むには、熱すぎるお茶であった。