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二夜 母上と千代女のバトルがはじまった

〔天文十七年 (一五四八年)春三月一日〕

千代女らの挨拶が終わると、俺付きの侍女の三人と女中二人の紹介がされた。

侍女の内、二人は家臣の娘であり、もう一人は丸根村の村長の娘、女中の二人は長根村から派遣されている。

侍女は読み書きと礼儀作法ができる者が選ばれ、女中はその限りではない。

なかったというべきだろう。

俺に付き合わされた女中らは、簡単な手紙なら書け、三桁の計算ができるようになったというか、侍女らが自分の負担を減らす為に教育した。

礼儀作法は母上が教えているので完璧だ。

千代女が侍女らに挨拶しているのを見ると、姫様と呼ばれるだけあって礼儀作法に問題なく、その動きも綺麗だった。

紅葉と名乗った一番小さい子も挨拶ができている。

問題はさくらと楓だ。

この二人の会話を聞いて、母上は首を少し振ると何度もこめかみに指を当てている。

悩んでいる時の母上の癖だ。

さくらはしゃべり過ぎ、楓は適当過ぎだ。

母上の悩みの種となったようだ。

紅葉は問題なく挨拶できているが、少しおどおどしている。

クールビューティーな千代女は完璧で問題ない。

侍女らから色々な質問が飛ぶ。

甲賀はどんなところか、千代女の父君がどんな方か、どういう知り合いがいるのか、興味津々の侍女らの興味が絶えない。

甲賀はずいぶんと山奥らしく、京に連れてゆくウマの仮置き場として栄えたという。

京から伊勢参りへ街道が続き、人の行き来が多く、京に精通していた。

千代女らの小遣い稼ぎは旅人の護衛らしい。

行商人から全国のことを聞いているのか、伊勢、東海、関東のことまで良く知っていた。


「挨拶はそれくらいでよいでしょう。城の案内を頼みます」

「畏まりました。奥方様」


侍女長がそう返事を返す。

誰かを指名しない限り、筆頭の侍女が千代女らの世話をすることになる。


「城の者への挨拶は夕食のあとにします。そのつもりで段取りをつけなさい」

「畏まりました」

「奥方様、色々のお気遣いありがとうございます」

「千代女には、本業の方にも頑張ってもらわねばなりません。早く慣れてください」

「努力いたします」


最後に千代女が俺の方に向いて礼を言った。


「我が父は望月家の為に熱田を見聞してくるように言いつかっておりますが、私は魯坊丸様に恩義を感じております。三年という期日を気になさる必要はございません。恩義を返すまでは帰るつもりはございません」

「恩義とは? 私が何かしましたか」

「魯坊丸様は私を指名してくださいました。魯坊丸様がお声を掛けなれば、私は裳着を済ませた後に、本家にあたる信濃望月家の望月(もちづき)-盛時(もりとき)に嫁ぐことになっておりました。齢四十五歳のご老体です。先妻の御子も成人しており、武田(たけだ)-晴信(はるのぶ)殿から『信』の字を頂いて信雅(のぶまさ)を名乗っており、私は京との繋ぎ役。形ばかりの妻となる定めでした。私はまだ十三歳です。三十も年上の方に嫁いで幸せになれると思いますか」

「そうだな」

「ですが、本家は望月の姫を所望されて、私がいるのに分家の従姉妹らを送る訳にゆきません。武家の習わしと思い、諦めておりました。しかし、魯坊丸様が私の名を名指しで呼ばれ、父上が『行ってみたいか』と訪ねたのです。天啓でした。これで本家に成り上がりたい従姉妹らが喜んで信州に赴き、晴れて私は好きな方に嫁ぐ機会を得る可能性がでてきたのです」

「好きな方がいるのか?」

「いません。いませんが、四十路(よそじ)のおっさんに嫁ぐことを思えば、可能性があるだけで私は幸せではありませんか」


そうか、それだけで幸せなのか。

それと望月家も真田家も武田晴信の家臣になっていたのがわかった。

真田忍者は諦めよう。

ちょっと意外だったのは、礼儀正しいかった千代女から『おっさん』なんて言葉が飛び出し、鋭い眼光が消えて訴えていたことだ。

クールビューティーから年頃の少女へと変わっている。


「千代女。貴方は何を言っているのですか。男は三十路(みそじ)を超えてから旬なのです。四十路となって脂身の乗った良さが現れるということを知らないのですか」

「三十歳も年が違います」

「良き殿方と巡りあうかどうかに、年など関係ありません」

「そうでしょうか。年が違い過ぎる価値観も違います。古い考え方に凝り固まった者と話すなど、私は嫌です。盛時殿は武に優れていると聞きますが、武田晴信に屈した武将です。甲賀望月家の人脈を使い、京との繋がりで晴信に媚びを売りたいと考えるような者に嫁ぎたくありません」

「会っていない方を悪くいうものではありません。本当に良い殿方ならば、年など関係ないのです」

「しかし…………」

「しかしではありません。千代女は男を見る目から鍛え上げねばなりませんね」

「三十歳も年上に嫁ぐなど嫌です」

「ほほほ、まだ言いますか。信濃とて諏訪神社などのよいところもあります」


母上は親父 (織田信秀、三十八歳)にぞっこんだからな。

もうすぐ四十路なのに『信秀LOVE』だ。

常日頃から、「男は魅力だ。胆力だ。何をなしたがすべてであり、年なんて関係ない」と言っており、「年が三十歳も違います」と言っている千代女と真っ向から対立する。

そう言えば、信濃には諏訪大社があったな。

神事好きの母上なら諏訪なら『OK』そうだな~。


「それは理解できます。信濃も悪いところではありませんが、京に比べると劣りまし。(それに…………新しいものは手に入らない)」

 

 千代女が最後にぼそりと何かを言った。

 何を言ったかは聞こえなかったが、ピンときたのか、それを代弁するようにさくらが話し出した。


「千代女様は常日頃から凜々しくありますが、実は乙女なのでございます。何よりも可愛いモノが好きで、可愛い小袖や、簪を見つけると、(とき)を忘れてずっと見続けるほどです。昨日も、着物を選ぶのに、古着屋で一刻 (二時間)も時間を掛けたので宗順様に急かさました。本当はもう一つの可愛い着物を買いたかったのです。しかし、自分には似合わないと、慙愧(ざんき)の念にかられて、今日の着物を選んだという悲しい事情があるのです」

「さくら黙れ」

「しかし、千代女様。はっきりと言っておいた方がよいのではないでしょうか」

「黙れと言っている。あとで相稽古だ」

「おぉ、お待ち下さい。せめて総稽古で」

「わかった。総稽古だ」

「馬鹿野郎、私らを巻き込むな。なっ、紅葉」

「えっ、私もですか!」


 何を言っているのかわからんが、滅茶苦茶に慌ただしい。

 しかし、恥ずかしさからか、千代女の顔は真っ赤に染まって、可愛い顔を覗かせていた。

ギャップ萌えかもしれないが可愛い。

俺がそう思うくらいだから、母上もそうなのだろう。

 母上の手が震えていた。


「千代女。その気持ちはわかります。わかります。着飾ることもできないのは、女として辛いでしょう」

「えっと、その…………」

「気持ちを隠さなくとも大丈夫です。叱りません。それの気持ちは女として正しいのです」

「はい。甲斐は貧しい国です。甲斐の武田に支配されております。おそらく贅沢はできません。京から新作を買い入れる余裕があるかどうかもわかりません」

「それは辛いですね」

「奥方様。わかりますか。私の絶望が」

「わかります。わかります。辛かったでしょう」

「はい」


母上と千代女がわかり合ったのか、二人で抱き合って共感している。

意味がわからん。

さっきまでの対立は何だったんだ?


「そういう意味では中根家にきたのは幸いですよ」

「何がですか?」

「熱田は京に比べると優雅さは一段落ちますが、琉球交易などで唐物や南蛮の品々といった新しい物が入ってきます。しかも、この魯坊丸はそれすら凌駕する物を作る天才です。千代女が気に入るのは間違いありません。私が保証しましょう」

「魯坊丸様が…………?」

「楽しみになさい」

「はい、楽しみにいたします」

「他にも面白い話が色々とありますよ」

「聞きたいです」


母上は可愛い娘を得たように喜んでいる。

意気投合(いきとうごう)したならそれでいいか。

可愛いモノの話が続き、千代女は少女らしい顔で母上が話し込む。

良いことだ。

でも、いい加減に俺の部屋から出て行ってくれないか?

母上にそんなことを言える訳もありません。


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