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一夜 俺はちっちゃくないぞ

〔天文十七年 (一五四八年)春三月一日〕

草木が茂る弥生になった日、岩室-宗順が四人の少女を連れて中根南城にやってきた。

宗順はまず養父との対面を求め、応接の間に入った。

養父と宗順の話を盗み聞きしてきた俺の侍女らが騒いでいる。

かなり良いところの姫様らしい。


「魯坊丸様の許嫁かも」

「うそぉ」

「あり得るわよ」

「千秋家が怒らないかしら?」

「すごく綺麗な子だったわ」

「従者付き」

「わたしも姫様って呼ばれたい」


ははは、侍女らの笑う声が聞こえた。

侍女らは色恋沙汰になると声のトーンが急に上がり、俺の部屋と侍女の控えの間は障子一つなので、その声がだだ漏れなのだ。

姫って、宗順が連れてきたので忍びかと思ったが違うのか?

三歳の俺に許嫁とか早いだろう。

俺は織田家の嫡子でもないし、次期中根家当主と言ってもまだ継いでもいない。

中途半端な居候だ。

織田家が没落した瞬間に俺の地位も吹っ飛ぶ。

歴史通りに織田家が躍進すれば、織田家の血筋で食ってゆけるのだろう。

そうなるといいね。

信長の下で無理ってわかっているけど…………願うくらいは自由だろう。


今の俺に娘を嫁がせたいなんて考えるのは、俺と一連託生の千秋家のみだ。

千秋家は俺を持ち上げて織田家に食い込むつもりだ。

千秋季忠に妹がいなくて幸いだった。しかし、実娘が生まれれば押し付けてくる可能性は高い。

すぐに生まれないことを祈っておこう。

きゃぁ~、侍女らのトーンがさらにヒートしたのは母上が四人の少女を連れて俺の部屋に近付いてきたからだ。

母上は部屋に入ってくると、上座の俺の隣に座った。


「魯坊丸。紹介します。貴方の新しい侍女らです」


母上がそういうと、横の侍女らが「えっ~」と驚きの声を上げる。

きりっと母上が侍女らを睨んで声を封じた。


「近江の六角家の重臣望月(もちづき)-出雲守(いずものかみ)のご息女、千代女(ちよじょ)である。先のことはわからぬが、魯坊丸が元服するまでは侍女として付いてもらうことになった」

「千代女ですか⁉」

「何か不満か? 魯坊丸が名指しで呼んだと、宗順殿から聞いたが間違いだったか」

「間違いではございません。本当に来ていただけるとは思っていませんでした」

「あり得ぬことを頼んだのか?」

「はい、そんな感じです」

「ほほほ、そうよのぉ。中根家は織田家の家臣でしかない。魯坊丸は大殿の御子であるが、その織田弾正忠家も尾張守護代の奉行に過ぎぬ。中根家が六角家の重臣の姫をもらうには家格が低過ぎる。故に花嫁修業の一環として、我が家で預かることになった」

「花嫁修業…………ですか?」

「魯坊丸に見込みがあると思われれば、千代女はこのまま侍女を続け、魯坊丸の元服を待つ。しかし、見込みがないと知れれば、三年を待たずに望月に帰ることになる」

「承知しました。帰さぬように精進しろというのですね」

「魯坊丸なら難しいことではない」


母上は俺を信頼しているのか、まったく疑っていない。

が、俺が目指すのは引き籠もりライフだ。

呆れられて帰る可能性は高い気がする。

母上は俺に説明を終えると、下座に座っていた四人の少女らが顔を上げた。


望月(もちづき)-千代女(ちよじょ)と申します。何卒よしなにお願い申し上げます」

「魯坊丸だ。宜しく頼む」


千代女は顔立ちから見て、十三歳の中学生に成り立ての感じがする。

侍女が騒ぐだけあって可愛い。

俺をみる眼光は鋭く、千代女はもしかするともう少し年嵩が上かもしれない。

後ろの三人は千代女より幼くみえる。

特に、一人だけ小学校の低学年が混じっているような?

元気に手を上げる生徒がいた。


『はい、はい、はい。は~い』


元気があり余っているのか、「次は私だ」との自己主張が強いのか。

ポーニーテールの女の子が声を上げて挨拶をはじめた。


「わたくしは千代女様の従者のさくらです。よろしくお願いいたします』


ずおぉ~っと声の圧が通った。

その迫力で俺は後ろに吹き飛ばされるような感覚を覚えた。

声のボリュームが凄い。

部屋中に響き、侍女らも耳に手を当てたくなるほどの大音量で侍女らが姿勢を崩していた。

母上も呆気にとられて声もでない。


「私は、いつか千代女様の右腕となる優秀な忍びです。日々の努力を毎日のように続け、刀の扱いには自信があります。この度の護衛役ですが、魯坊丸様のお役に立つことは間違いなし。このさくらがきた限り、大船に乗った気で安心してください。頑張ります」

「…………」

「…………」


さくらが忍びとか、護衛とか、本来の目的をはっきりと言ってしまった。

母上は少しうつむき額に手を当てて悩んでいるようすだ。

裏表がないというか、馬鹿か?

侍女らが「忍びですって」とか、ひそひそ話が上がり出す。

母上がごほんと咳を切って侍女らのひそひそ話を止めた。


「楓、何をしているのですか。ちっちゃな主様に挨拶しなさい。それとも私から紹介して欲しいですか。欲しいですか」

「さくら、黙れ」

「黙りますとも。楓が挨拶をすれば黙ります」

「わかったから黙れ」


楓と呼ばれている少女がちぃっと舌打ちをしてから頭を下げ直して、俺の方に向いた。


「楓でございます。よろしくお願いいたします」

「挨拶が短いですね。自分の得意とか言わなくてよいのですか。楓は足だけは速いのですから、もっとちっちゃな主様に覚えていただけるように主張しなければいけません」

「さくら。甲賀に帰りたいのか。奥方様が怖い顔で睨んでいるぞ」

「ぬお⁉」

「紅葉。さくらを無視して挨拶だけでもしておけ」

「わぁ、はい、楓さん。紅葉です。よろしくお願いいたします」

「申し訳ございません。私の教育が行き届いておりません。この三名には、あとで叱っておきます」


千代女が三人を叱ると言った瞬間、三人の顔から血の気が引いたように青い顔になる。

そんなに怖いの?

まぁいい。そこは後々考えよう。

敢えていうぞ。

俺はちっちゃくない。

三歳の体格ならこれくらいが普通だよ。

ちっちゃい、ちっちゃいって言うな。

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