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五十九夜 魯坊丸、織田信秀と会う

〔天文十七年 (一五四八年)春二月中旬〕

珍しく五郎丸から夜半前に会談を頼みたいという使者がきた。

こういう無茶ははじめてだった。

床に入っていた俺も起こされて、返事をどうするかと福に問われた。

聞くまでもない。

五郎丸がすべてを承知で使者を送ってきたなら、本当に急ぎの話なのだろう。

五郎丸の要望通り、養父の忠良、母上、義理兄上の忠貞などの主だった者を集めて広間で待った。

予定通りに亥の刻(午後十時)にやってきた。


「夜分に申し訳ございません。おそらく急いだ方が宜しいと考えました」

「わ、か、つ、て、お、る」(わかっておる)

「兼ねてからの懸案となっておりました。銭三千貫文の目途が立ちました」

「た、い、ぎ、で、あ、る」(大儀である)

「但し、最終の判断は大殿自身が行われるということになり、明明後日(しあさって)の三日後の昼にこちらに御越しになるとのことです」


俗にいう『御成(おなり)』であり、養父が慌ててその場で立ち上がった。

しかも明明後日。

夜半前にかかわらず、知らせにきた訳だ。

親父は華美な出迎えは必要ないと行っているが、それを真に受ける養父ではない。

すべての城の者を評定の間に集めるように指示を出した。

二日しか時間がないのだ。

まず、城の隅々まで掃除を行い、出迎える衣服などのチェック、お食事なども手抜きはできないと養父が焦っているのを母上が「落ち着きなさい」と窘めた。

俺とは余人を交えずに会談するという。

五郎丸が「秘策あり」と言っていたのは、親父のことだったのか。

俺もその手を考えたが(ぼつ)にした。

下手な使者を立てれば、取り巻きの家老らにいいようにされかねないからだ。

家老らは中根家や熱田の味方とは限らない。

あの佐久間家も家老の一人だ。

銭を出す代わりに酒の権利を奪われたら美味しいところがなくなる。

苦労して目途を立てたのに…………最悪、酒造所と一緒に熱田の鎮守の森を取り上げなどとなれば、熱田衆から俺が恨みを買うことになる。

そのことを定季から指摘された。

五郎丸は家老らを通さずに、親父に連絡する手段を持っていたのか。

確かに秘策だ。

俺は福に早口で俺の帳簿方を起こさせるように命じた。


「ふく。ちようぶぉかたをたたきおこせ」(福、帳簿方をすべて叩き起こせ)

「畏まりました」

「た、だ、す、え。お、も、だ、つ、た、も、の、あ、つ、め、よ。が、い、さ、ん、を、み、つ、も、り、し、よ、に、か、き、な、お、す」(定季、主だった者をあつめよ。概算を見積書に書き直す)

「みつもりしょとは?」

「き、ん、が、く、に、し、よ、う、よ、う、と、を、か、き、た、し。だ、れ、が、み、て、も、、わ、か、る、よ、う、に、し、た、し、よ、る、い、だ」(金額に使用用途を書き足し、誰が見てもわかるようにした書類だ)

「なるほど。まとめ直すのでございますな」

「うむ」


やり方だけを定季らに教えると、定季らに任せて俺は就寝した。

どうせ俺の体力は長く続かない。

起きてから彼らなりにまとめた案を見て修正を掛ければよい。

全員で分担しなければ、間に合わない。

明日から三日間の予定は、すべてキャンセルだ。

また同時並行の作業になると、福に頑張ってもらうしかない。

そして、三日で仕上げた。

不眠不休で皆がやり遂げた。

その中で、福が俺の睡眠時間を確保する。

会談の朝、起きた俺は政務の間に入ると、完成した書類を渡された。

よく出来ている。大満足だ。


「み、な。ご、く、ろ、う、で、あ、つ、た」(皆、ご苦労であった)


二日三晩、寝ずに書類をまとめた彼らは俺の声に返事もできないほど焦燥しており、夢の中にいる者も多い。

一番頑張った定季と福は、親父を出迎える為に身なりを整えねばならない。

定季らは軽く仮眠を取った後に、疲れを化粧で隠して現れた。

死んだように眠る帳簿方の者らは政務の間で寝かせておく。

親父を迎える為に、養父が張り切って城をピカピカに磨いていた。

庭の手入れを行い、家臣や作業員も真新しい服をきている。

道には石ころ一つも転がっていない。

親父は鉄造りの為に建てられた小屋などを視察した後に、村を通って城に到着した。


「皆の者。大儀である」


迫力のある声で皆に礼をいう。

大広間に通されて上座に座ると、養父がいろいろと報告を述べた。

信長の代名詞である『であるか』が連発される。

信長の癖は、親父を真似たものだったのか。

はじめて知ったよ。

親父は俺のことを養父や母上に尋ねない。

中根と八事の運営を細々と聞く。

報告が終わると食事となり、見たこともない料理に舌鼓を鳴らした。

俺はまだ元服しておらず、本来なら大広間にいるべき者ではない。

親父から何かを訪ねられるまで絶対に口を開くなと養父から言われていたので、ひっそりと隅に座っていた。

親父は俺のことに触れない。


「皆の者、大儀であった。これからも中根と八事を盛り立ててくれ」


皆が「ははぁ~」と一斉に頭を下げた。

最後に親父が右手をさっと振ると側近が俺を残して、大広間から退出するように促した。

側近らも広間を出て、廊下に腰掛けてこちらを見守る。


「さて、先程見せられた酒造所の見積書だが、お前が作らせたのか」

「ふぁい」(はい)


親父は事業計画の見積書に目を通すと、むむむっと唸る。

何故、忍びを雇うのか?

そんな質問をされたので、必要な理由をツラツラと述べた。

福がいないので伝わっているか心配だった。

それが終わると年齢を聞かれ、三河のことも聞かれた。

思ったことを喋った。

すると、親父ががばっと立ち上がって、少し不機嫌そうな顔で俺に言った。


「相判った。三千貫文を用意してやろう。好きに使え」


俺の完全勝利だ。

これで皆に支払いができる。

防備の為の城壁も作れる。

熱田衆の信用を失わずに済んだ。

酒で儲けるぞ。

夕食のときに俺が興奮してそういうと福に叱られた。


「先のことばかり見ていると、足元が疎かになって転びます。一つ一つを片付けてゆかねばなりません。まだ、酒は造っておりません。油断大敵です」

「そ、の、と、お、り、だ。ふ、く、が、い、て、く、れ、る、と、た、す、か、る」(その通りだ。福がいてくれると助かる)

「魯坊丸様。そろそろ戻らねばなりませぬ。これからもお体をご慈愛してください」

「も、う。か、え、る、の、か」(もう帰るのか)

「一月以上となりました。これ以上はご迷惑となります」

「そ、う、か」(そうか)


確かに急場は凌いだ。

用もないのに、嫁いだ者を侍女として使うのは無理がある。

明日一日。

一日だけ、福に残ってもらうことにした。

魯坊丸日記 第五十九話 「織田信秀と会う」の裏舞台


魯坊丸、最初で最後の父親との面談です。

普通、庶子の子供は会うことがないのも普通にあったようです。

あの家康の子である結城秀康も満三歳まで対面したことがなかったとあります。

魯坊丸は下げ渡された家臣筋の子供ですので元服まで会えないのが普通です。


さて、魯坊丸は織田信秀と対談して三千貫文を手に入れました。

魯坊丸の飛躍はここから始まりますが、第一章も残り三話です。

もうちょっとです。

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