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五十六夜 魯坊丸、福に助けをもとめる

〔天文十七年 (一五四八年)春正月〕

精進川(しょうじんがわ)新堀川(しんほりかわ))の上流にはいくつもの湧き水がでる場所があり、その湧き水が湧く周辺に酒蔵を建てる縄張りを行った。

それは本格的な縄張りではなく、周辺の広場に酒蔵をどう建てるかという配置図のみだ。

中根家で鍛えた者を派遣し、熱田神宮の森から二十名ほどを雇って、木々を切って広場から街道に続く荷道の準備をはじめていた。

二十人の中には家族を持つ者もおり、妻や子供の同行も認めた。

連れてきた男らは斧を持つ手もあやふやで工事が進むのかと心配していたが、冬になる頃には木こりのように逞しくなっており、銭に少し余裕ができたので五十人ほど雇う数を増やした。

しかし、不思議なことに神宮の森に住む流民の数も増えており、まったく減った様子もないというのが現状だったりする。

さて、酒蔵予定地では仮小屋を建てる余裕もなかったので、寒い冬空に簡易麻テントで我慢してもらっている。

代わりに藁布団と毛皮の毛布を貸し出した。

綿がないので、麻袋の中に洗って干した藁を入れて布団の代用品にするという荒技だ。

寝返るとチクチクして寝心地は悪いが、暖かさは問題ない。

内側で毛布を巻き、焼石を腹に抱えて寝ると、かなり暖かくなるらしい。

長根村などから凍死者を出さない為に考えた方法であり、村人らが春先から練習用にたくさん作らせたので、売れないデキの悪い麻布が余る程できていた。

冬の出陣も考えて、藁寝袋も作らせてみた。

それが幸いして、数は十分にあった。


「魯坊丸様。荷道が完成しており、宜しゅうございました」

「ま、つ、た、く。だ」(まったくだ)

「これから道を作るとなると、一月で酒蔵を建てるのは夢のまた夢でございます」

「き、も、た、い、り、よ、う、に、あ、る」(木も大量にある)

「確かに。道を作る為に切った木がありますので、材料を集める手間も省けます」


食事を終えた俺は広間に移動すると、定季と職人らを囲んで今後の話を煮詰めた。

五郎丸が持っている酒蔵は二つ。

その二十倍で四十蔵、間に合えば五十蔵を確保したい。

一つ目の酒蔵を建てている間に、次の木を伐採して材料を確保してゆく。

切った木を角材や板に加工する手順も話し合う。

湧き水の横に池を掘って、そこから手押しポンプで酒蔵に流れるようにする水路も必要だ。

必要な工具、麹室(こうじむろ)も最初から併設する。

職人らの寝泊まりする家も必要だ。

野盗や荒くれ者から身を守る壁や堀も用意したいが、「時間が足りますか」と聞かれて後回しにして、護衛を雇うことにした。

施設の増設と生活改善は、都に酒を納品が終えてから進めることになった。

次々と箇条書きされる案件に頭を抱える。

その焦りか、俺はしゃべり口が早口になっていった。


「魯坊丸様。もう一度おっしゃってください」

「な、ぜ、わ、か、ら、ん」(何故、わからん)

「巧く聞き取れません」

「じ、か、ん、が、な、い、の、だ。て、ま、を、と、ら、せ、る、な」(時間がないのだ。手間を取らせるな)


イライラして、さらに焦った。

そこでブラックアウト、次に気が付くと天井が目に入った。

体力の限界まで絞って、その場に倒れたらしい。

すでに日が高くなっていた。

俺は定季を呼ぶと、良勝が入ってきた。


「さ、だ、す、え、ふぁ」(定季は)

「魯坊丸様がいらっしゃらないと作業が進みませんので、魯坊丸様が寝ている間に熱田神宮に赴いて、大工などの手配に行きました」

「そ、う、か」(そうか)

「中根の大工は、精進川の上流に移動する準備をはじめております。五郎丸様も酒蔵を建てた大工を派遣してくれるそうです。作業員の方も移動して、整地と水路、池などの確保を準備すると言っております」


昨日の内に決まったことに取りかかっているので安心した。

しかし、麹室の設計や水路の計画は俺でないとできない。

俺の頭の中にしか、その設計図がない。

製図と建設を同時に進めるというウルトラCをする必要がある。

土台、建屋、内装と順番に書き、上がった奴から工事がはじまるので、修正が利かない設計って何だよ。

ゆっくり話していては間に合わず、ついつい早口になると伝わらない。

昨日の二の舞はごめんだ。


「よ、し、か、つ、た、の、み、が、あ、る」(良勝頼みがある)

「何でしょうか?」

「ふ、く、を、よ、ん、で、き、て、ほ、し、い。ふ、く、が、い、な、い、と、ま、に、あ、わ、な、い」(福を呼んできてほしい。福がいないと間に合わない)

「福殿ですか? ですが、すでに他家に嫁がれておられますが」

「お、れ、の、く、び、が、か、か、つ、て、い、る、と、ゆ、た、え、よ」(俺の首がかかっていると伝えよ)

「そうでございました。今は体裁に拘っている場合ではありませんでした」


良勝は頭を下げると、さっと立ち上がって部屋を出ていった。

俺も朝食をとると広間に戻って、昨日の続きだ。

決めなければならないこと。

人の配置、食事、寝床など、先に済ませておくことが山程あった。

今すぐにでも設計にかかりたいのにかかれない。

養父の忠良に城を任せ、義理兄上の忠貞に現場の指揮を任せる。

中根と八事の住民も可能な限り動員する。

動員するが、寝泊まりする場所がないので、その多くは日帰りだ。


「周辺の寺に場所を貸していただきましょう」

「て、ふぁ、い、を、た、の、む」(手配を頼む)

「魯坊丸。整地は一気に人海戦術で終わらせるのだな」

「ふぁい。あ、に、う、え、に、お、ま、か、せ、し、ま、す」(はい、義理兄上(あにうえ)にお任せします)


敷石はなしだ。

整地した上に板で囲んでローマンコンクリートを流し込んで一気に敷地と土台を確保する。

但し、その前に材料を置く小屋を先に作る必要がある。

運ぶ人夫や馬の確保もいる。

誰に任せるかなどを相談した。

休む暇もなく、次から次へと質問が飛び込んできて、その度に協議が中断する。

そして、昼過ぎに今日二度目のブラックアウトとなった。

これを続けるのはヤバい気がする。


「魯坊丸様。大丈夫でございますか」

「ふ、く、か」(福か)

「はい。福、お呼びにより参上しました」

「す、ま、ん」(済まん)

「魯坊丸様の為なら、この身がどうなろうと構いません。お気になさらずとも結構です」


福が久し振りに匙を掬って食事を食べさせてくれた。

美味しい。

気持ちは焦るが、福がゆっくり噛んで食べろと五月蠅い。

こんな事態でも、俺の体を気に掛けていた。

お湯に漬けた布を絞って体を拭き、真新しい服に着替えてから広間に戻った。

福はいつもペースだ。

だが、ここからが違う。

俺のマシンガントークが発動する。


「ひょくひけ。ひゅみんのひゅどうだが、きゃいどうのわぃにだいぼぉき。にゅかくのむにゃぶぃとにめしぼぉようひしゃせる。あるきにゃがらたべぇてもらふ。びぃがえりのしゃぎょうじぎゃんばぁ、ばぁんぶぅんどがんがえよ」(よく聞け。住民の移動だが、街道の脇に台を置き、近くの村人に握り飯を用意してもらって、歩きながら食べてもらう。日帰りの作業時間は半分と考えよ)

「魯坊丸様はこう言われました。住民は徒歩で移動してもらうそうです。街道の所々に握り飯を置く台を設置して、近くの村人に作ってもらって下さい。食べながら歩いて頂いて、時間を短縮したそうです。それでも日帰りの方の作業時間は半分と考えて予定を立てて下さい」

「おぉ、なるほど」


福の翻訳に質問者が納得の声を上げた。

だが、俺は福の翻訳を待たずに、次の質問や問題に取りかかってしゃべりはじめる。

福は翻訳をしながら、もう一つの目と耳で俺の言葉を拾ってゆくと、続けて翻訳を皆に伝える。

これが福の同時通訳だ。

廊下から突然にやってくる指示待ちにも、協議をほとんど中断することなく、咄嗟に返答を返すので協議を中断することもなくなった。

福はマジで便利だ。

ゆっくりとしゃべる必要がなくなり、伝わらない言葉を反復する回数が減り、簡単な説明も福が付けてくれるので、質問回数そのものが減った。

単純に時間が三分の一に短縮できた。 

間に合うぞ、間に合わせるぞ。

福は凄いんだ。

数学、物理、自然科学はすべて熱田明神様の神通力で片付けて覚える気がないが、こと聞き取る能力に関しては神掛かっているのだ。

来てくれてありがとう。

俺の天使だ。


魯坊丸日記 第五十六話 「熱田総動員を発令する」の裏舞台


福ちゃんがカンバックです。

最後のご奉公です。

福ちゃんがどれだけ凄い女の子だったかを描いてみました。


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