五十四夜 魯坊丸、熱田連合を唆す
〔天文十七年 (一五四八年)春正月〕
中根南城にきた加藤家が大広間で口論となり、中根家を置いてけぼりにしてずっと続いた。
俺はお昼寝の時間なので中座し、半刻 (一時間)ほど寝た。
この体は程良く疲れていると寝付きがいいのがよい。
少し寝るだけで熟睡できて疲れも見事に取れており、灰色の脳がフル活動できる状態に換装され、次から次へとアイデアが浮かんでくる。
会議の途中に休憩を入れて、仮眠を取るのもありじゃないか?
まぁ、実際はせっかちな奴がいるから、その案は不可能なんだけど、割と効率がいい気がする。
さて、大広間に戻ると口論が続いていた。
ぐるぐると巡る不毛なオウム返しの対立ではなく、互いに妥協点を探そうとしているので、加藤家の者は優秀な者が多いことがわかった。
加藤家の者は熱田水軍に係わる武将が多い。
その為か、一定数の武将が勘三郎に賛同しており、当主である図書助であったも単純に駄目だと一喝できないようだった。
どの予算ラインで収束するかに議論が移っていた。
「魯坊丸様。これぐらいの予算があれば、何とかなりませんか?」
「勘三郎叔父上。まだ決まっておりません」
「図書助、諄い」
「諄いと言われようが納得できません。熱田と平針の予算の半分をすべて投じようなどとは正気を疑います。戦支度もできなくなりますぞ」
「船が完成すれば、帳尻など合わせてみせるわ」
勘三郎の計算は間違っていないが、大切なことを忘れている。
俺は船舶の設計士ではないし、船大工でもない。
基本構造と基礎理論は覚えているが、具体的な応力計算などできない。
況して、ヨットを買って太平洋を横断した経験もなく、そもそもヨットも持っていなかった。
何が言いたいかと言えば、工具を造る技師、船を造る船大工、船を操る船乗りから育てないといけないのだ。
それに関して、俺ができるのはアドバイス程度だ。
一通り覚えるのに六年、一人前と呼ばれるのに二十年は掛かると言われている。
世界最高の帆船が完成するのには、最低でも二十年後ということだ。
「にぃ、二十年ですか?」
「そ、う、だ。ひ、と、を、そ、だ、て、る、の、に、ふぁ、じ、か、ん、が、か、か、る」(そうだ。人を育てるには時間がかかる)
「勘三郎叔父上。二十年も待てませんぞ」
「と、し、よ、の、す、け。こ、た、え、を、い、そ、ぎ、す、ぎ、る、な」(図書助、答えを急ぎ過ぎるな)
「魯坊丸様。ですが、流石に予算の半分も回せません」
「な、い、な、ら、ば、つ、く、れ、ば、よ、い」(ないならば、作ればよい)
「そんな簡単な話ではありません」
「か、と、う、け、だ、け、で、ふ、た、ん、し、よ、う、と、す、る、か、ら、む、り、な、のだ」(加藤家だけで負担しようとするから無理なのだ)
「加藤家だけでなくと申されても、津島は外海の船を持っておりません」
「あ、つ、た、ふぁ、と、お、あ、さ、な、の、で。ふ、ね、を、つ、く、る、の、に。て、き、し、て、い、な、い。き、つ、す、い、の、ふ、か、い、み、な、と、は、な、い、か」(熱田は遠浅なので、船を造るに適していない。喫水の深い湊はないか)
「きつすいとは?」
「う、み、の、そ、こ、が、ふ、か、い、み、な、と、だ」(海の底深い湊だ)
「大野城付近の荒尾家、いや、船大工の腕がより佐治家の湊の方が…………」
「り、よ、う、け、と、も、ま、き、こ、も、う」(両家とも巻き込もう)
図書助と勘三郎が目を丸くした。
敵対こそしていないが伊勢湾を巡って覇を争っているライバル水軍であり、時として伊勢水軍に対して共闘することもあるが、最重要の機密を共用しようなどと考えたこともなかった。
だが、俺は三家で船を出し合って琉球交易で儲ければ、加藤家の予算を越える利益が出るのではないかと、俺は問うた。
「確かに、三家で銭を出し合えば、簡単に集まりますな」
「そ、れ、に。き、こ、う、ち、か、ら、き、こ、う、ち、に、ゆ、け、る。ち、い、さ、な、ふぁ、ん、せ、ん、な、ら、さ、ん、ね、ん、ふぉ、ど、で、で、き、る、か、も、し、れ、ん」(それに、寄港地から寄港地まで行ける小さな帆船なら三年ほどでできるかもしれん)
「寄港地から寄港地で間違っておりませんか?」
「ま、ち、が、つ、て、い、な、い」(間違ってない)
船乗りらしい武将から「うぉ」という声が上がった。
夜の海を走るのは危険であり、寄港地から寄港地まで移動することが難しいのかを知っており、航海日数の短縮が純粋に利益に跳ね返ってくることを知っているからだ。
織田家が技術を提供し、荒尾と佐治に湊と船大工を提供させる。
できた帆船は、三家で共有して使えばいいのだ。
「魯坊丸様。早速ですが、荒尾と佐治を調略してきます。尽きましては、あの帆船を三隻ほど用意して頂けませんか」
「に、せ、き、で、ふぁ、な、い、の、か」(二隻ではないのか)
「一隻は某の居間に飾っておきたいのです」
「魯坊丸様。某にも一隻お願いましす」
図書助も身を乗り出して、ボトルシップの模型を求めた。
そして、反対派の勘定奉行も手を上げると、加藤家の家来筋のほとんど全員が欲しがっていた。
置いてきぼりなのは新参者である平針の家老衆くらいだった。
調略用の二隻の模型は無償で提供する。
しかし、残りの模型は一隻五貫文 (六十万円)の銭を取ることになった。
毎度あり。
材料はタダ同然、庭師の弟子らにとっても丁度良い練習となる。
俺の為にお小遣いを持ってきてくれるとか。
加藤家、バンザイ。
今日の夕食は特に美味しかった。
魯坊丸日記 第五十四話 「熱田連合を唆す」の裏舞台
福に与えたボトルシップで加藤家が釣れました。
ここから魯坊丸が海運に手を出してゆきますが、造船が思っていた以上に金食い虫で頭を抱えることになるのです。
こうして、魯坊丸は鉄砲、火薬、船の3つに関わることになったのです。
その場にいなくとも、福は魯坊丸に為にいい働きをします。