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四十二夜 魯坊丸、乱取りにおどろく 〔加納口の戦い(二)尾張編〕

〔天文十六年 (一五四七年)九月十日〕

織田軍が美濃に入って六日が過ぎた。

千秋季光や養父から戦況を知らせる手紙が届いた。

牛屋(大垣)城に入城した織田軍は周辺の城主を調略し、それに応じない城を攻めた。

熱田衆は当然、主家の織田大和守家、もう一つ守護家である織田伊勢守家も城攻めに参加したらしい。

重要なことは、土岐頼純派の城主も調略している。

清濁(せいだく)併せ呑むというか、火事場泥棒というか?

頼芸派以外を排除するつもりだ。

親父の目的は西美濃を完全に掌握することらしい。

美濃路を確保できれば、京への道が開かれる。

公方様への献金を積極的にしている親父は近江の六角家とも友好的であり、西美濃を取れば、京まで自由に移動できる。

三好家に対抗したい公方様が、親父に守護代職をあたえよと、斯波(しば)-義統(よしむね)に命じる可能性が高くなる。

名実ともに尾張の国主となれる。

おそらく、そんな思惑があるのだろうと織田軍の動きを見て、定季と話してから就寝した。

日が暮れると、油が勿体ないので早めに寝る。


俺くらいの年の子は夜泣きが多いので、隣の部屋で侍女や女中が控える。

夜通し寝ずの番がいる。

だがしかし、夜中に目が覚めることがあっても、俺は夜泣きをしたことがない。

何人かいた寝ず番も、いつしか女中一人になっていた。

しかも女中は首をコクリコクリと船を漕いでいた。

一度目が覚めると、中々寝付けないのだ。

俺は明日の予定を色々と考えながら睡魔を待った。


労働力を取られたので、作業の進行が遅れ気味だ。

一方、村は冬の作付けを続けている。

出陣までに畑などを耕し直していたが、すべてを終えることはできなかった。

兵が戻ってきたら、いよいよ溜め池の掘削にかかる。

それまでに城周辺で畑にできる場所の畑化を終わらせておきたい。

少しウトウトとしたところに、バタバタと大きな足音を立てて廊下を走る音に眠気が飛んだ。

何があったか?

その後も廊下で足音が響いた。

少しすると障子が開いて福が入ってきた。


「失礼します」

「き、に、す、る、な。め、ばぁ、は、さ、め、て、い、る」(気にするな。目は覚めている)

「足音で目を覚まされましたか。もう少し静かに走るように言っておきます」

「き、に、す、る、な、と、い、つ、て、い、る」(気にするなと言っている)

「畏まりました」


福は用件を話すと、俺はすぐに着替えさせてもらった。

隣の八事の村に野盗が出たらしい。

義理兄上(あにうえ)忠貞(たださだ)は二十人の兵を率いて八事に援軍として出た。

今回の戦では、どの村も兵を多く出すことを強要された。

どの村も警護が手薄になっていた。

幸い、中根家は河原者らが率先して参戦してくれたので、守備兵を割く必要はなかった。

故に、井戸田、田子、八事への援軍を約束していたのだ。

八事の領主名代よりの援軍要請に、忠貞は後を俺に託して出陣したらしい。

そういう訳で福は俺を起こしきた。

まぁ、長根村や中根村が襲われている訳でもないので、ゆっくりと評定所へ向かった。

評定所では、定季が俺に代わって情報をまとめてくれていた。


「忠貞様は魯坊丸様を信頼し過ぎですな」

「な、に、か、も、ん、だ、い、か?」(何か問題か?)

「いいえ。本来なら城代に託して出陣するところです。魯坊丸様を指名されては、我々で処理できなくなります」

「か、ま、わ、ん。ね、む、く、な、れ、ばぁ、そ、の、ばぁ、で、ね。る」(構わん。眠くなれば、その場で寝る)


福が「毛布を持参しております」と定季に見せた。

定季はふっと笑うと、状況を説明してくれた。

村の男衆は三班に分かれていた。

そして、三日に一度は夜番が回ってくる。

男衆とは、自警団とでも思えばいいだろう。

戦になると、その内の力自慢ら一班が参陣し、運が良ければ一攫千金を当てて帰ってくる。

村一番の稼ぎ頭だ。

その間、残る二班で村を守る。


村人の朝は早く、日も上がらぬ寅の刻 (午前三時)頃に起き出し、食事の準備などの作業をすると朝食をとる。

一日、三合から五合の麦飯や稗や粟を食する。

米は贅沢らしい。

年貢に出さない米は売って必要なものを買うので、農民が米を食べるのは戦に行ったときか、祭りなどの祝いごとのみだという。

祭りごとが多いのは、不満を爆発させない為だ。

例外として、米は『どぶろく』という白酒になる。

戦に参陣すると、十合の白飯を腹一杯食えるから、その為に参陣する者もいるとか。

運良く勝てば、『乱妨取(らんぼうと)り』という略奪が許される。

城や町、村を襲って、金銀財宝を奪い、男・女・子供などを攫って売る。


「あははは、攫った娘を嫁にした者もおりましたぞ」


定季が自慢話のように笑いながら昔話を語ってくれた。

えっ、そこ笑うとこ?

完全に強盗・略奪・拉致ですよ。

こういうところ、これが感覚的についてゆけない。

兎も角、残る二班の自警団で村を守る。


村のサイクルは、未の刻 (午後二時)か、申の刻 (三時)頃に夕食を食べる。

そのあとは日が暮れるまで、某かの作業を行い、戌の刻 (午後九時)頃までに床につく。

冬場は日の入りが早く、暗くなるので就寝も早い。


眠る村を自警団の一班が寝ずの番で村の周囲を回って警戒する。

野盗や強盗の類いはいつでるかわからないからだ。

皆が起き出す頃から仮眠を取ると、いつも日常に戻る。

自分の村は自分で守るのが基本だ。

しかし、野盗の規模が大きいときは領主に救援を求める。

ここで救援できない領主は、頼りなしと見放される。

領主は領主で城主を頼る。

城主が頼りないと思われれば、隣の城主に鞍替えもあり得る。

そんなことになれば、親父が養父の首を飛ばし、他の者を据える。

そうならない為に、忠貞が急いで援軍に出たのだ。

次々と訪ねてくる者らに定季が解答し、時折、頷くだけだった。

おおよそ一巡したところで定季が気を利かせてくれた。


「以上の手配でよろしいでしょうか」

「そ、れ、で、た、の、む」(それで頼む)

「魯坊丸様も急に起こされてお疲れでしょう。朝まで少し猶予がございます。自室に戻られてお休み下さい。何かあれば、呼びにゆかせます」

「で、は、た、の、む」


結局、俺は「よきに計らえ」という以上のことはしなかった。

これなら城代でもできる。

まだ状況も情報もないので、俺にはどうしようもできない。

すでに皆が起き出す時間だが、俺は日の出前に起床するので、まだ3時間ほど眠る時間があった。

肝心なときに体力が尽きて、寝られても困るという配慮だろうな。

余り眠くない。

しかし、俺は目を閉じてじっとすることにした。

野盗か、困った連中だ。

野盗を捕まえる手はないか?

ゴロゴロ、ゴロゴロ、ゴロゴロ、俺の手持ちの戦力は…………?

考えがまとまらない。

駄目だ、眠れん。

魯坊丸日記 第四十二話 「加納口の戦い(二)」の裏舞台


加納口の戦いは九月三日に出陣しましたが、その後、退却する二十二日までの資料が余り残っておりません。

土岐頼芸を支援する織田信秀の拠点である牛屋(大垣)城が西美濃にあったので、ここを中心に勢力を伸ばしたのではないでしょうか?

一方、土岐頼純は大桑城を拠点としており、稲葉山(岐阜)城の北側に位置します。

土岐頼純の後ろ盾である朝倉軍は、一先ず大桑城を目指したでしょう。

天文十三年の戦いでは、国境で防衛した斎藤利政(道三)も、今回は大桑城を越えて防衛することができません。

利政(道三)の苦難が読み取れます。

国を三つに割った戦いですが、頼芸と頼純の仲が悪かったことだけが、利政(道三)の勝機だったのでしょう。

さて、利政(道三)は天文13年に水野信元に多くの手紙を送っていたようです。

差出人:斉藤左近大夫利政(斎藤道三)、長井久兵衛秀元(斎藤道三)

宛先:安心軒、瓦礫軒 (水野信元)

内容は、不和になっている松平広忠との仲介です。

ここから利政(道三)が松平広忠とも連絡を入れていたことがわかります。

対して、織田信秀も戦後に水野十郎左衛門尉(水野信元)への手紙を林新五郎(林通勝)に託して送っています。

内容は、戦で被害がなかったこと、おそらく今川などへの警戒でしょうか?

ここから読み取れるのは、水野家が美濃の戦いに参戦していなかったことのみです。

水野家は対等の同盟国だったことが窺えます。

水野家は斉藤家、今川家とも連絡を取り続けた事実は乗っています。

しかし。天文十六年も同様のやりとりがあったと思われますが、残念ながら資料を見たことがありません。

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[一言] 500人が以前出迎えていましたよね? 人口の3%が動員力(農繁期ではない時期に短期間だけ動員できる限界)として15人も動員できる大きな村。 以前傷薬作った時にだったか、従軍に従事したのが1…
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