三十八夜 魯坊丸、夏に白い雪をみる
〔天文十六年 (一五四七年)六月四日〕
先月の中旬から完全な梅雨となった。
数日晴れたと思うと、また雨が降り始め、どんよりと曇った日と交互に雨が降った。
月末が近づく頃に雲一つ無い五月晴れとなり、大雨が降るとずっとへばりついていていた湿気が吹っ飛び、少し涼しい北風が吹いていた。
いつものように体をゆすられて目を覚ます。
雨戸が外されて、障子が開かれると東の空がほんのりと明るい。
日の出前の起床だ。
着替えが終わると、朝の稽古がはじまる。
守り役が木刀を持って現れるが、俺は体くねくねと動かしてあんよが上手の練習だ。
少し歩くと足が疲れるのか、ポコンと尻持ちをつく。
休憩を挟みながら何度も何度も歩くだけだ。
それから教師役の岡本-定季がやってきて、手紙など書き方を教えてくれる。
筆をぐっとにぎって習字の練習だ。
まだ指先で摘まむように握れないのでぐうで握る。
文字を書くのは超難しい。
俺と同じくらいの子はじっと座ることもできないので、座らせる練習からはじめるそうだ。
他の子と比べると一年くらいは早熟らしい。
嫌々、まだ一人でうんちとおしっこができない俺に何を期待する。
おむつに垂れ流しだぞ。
食事が重湯から雑炊に変わった。
魚と煮物の二品が出され、味噌汁やあさり汁という一汁も加わった。
相変わらず、福が俺に食べさせてくれている。
匙を使うくらいはもう自分でできるのだが…………一度止めるともう戻せないので福が嫌がるのだ。
だから、筆と同じ別に箸をもつ練習はやっている。
朝食が終わると朝寝だ。
この体はすぐに疲れるので腹が膨れると眠くなる。
目が覚めると母上が待っている。
次は本の読みだ。
お腹が出てきたので、母上は膝に乗せるのを止めた。
でも、背中から抱き付いてべったりだ。
福は俺に朝食を食べ終わらせると、城の周辺、夜寒の湊、東八幡社の河原者の住居を回る。
母上との勉強を終える頃に弟の武蔵と一緒に戻ってくる。
俺は報告を聞くと、どこに視察にゆくかを決める。
山に入るとかなら護衛が数を増やすことになるので、事前に予定を決めておく必要があるが、周辺の視察ならもう日課となっている。
但し、雨が降るとお休みだ。
だから、意外と視察に行けていない。
庭師がニワトリ小屋を完成させて、ニワトリを飼い始めた。
しばらくは数を増やすことになる。
城の周辺に作業小屋もいくつか建ちはじめ、うどんや水飴などの製造もはじまった。
これらを熱田の町に卸して銭を稼ぐ。
薬草小屋はいくつもの過程があるので、すべて完成していない。
最後の調合も城の中でやっている。
秘匿性が大切だし、色々な設備も整える必要もある。
河原者の数もぽつりぽつりと増え続けている。
木材の材料が大量に残されているので庭師の指導をさせて、自分らで小屋を増築させることにした。
今はまだ余裕があるが、このまま増え続けると足りなくなるからだ。
新しくきた者は、山へ芝刈りに行かせることにした。
山に詳しい者を中心に、芝刈り、薬草採り、古木探し、茸狩りが一緒に入る。
加えて、護衛の槍を扱える者が1名、抱っこ紐(吊り紐)を使った投石ができる者が3名を付ける。
手伝いで一緒に入る子供らが、抱っこ紐で投石の練習が日課になっているらしい。
戦力が増えることは良い事だ。
山には、熊や狼などの危険な奴が多い。
遭遇しないように腰に竹の鳴子を付けさせているが気休めだ。
一方、女達も山の麓で葛の根掘りだ。
鎌を使って枝や葉を排除すると、地面を掘り返しての重労働だったりする。
採ってきた薬草は乾燥させ、葛の根は洗って煮詰めてゆく。
少しずつ分業がされてきたらしい。
そう言えば、河原者らは魚の他に肉が手に入るようになってきた。
竹細工で作った弁当箱トラップで猪や鹿を捕まえてくるようになったからだ。
弓や槍、落とし穴のような大掛かりな罠で捕まえる者はいたが、竹細工で猪を捕まえた者はいないらしい。
仕掛けは簡単だ。
トラバサミという狩猟に使う罠を単純化した。
トラバサミは獲物が板を踏むとトリガーが外れて、トラバサミと呼ばれる鉄の歯が獲物の足を挟み込み、一度掴むと強力なバネで外れない。
俺はバネの代わりに竹の弾力を使い、トリガーの代わりに竹の弁当箱を作らせた。
弁当箱を踏むと、両端の竹籤が獲物の足を挟む。
デコピンされたくらいの衝撃を与える。
だが、竹籤は鉄のように強力ではないので、そこで一工夫を加える。
竹籤が足を挟んだ瞬間に縄が、竹籤を伝ってスルスルと上がってゆくと獲物の足を締め付ける。
逃げようと暴れると、縄がさらに締まってゆく。
忍者などが落とし穴と併用して、足を絡め取る罠の応用だ。
縄のもう一方を木などに結んでおく。
縄を引き千切る凶暴な奴とか、縄を噛みちぎる知恵のある奴には通じない。
だが、大抵の獲物は暴れるだけで逃げることができなくなる。
そこで投石を当てて弱らせ、槍でトドメを刺す。
罠の材料は、竹と縄なので安価だ。
いくらでも作ることができる。
本当に捕まえた時は、福に連れていってもらった。
「ぶぅぐ。え、も、の、の、と、こ、へ」(福。獲物の所へ)
「畏まりました」
「に、く、の、く、さ、み、を、べぇ、ら、す、ぼぉ、う、ぼぉ、う、を、お、し、え、る」(肉の臭みを減らす方法を教える)
「そんな方法があるのですか?」
「あ、る」
「流石、魯坊丸様です」
狩った獲物から血抜きをして、水に付けるだけの基本的な知恵を教えただけだ。
近くに湧き水があれば、尚良し。
毛皮は取っておいて、冬の服か、毛布にするようにいうと涙を流して感動された。
何故?
彼らの布団なんて用意できないから、自分らで用意させると言っただけだぞ。
感動した河原者らがたくさんの茸をとってきたので、城では茸鍋を催した。
養父が感動していた。
「魯坊丸様。今日の茸汁が美味うございます」
「ち、ち、う、え。か、わ、ばぁ、ら、も、の、を、ぼぉ、め、て、く、だ、さ、い」(義理父上。河原者を褒めてください)
「忠良様。魯坊丸様の命令で茸を集めさせました。その中に茸に詳しい者がおり、たくさんの茸を取ることができたそうです」
「おぉ、そうか。では、その者に褒めてつかわすと言っておけ」
「畏まりました」
福は雑炊を運ぶ手を止めて、養父に頭を下げた。
茸の中には、椎茸もたくさん混ざっていたので、集めた大量の古木に小刀で傷をつけて植えさせた。
大量の椎茸をすべて植えさせたのが、母上にバレて叱られたことを覚えている。
栽培できると言ったが信じてもらえなかった。
河原者らは信じてくれたのに…………何故だ?
「魯坊丸様。体が冷えます。これを羽織ってください」
「わ、か、つ、た」
「今朝から肌寒く感じます」
「そ、う、か?」
朝は日の出の日差しがさしていたが、母上との読み練習を終える頃にはどんよりと空が灰色に覆いつくされていた。
寒いというほどではないが、蒸し暑さがまったくなかった。
湿っていないということは雨が降らないと思いたいのだが、念の為に今日の視察は城の周辺にすることにした。
武蔵が俺を抱きかかえると、福を先頭に歩きはじめる。
護衛が斜め前と後ろを守る。
曲輪の一部が完成し、城の東側にできた畑に薬草の栽培もはじまった。
一気に進めたいが、収入とのバランスを考えると、このペースで進めるしかない。
慌てない。慌てない。
そう考えていると、目の前に白いものが通り過ぎた。
見上げると、雪が降っていた?
頬に落ちた雪が冷たくない。
福が俺の頬を拭くと、手ぬぐいがわずかに汚れた。
灰か⁉
その灰はすぐに止んだが、灰が空から落ちてきたことに俺は不安が過った。
どこから飛んできたのだ?
地面に覆いつくすほどの灰が降れば、稲作は全滅だぞ。
魯坊丸日記 第三十八話 「夏に白い雪をみる」の裏舞台
本編で椎茸を大量に持っていた言い訳に設定です。
時系列に書き込むと簡単ですが、いざ話にすると無茶苦茶ですね。
反省、反省。
越前、加賀、飛騨に掛かる有名な白山の噴火です。
越前の朝倉は隣の加賀で飢えた一向一揆を抱え、ここから忙しくなります。
朝倉宗滴が早々に引き上げた理由の一つが、美濃にかまっている余裕がないと判断したのではないでしょうか?
夏場の噴火ですので、被害は加賀がもっと大きく、継いで越中、飛騨、越前の順ではないかと推測しております。
小説内では、6月3日は低気圧の通過した後で、北風が吹き込んで涼しくなったことにしております。(新潟の上空に低気圧の中心があるイメージです)
奥美濃から木曽、西信濃に被害が出たことにしております。(尾張や三河でもぱらぱらっと灰が降ったことにしていますが、そんな記禄はございません)
火山灰は、稲作は0.5mmの降灰がある範囲で1年間収穫が出来なくなります。
◆白山の噴火
天文16年5月末に白山が噴火している。
記禄が見ると、6月3日に大きな噴火があったと思われる。
しかし、日記や記禄の量を比較すると、天文23年の噴火より被害は小さいと推測される。
1547年(天文16年)5月末~9月 白山が噴火し、周囲に大きな被害を齎した。(火砕物降下。白川郷穀物不作)『白山日記』
1547年(天文16年)6月3日 加賀白山より爆発『年代略記』、『続史愚抄』