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三十夜 魯坊丸、河原者がやってきた

〔天文十六年 (一五四七年)初夏四月下旬〕

四月を卯月と呼ぶが、他にも色々な呼び方がある。

初夏を表す『夏初月(なつはづき)』とも、『新夏(しんか)』、『早夏(そうか)』、『首夏(しゅか)』も四月の異名としてある。

この二、三日前から気温が上がり、『孟夏(もうか)』の異名に相応しい暑さとなっていた。

マジで暑い。

この暑さが続くなら、俺は夏を越えられないような気がする。

クーラーが欲しい。

それが無理なことはわかっている。わかっているが思わずにいられない。

気持ちだけ涼しくなろうと台所に向かった。

台所の貴重な食材を置く部屋の鍵を開けて硝石箱を取り出させた。

冷凍庫にある氷を凍らせる皿である製氷皿を模した鉄の皿に水を入れ、硝石の箱に静か置いて、その硝石に水を注ぐと製氷皿の水を凍らせることができる。

硝石箱の上に置いた水が見る見る内に凍っていった。

俺はその氷を湯飲みに入れて、氷入り水を飲んで涼み出した。

妙に台所が静かになった。


「魯坊丸様。何故、氷ができるのですか?」

「ご、お、り、を、づ、ぐ、る、だ、べ、の、も、と、い、つ、て、い、だ、で、ばぁ、な、い、か」(氷を作る為の物と言っていたではないか)

「しかし、今は夏でございます。冬ではございません」

「ぶぅ、ゆ、に、ご、お、り、をづ、ぐ、つ、て、ど、う、す、る」(冬に氷を作ってどうする)


福や賄い方の者らは製氷皿が氷を作るものと理解していたが、硝石で氷ができることが理解できていなかった。

福には基本的なことを教えた筈だったが、わかっていなかった。

吸熱反応って、どうやって教えるんだったけ?

少し悩んだが思いつかない。

台所にいた者がすべて氷をみて釘付けとなっていた。

誰かが『神通力』と叫ぶ。

おぉぉぉと声が上がり、皆が一斉に納得したような顔に変わった。

この硝石には俺の神通力が籠もっており、水を注ぐと力が解放されて水が凍るとか。

SFだ。

福と同じ簡単な科学の話をしたが、誰も理解しようとしない。

もういいや。

使い方だけを教えておく。

常に風通しのよい日陰で硝石を乾かしてもらわないと使えないから、影干しを念入りにだ。


俺が台所の裏戸近くで涼んでいると、義理の兄である忠貞の従者が息を切らして入ってきた。

俺を見つけて、ぱっと明るい顔をした。

だが、喋ろうとすると息ができないのか、言葉が続かない。

落ち着け。

俺は氷を取られ、氷の入った水を出させると、その冷たさに何もかも忘れたような顔になった。

涼しい~~~~~って、気持ちよさそうな顔から「涼しい~~~って、言っている場合か」と思い出したように、正気に戻って用件を言った。


「魯坊丸様、直ちに正門前にお越しください。忠貞様が困っておられます」

「あ、に、う、え、が?」(義理兄上(あにうえ)が?)

「河原者が押し寄せてきて、魯坊丸様に会わせろと言っております」


河原者と聞いてすぐにピーンときた。

俺が城の東側を開拓する為に頼んでいた人手の件だ。

だが、慌てる必要がどこにある。

三河と美濃が騒がしくなり、戦が近いのか、今朝から養父は親父の信秀に呼び出されて古渡城に呼び出されて行っていた。

留守の城は城代と忠貞が仕切っており、忠貞が対応したのだろう。

福が俺を抱き上げると屋敷を出た。

正門の方に歩いてゆくと兵士が殺気立っているのがわかった。

門に大勢の人影が見えて、忠貞が慌てている意味を察した。

河原者が百人近くもいたからだ。

城の兵は三十人程度であり、しかもその半数が夜寒村の護岸工事に借り出され、残る兵で城を守っていた。


「魯坊丸様。この数を城に入れるのは危険過ぎます。どう致しましょう」

「あ、に、う、え。よ、さ、む、の、で、づ、だ、い、に」(義理兄上、夜寒の手伝いに)

「忠貞様。魯坊丸様は夜寒の手伝いに使えとおっしゃっておられます。人手は多い方が宜しいと思われます」

「なるほど、承知した」


忠貞が「働ける者は夜寒で手伝いをしろ」と命じる。

城から引き離すことを最優先に考えたようだ。

俺は働いた者に食事を与えると付け加えさせた。

忠貞は城を城代に任せて、力仕事ができそうなやつらを夜寒に連れていった。

残った年老いた者や子供らには田んぼの近くに移動してもらう。

福らが集めた事情を集めて納得した。

どうも三河の方が騒がしい。

年始めに信長兄上の初陣もあったが、織田方と今川方の小競り合いが続き、田畑を失った者が流民となって熱田に流れてきていた。

福の話では、村人は余所者に厳しく、簡単に村に入れて貰えない。

勝手に田を耕すこともできない。

天白川の河原で河原者となって川魚や木の実などを食べて繋いできたが、熱田明神の生まれて変わりである俺が救いの手を出したと聞いて押し寄せてきたようだ。

こんなに集めるつもりはなかった。


「そろそろ田植えが終わりますので、魯坊丸様の従者になる者と一緒に河原者らを連れて行かせる為に話を持っていったのではないでしょうか」

「ず、い、ぶ、ん、あ、づ、ま、つ、た、な」(ずいぶんと集まったな)

「魯坊丸様が河原者をお探しになっていると聞いたと言っております。内容を確かめもせず、我先に急いできたそうです」


救ってもらえると勘違いした亡者か?

働ける者は六十人程度であり、女、子供、老人もいる。

溜め息しかでない。

かと言って、追い返す訳にもいかん。

俺はそこまで冷たくもない。

だが、城に入れるには数が多すぎて城代が嫌がった。

そこで福が城代に代案を出した。


「城代様。東八幡社に預かっていただくのがどうでしょうか?」

「おぉ、それは名案だ」

「じ、い、じゃ、が、い、や、が、ら、ぬ、が」(神社が嫌がらぬか)

「魯坊丸様は、何と言われた」

「東八幡社が嫌がらぬかと」

「魯坊丸様、それは大丈夫でございます。造営において殿が多額の献金を致しました。こちらの願いを嫌とは申せません」

「で、ばぁ、そ、の、よ、う、に、て、ばぁ、い、を」(では、そのように手配を)


城代がすぐに東八幡社に使者を送らせた。

東八幡社は中根中城の東にある神社であり、ここから遠くない。

俺の田んぼや夜寒に通うのにも支障はない。

だが、余り汚いと神社も嫌がるだろうと思ったので、米ぬか袋を配って水路で体を洗うように命じてさせておいた。

少しだけ開拓してみようと考えていたが、この人数を食わすとなると本格的に開拓しなければならないのではないかと、少し考えを改めた。

さて、これからどうする?

魯坊丸日記 第三十話 「河原者がやってきた」の裏舞台


まだまだ熱田明神の噂は熱田の上層部と長根村周辺に留まっています。

精々、天白川の河原者しか届かない噂です。

藁に縋るつもりで押しかけてきました。


一方、周辺の領主らは冷ややかです。

熱田神宮は織田弾正忠家を支援することで大きな利益を得ています。

例えば、笠寺観音は熱田神宮と同時期にできた由緒正しい神社ですが、熱田神宮の座主が笠寺観音の別当を兼ねることを信秀が許したとあります。

星崎・寺部城主であり、山口本家の盛重に対して信秀は冷遇していたとようです。

笠寺観音が熱田神宮より下にみられたと反発していたのかもしれません。

いずれにしろ、その不満から寺部城の山口重俊が天文17年(1548年)に謀反を起こし、松本砦で討死します。

その後、寺部城、星崎城も陥落したことで、分家であった山口教継がのし上がります。

山口教継が図って、信秀を利用して笠寺を掌握したのかもしれません。


本題に話を戻しますと、熱田の大宮司である千秋季光が織田家を持ち上げるのも、信秀の熱狂している訳ではなく、見返りが大きかったからです。

千秋季光がどんなに魯坊丸を持ち上げようとも、周辺の領主らはすべて嘘・大げさ・紛らわしい情報としか見なかった訳です。

魯坊丸が熱田明神。

そんな訳ない。

千秋季光の嘘だ。ねつ造だ。気に掛ける必要もない。

その程度にしか思われていなかったのです。


そんな感じの設定で物語は進んでゆきます。


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