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二十六夜 魯坊丸、田植えをしよう

〔天文十六年 (一五四七年)初夏四月はじめ〕

新緑がひときわ目立ち、どこからともなく花の匂いが漂ってくる。

卯の花が咲く時期だから卯月(うづき)という。

城をでると、どこからか花の香りが漂ってきた。

卯月となってから三日続けて晴れが続き、今日の予定通りに田植えを行う。

長根村から分けてもらった苗を持った二十五人の兵士が集った。

兵と言っても、元農民が多い。

農作業はお手のものだ。

そんな中にも、ちょっとぎこちないのが従者であり、畑違いの作業に戸惑う。

ちらほらと武士も参加していた。

その筆頭が、北城の城主の村上小善だ。


「魯坊丸様。おはようございます」

「き、よ、う、ばぁ、よ、ろ、じ、ぐ、だ、の、ぶぅ」(今日は宜しく頼む)

「小善様。魯坊丸様が宜しく頼むとのことです」

「お任せ下さい。魯坊丸様、気の抜けた奴はぶん殴ってやります。そして、福も達者で何よりだ」

「魯坊丸様には、よくしてもらっております」

「魯坊丸様。ありがとうございます」


小善は福の母方の親戚であり、再従兄妹(はとこ)になるらしい。

俺に会える機会を逃すものかと、小善は可能な限り参加してくれているらしい。

何故か、巡り合わせが悪かった。

中根南城に勤める村上一族の者は俺に会う機会がいくらでもあるが、北城や中城の者は中々に会えない。

田を耕している所を視察に行った途端に、武士の参加が増えた。

その筆頭が小善だった。

さぁ、田植えだ。


「紐を張れ」


田んぼの両端に板を置き、そこに結び目を付けた紐を張り、一列に並んだ兵士がそのつなぎ目に沿って苗を植える『正条植え』を始めた。

これを他の村で始めるにはまだまだ時間が掛かる。

まず、水の確保が必要であり、大根池の水では不十分なのだ。

この小さな田んぼなら川から水路を引くだけで作ることができたが、すべての田んぼに水を張れる量をどう確保するかが問題だった。

だが、収穫量を増やす為に避けて通れない。

兵らが不慣れな手つきで苗を植える。

だが、膝の辺りまで埋もれる者がいないように、掘り返しが不十分だ。

見た目は水田になっているが、土地を平らにして山の土を盛っているに過ぎない。

そして、水が張れるように周囲に壁を作った。

使用した山の土は二種類だ。

1つは山の土をそのまま入れ、もう1つは土と一緒に木々を燃やして雑菌を殺し、燃えかすの灰で土をアルカリ度にしておく。

乾田と水田の土は燃やした方の土を使った。

長根村で処理していない山の土を使って、正条植え擬きの収穫を比較すれば、炭や灰を投入することで石灰を節約できるかもしれない。

農業は専門外なので実験することが多い。

今年は稲と稲の最適な間隔を見つけることにした。

三つの田んぼで、10cm、20cm、30cm間隔別で植えてみる。

収穫に差がないなら、水田が引けるまでは10cm間隔で植えさせればいい。

水田が完成した後は、除草機の幅を確保する為に20cmか、30cmに変更するのだ。

幅が20cmより、30cmあった方が作り易い。

すべて収穫量を比較してからだ。

福に抱かれながら周囲をぐるりと見渡す。


「ぶぅぐ、ばぁぶぶばびばばば」(福、この辺りはどうして田畑がないのだ?)

「人手不足です。開拓するのは簡単ではありません」

「ばぶぅ」(そうか)

「次に、水争いです。大根池に流れる川に堰を作り、水路を作ってこちらに流すなど、普通は長根村の長様がお許しになりません。魯坊丸様のお願いなので承知されただけです」

「ばぶ。ばばぶばばぶぶぶ」(確かに、水は死活問題だな)

「その通りでございます」

「ばぁ~ぶ、ばば、ばばがびだあぶぶぶばぁ」(そうだ~な。だが、俺が頼めば何とかなりそうだな)

「魯坊丸様。何をお考えですか。悪い顔になっています」

「ばぁ~びゅ、じばぶばび、ばぶぶびば、ばばびがびが」(な~に、実験をするには、畑が多い方がよい。土地が余っているなら利用しない手はない)

「兵士に耕せるおつもりですか?」

「だだだぁ。ぶぐ、どごばでばぶびでがびぶ」(それは無理だな。福、どこかで安く人を手配できんか」

「人手ですか。そうですね。長根村で人手が足りないときに、河原者に手伝ってもらったことがありました」

「がばばぁらもど?」(河原者?)

「戦などで田畑を失った者が河川敷で獣の皮などを剥いで生業とする者です」


俺の早口は福しか通じない。

俺は普通に話しているつもりなのだが、舌足らずで変な音声になってしまう。

一音ごとに意識すれば、誰でも聞ける程度に話せる。

だが、考え事をしながら話すときはやはり、早口になってしまって福しかわからないようだ。

さて、福の説明だと。

獣の皮を削ぐ仕事は(けが)れる仕事と見下される。

賃金も安い。

それでも食べる為に河原者らはそれらの仕事を引き受ける。

手伝い賃も一日働いて米三合でよいらしい。

雑兵の相場と比べると、日当で米六合、水一升、味噌〇・二合、塩〇・一合の八文相当が支給されるから、米三合は格安だ。

俺のお小遣いは五貫文だ。

色々と使っているので、残りは月々一貫文程度しか残っていない。

しかし、一貫文あれば、一石(1,000合)は買える。

一人六合を食べたとして、百六十人程度の河原者らを雇える。

この後、この田んぼの管理の為に、養父は長根村から五人従者を出させることが決まっている。

俺専用の従者だ。

その従者に河原者を付ければ、城の東側を開拓できるのではないか?


「ぶぅぐ、がばぁらどぼあぶべぼ」(福、河原者を集めてくれ)

「河原者をですか?」

「ばぶぅ~」(そうだ)

「わかりました。母に頼んで手配しておきます」


畑ができたら、野菜や果実の木を植えよう。

薬草も栽培しよう。

椎茸(しいたけ)などに挑戦するのもいいな。

とにかく、必要なものは自分で用意しないといけないから大変な時代だ。

「魯坊丸様。これで宜しいでしょうか」

「ご、ぐ、ろ、う」(ご苦労)

「いつでも呼んで下さいませ。この小善、魯坊丸様の為ならいつでも駆け付けますぞ」


小さな田んぼだ。

半日で田植えが終わった。

しばらく、中根南城の兵士が管理する。

だが、来月には田植えも終わり、長根村から俺の従者が派遣されてくる。

今日の田植えは小さな一歩だが、秋には大きな一歩となることを祈る。

城に戻って昼寝をした。


魯坊丸日記 第二十五話 「田植えをしよう」の裏舞台


不完全ながらの水田が始ました。

正条植えです。

一つの広さが十畳です。

すべてを合わせても家族が楽しむ家庭菜園程度の広さです。

魯坊丸はそれに満足せず、城の東側で大規模工事の予感をさせる回です。

そして、今回の失敗から金山衆に土木工具を作らせ、工期短縮を目的にローマンコンクリートの使用へと繋がってゆきます。

段々と知識チートが炸裂しますが、すべて自分の為に使っていた平和な時期です。


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