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二十夜 魯坊丸、田植えに文句をいう

〔天文十六年 (一五四七年)春3月中旬〕

昨日の出産騒ぎで帰ってきたが、今日も長根村に行くことにした。

妊婦と赤子が気になったからだ。

出で立ちは昨日と同じ童子(どうじ)に合わせた小さな袖の長い水干(すいかん)姿だ。

昨日は、頭から被風(ひふ)と呼ばれる風に(ひら)く着物のようなモノを被っていたが、今日は顔を隠す為に頭巾を着けた。

被風は帯を締めない子供が付ける。

服の色は成長を願って赤い色なので非常に目立った。

頭巾を被っただけで、身元が全然隠せていないと思うけど、それでいいのか?

福に抱かれてお出掛けだ。

正式に出掛けるのに徒歩は駄目でウマや籠を使う。

でも、神輿はNGだ。

お忍びなら問題ないとか、よく判らん?

因みに、神輿に乗って移動できるのは、将軍である公方様に認められた方か、殿上人に限られる。

それにも例外があり、それが神様だ。

熱田でも夏に神輿渡(しんよと)御神事(ぎょしんじ)と行事があり、神輿を担いで町を巡回する。

千秋季光は熱田明神の生まれ代わりなら問題ないと産まれたばかりの俺を乗せようと考えていたが、氏子衆に反対されたとか…………。

織田家を持ち上げる為なら、ヤル事が徹底しいるおっさんだ。


「今年も言ってくるので、覚悟しておきなさい」


出掛ける前に徒歩でいいのかと聞いて、その話題で母上からそう言われた。

今日は街道脇の田で木の鍬を振って田を耕す農夫が目に入った。

田を耕す者と堆肥を撒く者がいた。

田は水田でなく、畑のように乾いた土の乾田(かんでん)であった。

海の方に目を向けると、水捌けの悪そうな沼っぽいのが湿田(しつでん)だという。

この湿田は大根池の近くに多いらしい。

次に目に入ってきたのが、『福は内、鬼は外』の掛け声と共に撒く豆のように、籾を放り投げている者だった。

あれが種捲きなのか?

余りの雑さに福に尋ねた。


「ぶぐ。あでがざぐづげが?」(福、あれが作付けか?)

「はい。あれが種蒔きでございます」

「やばぢ」(やっぱり)


あれが播種(はしゅ)か?

播種とは種を捲くことであり、温室の中に用意した育成箱に均等に籾を置き、軽く土を被せて芽吹くのを待つ。

俺のイメージでは、温室の中でびっしりとつまった苗代田(なわしろ)の箱が浮かぶ。

この時代は、直接に籾を撒いて育てるらしい。


「だぶべばなびのば」(田植えはないのか?)

「来月には田植えもございます。見にゆきますか?」

「だのぶ」(頼む)

「承知致しました」

「ぞのだぶべのばじょぼびでおぎだい」(その田植えの場所も見ておきたい)

「少し遠回りを致しましょう」


福が言う『田植え』とは、湿地のみで行うらしい。

水捌けが悪い湿地では、籾を撒いても芽を出さないので、乾田で芽吹いた(なえ)を集めて湿田に植える。女らは苗の入った籠を持って腰を落として、泥濘みの湿地に入って苗を1つ1つ植える。

確かに田植えだ。

しかし、俺が一列に並んで植えるのかと聞くと、そんな面倒なことはしていないと福は答えた。

大根池に近い脇道から見える湿田は、真四角な田ではなかった。

歪な池から水を抜いたような泥濘みだった。

整地して、水の出し入れができるようにするだけで収穫量が上がりそうなのに…………勿体ない。

余りの能率の悪さに、頭を抱えたくなるほど気分が悪い。

我慢だ。我慢だ。

ここは俺の土地じゃない。


「魯坊丸様。ご気分が悪いのですか?」

「ばぶ。じょびど、がぶぶぇでぁじぃぶばぁばば」(違う。ちょっとカルチャーショックを受けただけだ)

「狩る敷く…………とは、何ですか?」

「ばずれぼ」(忘れろ)

「はい。わかりました」


村人が総出で順番に田起こし、基肥(きひ)、種捲きの順で行う。苗が育つと丁寧に採って、湿田に植え直す。

基肥とは、種まきや植えつけの前に、田畑にほどこす肥料のことだ。

桶から柄杓で黒っぽいものを田畑に撒いていた。

肥料を与えるとは、判っているではないか。

だが、陸稲なら連作障害(れんさくしょうがい)が考えられる。

同じモノを続けて作付けると、作物が育たない。

だから、乾田として使うなら、冬場に大豆などを植えて、土地を太らせる手段が必要だ。

その辺りも聞いてみたいと思ったが、近付くと香ばしい臭いが漂ってきた。

クサぁ、滅茶苦茶に臭い。


「ぶぐ。あでばなんば?」(福。あれは何だ?)

「肥料でございます」

「びぃ、りぉ、お」(肥料)

「あははは、言ってしまえば、(かわや)に貯めたものを撒いております」


福は尿と脱糞だと、恥ずかしさを笑い隠しながら説明してくれた。

つまり、村の共同で使う厠に溜ったモノを直接撒いているのか。

阿呆か⁉

大腸菌やサルモネラ菌が発生するし、病原菌と寄生虫が死なずに繁殖するかもしれない。

中でも回虫(かいちゅう)鞭虫(べんちゅう)の卵は、土の中で成長して感染できるまでになる。

排便は堆肥として有効だが、使用する前に71度を超える発熱で菌や虫を殺す必要があるのだ。

そんな危ないものが俺の口に入る可能性がある。

自重は止めだ。

荘園で俺の土地じゃないが、そんなのは関係ない。

色々と考えている内に、長の家に着いた。


「魯坊丸様。ありがとうございます。無事に元気な子を産めました」

「き、に、ず、ぶ、な。が、ら、だ、お、じ、ど、え」(気にするな。体をいとえ)

「魯坊丸様は、何も気にすることはない。ただ、体を大事にしろとおっしゃっておられます」

「ありがとうございます」


女は喜んで泣いた。

生まれた子は男の子であり、俺が名付けることになる。

俺の名から『坊丸』としようとしたが、『丸』はかなり身分が高い者が使うものらしく、『助』に変えて『坊助』となった。

そこで福にあれを出させた。


「長様。これは魯坊丸様からでございます」

「これは……銭でございますか」

「手伝いを送ってくれた礼だそうです」

「ありがとうございます。ですが…………」


傭兵の日当は八文らしい。

十人が十日で八百文、それに色をつけて一貫文とした。

タダより高いモノはない。

銭は、大喜爺ぃが炭団と石鹸で儲けた感謝の印として、毎月十貫文の矢銭を中根南城に納めることになり、その半分の五貫文を好きに使ってよいことになった。

その内の一貫文だ。

長は受け取り難そうにしていたので、女と子供に美味いものでも食わせてやれと言って押し付けた。

これを受け取って貰わねば、次の提案がし辛いのだ。


「ぼざよ。ご、ぐ、だ、が、ぼ、あ、げ、だぁ、ぐ、な、い、が」(長よ。石高を上げたくないか)

「魯坊丸様は、米の収穫を増やしたくないかと申されております」

「それはもちろん増やしたく存知上げます」


今、上げたいと言ったな。

安心しろ、間違っても全部を根こそぎ改革しようなって無茶は言わない。

肥やしを撒くの止めて、山の土を撒く。

次に来年に向けて、小高い丘などに堆肥作りの場所を設ける。

そこには肥やしと落ち葉などを一緒に入れ、粉末の石灰を混ぜて発酵させる。

石灰は、漆喰(しっくい)と呼ばれる白い壁に仕上げる材料として簡単に手に入れることができた。

今年の目標は一町だ。

一町とは、一万平方メートル(100m × 100m、野球のグランド程度)だ。

まだ、土起こしも始まっていない所だけでお試しをさせる。

成功すれば、来年はすべての田畑で実施される。

水田とか、農地改革はその後だ。

まずは、実績をみせて自主的に安全な堆肥に替えさせる。

家族の安全を守るぞ。


魯坊丸日記 第二十話 「魯坊丸、田植えに文句をいう」の裏舞台


やっと魯坊丸の本領発揮です。

もうすぐ一歳ですが、0歳の魯坊丸が頑張り過ぎですね。

でも、第二次『加納口の戦い』、同じく第二次『小豆坂の戦い』という史実で詰まっており、この秋には『加納口の戦い』が起ります。

この戦で魯坊丸の運命がねじ曲ります。

ここで頑張らないと、タイムスケジュールが狂ってしまうのです。


小説版では、魯坊丸は童子水干の姿で登場しますが、これはよそ行き姿です。

城の中、神宮、よそ行き、正式な面会と変わったきます。

ですが、イラストをお願いするに当たって、色々なパターンを頼むと混乱しそうになるので、童子水干に統一することにしました。 

ですから、城の中でも魯坊丸は童子水干の姿でいることになったのです。

難しいですね。


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