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六十五夜 魯坊丸、小早川-隆景とメル友になる

 〔天文十八年 (一五四九年)五月〕

安祥城の攻防に出陣した中根家の兵は損失もほとんどなく、養父 (中根忠良)と共に無事に帰ってきた。

熱田衆に余力があると思われた為か?

三河衆の調略の為か?

とにかく、熱田衆が安祥城に留め置かれた。

再び、今川方が攻めてくることもなく、熱田の兵は安祥城の補修作業を手伝っただけだ。

兵糧の補充とか、工事器具を運びいれるとか、予定外の仕事が増え、中根村や八事の工程表を書き直すという面倒な仕事が増えてしまった。

それに加えて、熱田周辺の領主から銭の無心にたくさんやって来た。

熱田民の金利を二文子(年利2割7分)としたのを覚えているだろうか?

俺 (熱田神宮)が認めると、格安で銭を借りられる。

保証人になるので返済計画もばっちりだ。

これは熱田の民のみの適用だったが、平針の加藤家、島田の牧家の家臣らからも要望があり、平針・島田でも使用できる地域を拡大した。

すると、末森所属の領主と親父に手紙を送って頼み込んだ。

一色城の柴田家や猪子石城の横地家、小幡城の岡田家、松巨島の新屋敷家、鳥城の成田家など熱田周辺の家臣らも中根家に銭の無心にくるようになったので鬱陶しかった。

城主の家臣と言っても、小さな領主だ。

俺か、義兄上か、または城代で対応せねばならない。

農地改善とか、色々と条件を付けて、熱田商人から低金利で銭が借りられるようにしてやったよ。

返済計画に納得しないような領主の保証人にはならない。

幸いなことに、荒子城の前田家とか、熱田の北部の領主は、那古野城の信長兄ぃに泣き付いた。

信長兄ぃが無利子で貸してくれるからだ。

帰蝶義姉上の輿入れで溜まった銭を吐き出したが、タダより高いものはないと思うのは俺だけだろうか?

ともかく、皆が無事に帰ってきた。


さて、太原雪斎は三河実相寺の僧を西条城に送り、義安との和睦を画策した。

雪斎は妙心寺三五世を務めた高僧 でもあり、最初に駿河の善得寺に入り、後に京に上り建仁寺や妙心寺で修行した。

善得寺時代の師は琴渓(きんけい)-承舜(しょうしゅん)であり、彼は吉良氏の出身らしく、その縁を頼って、吉良家との和睦を依頼したらしい。

和睦の条件は、織田家への加担を進めた義安の外戚にあたる後藤(ごとう)-平大夫(へいだゆう)の処分であった。

雪斎は義安を『御屋形様』と書いて主家への敬意を払っているが、平大夫は義安の母の父であり、外祖父にあたる。

最有力の御家人を処分したでは、義安の影響力が失われてしまうので飲める条件ではない。

だが、雪斎はその条件を下げるつもりはなく、これだけ誠意を尽くしたという環境を作っている。

対して、親父も三河衆へ調略を進め、水面下の争いに戻った。


堺との交渉に失敗した加藤与三郎らを、半年前に天王寺屋の伝手で博多に向かわせた。

その加藤与三郎らが戻ってきたと報告が入ったので、俺は熱田神宮へ移動した。

千秋邸で顔を合わせたが、皆の顔は自信に満ちていた。


「魯坊丸様、只今戻りました」

「ご苦労であった。して首尾は」

「津田宗及の叔父であられる道叱(どうしつ)様が同行されましたお陰で嶋井(しまい)-茂久(しげひさ)殿、神屋(かみや)-紹策(しょうさく)殿と好を結ぶことができました。織田家との直接取引も問題ございません」

「よくやった」


嶋井-茂久、神屋-紹策?

後に嶋井(しまい)-宗室(そうしつ)神屋(かみや)-宗湛(そうたん)大賀(おおが)-宗九(そうく)の三人を博多の三豪商と呼ばれたと記憶している。

宗室と宗湛の父だろうか?

茂久は先祖が藤原家の出で酒と金貸しの土倉を商っている豪商であった。

紹策は神屋五代目であり、避難していた唐津から博多に戻り、朝鮮と堺を中継して富を溜めている商人らしい。

これで四国と九州に挟まれた豊後水道を通った博多と熱田の交易路が確保された。

与三郎らは汚名返上を為した。


「ただ、大内(おおうち)-義隆(よしたか)様より海上通行の許可を頂けましたが、帰りに厳島に寄ると、陶様と関係が非常に険悪になっているという噂を聞きました」

「うむ。(すえ)-隆房(たかふさ)の謀反が起きるのであろう」

「やはり、そうでございますか」

 

 西国最大の謀反『大寧寺(たいねいじ)(へん)』の勃発だ。

 歴史の教科書では、大内-義隆は尼子の居城まで押して攻めた『月山富田城(がっさんとだじょう)の戦い』で、養嗣子の晴持(はるもち)を失う大敗を喫して戦意を喪失し、以後は領土的野心や政治的関心を失って、酒と和歌などの京文芸に傾いたと書かれていた。 

 師匠の岡本(おかもと)-定季(さだすえ)から、義隆の心証を訪ねられて、そう答えると「何をおっしゃいますか。月山富田城の戦い以降も大内家は領地を拡大しております。公家を迎えることで、兵部卿(ひょうぶきょう)の地位を得て、公方様とほぼ同格の地位を得ております。内政、外政のどちらも文句の付けようもございません」と叱られた。

 だが、起こるのだ。

 陶-隆房が謀反を起こして、大内-義隆を討つ。

 それが何年だったかまでわからないが、不穏な空気が厳島まで流れているのはわかった。


「義隆様と対面したと手紙にあったが、どんな方であった」

「一介の商人を招くほど気さくな方でございました。特に京の情勢を気にされておりました」

「評判はどうであった」

「非常に宜しかったと思われます。放浪された将軍足利(あしかが)-義稙(よしたね)公が、大内家を頼って将軍に返り咲いたように、芳しくない京の情勢に心を痛めておられました。そこで帝様や公方様が大内家を頼ってきたときの為に、お迎えする御殿の建設もはじめられておりました」

「御殿の建設がはじまっていたのか?」

「はい。壮大な御殿を建てるようでした」

 

 与三郎らの話を聞く限り、謀反を起こす意味を感じない。

 何があったのかわからない。

 一先ず、大内家の話を打ち切った。

 与三郎らには、大内、大友、毛利、村上などの豊後水道の安全を確保する為に、親父や信光叔父上の親書を持って勢力を回ってもらった。

 大内家の次は、大友家の話を簡単に確認した。

詳しいことは報告書を読んだ後に再び聞くつもりだ。

与三郎らの後ろに見知らぬ男がいたので、込み入った話ができなかった。


「ご紹介させて頂きます」

「小早川の家臣、末長(すえなが)-又三郎(またさぶろう)殿です」

「毛利家配下、小早川(こばやかわ)-隆景(たかかげ)家臣、末長-又三郎 (磯兼(いそかね)-景道(かげみち))でございます。主より手紙を預かって参りました」

 

 差し出された手紙を千代女が受け取って、俺に渡した。

 礼節に則った手紙であった。

 最後の一文に、「末長-又三郎に伝言を託したので聞いて欲しい。又三郎の伝言は、小早川家、および、毛利家の総意である」と書かれていた。

 一体、何を託したのかと思って聞いてみた。


「毛利家の総意とは、何の話だ」

「実は毛利家の領内に銀山がございます。堺に持ち込んでおりますが大量に採掘すると、他国に知れ渡ることとなり、石見銀山のように諍いの種となります。しかし、土佐から琉球に持ち込んで捌けば、知れることを避けられます」

「毛利家に銀山があるのか?」

「ございます。ひっそりと採掘し、小早川家を通じて堺に持ち込んでおります。小早川家でも少数の家臣しか知りません。採掘も大々的に行っておりません。織田家が密約を交わして頂けるならば、大々的に採掘を進める予定であります」

「わかった。毛利家からの申し出を受けよう」

「…………」

「何か、問題があるかのか?」

「織田家の殿に相談せずに宜しいのでしょうか?」

「交易に関して一任されておる。俺がやると言えば、誰も止める者はおらん」

「与三郎が申された通りでした」

「何と申した」

「熱田を支配しているのは魯坊丸様ご本人であり、傀儡などではないと」

「支配などしておらん。皆と相談して政を進めている」

「毛利の大殿も同じようなことを言われますが、大殿が決めたことを覆せる者はおりません」

「毛利元就殿と同じと言われると褒め過ぎだ」

「できますれば、某から一つお願いがございます」

「毛利の総意か?」

「いいえ、某個人のお願いでございます」

「何だ?」

「主、隆景様は幼くして養子として迎え入れられ当主となられました。味方も少なく、自ら判断することも多く、同じ年に友と呼べる者がございません。魯坊丸様には主のご友人になって頂きとうございます」

 

 又三郎の依頼で俺は隆景に手紙を書いた。

 そして、隆景から返信が届き、再び、俺から手紙を送る。

 熱田湊から土佐を経由して安芸の三津浜湊へ届ける。

 こうして、西国と東国の情報を交換する俺と小早川-隆景の文の交換が始まった。

 そう、隆景と文友(メルとも)となったのだ。

今回の話は、WEB版にはない話です。

WEB版を書いた頃は、まだ『大寧寺の変』の新説が出始めた頃でした。

私もまだ研究が進んでいませんでした。

この四、五年で知れ渡るようになり、私も賛同しております。

小説の二巻では、この部分を改正して書き直しております。


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