表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

春の推理2024(メッセージ)

グーパー

作者: 葉山麻代

「お姉さん今日は遊べないって」


 隣の部屋に行った娘が、残念そうに帰ってきた。アパートの隣の部屋は、女子大生が一人で住んでいる。小学生の我が娘に、お菓子作りを教えてくれたり、お洒落な洋服を買いにつれていったりしてくれて、大変助かっている。妻は娘が幼い頃に死別しており、女性視点の無い私には、女神のような存在なのだ。


「そうか、残念だったな」

「怖いお兄さんが居たよー」

彼氏が急に訪ねてきたのだろうか?

「又、今度遊んでもらいなさい」

「はーい」


 娘は、持って行ったエプロンを片付け、ピアニカを出して何か演奏しはじめた。


♪ド、レ、ミ、ファー、ソー、ラー、シ、ド、レ♪

♪ド、レ、ミ、ファー、ソー、ラー、シ、ド、レ♪


 何の曲だろう? 聞き覚えの無い旋律が繰り返される。最近のアニメの曲だろうか? 何だか、気持ちがザワザワとする曲だ。


 私は仕事を片付けながら、娘の奏でるピアニカを聞いていた。すると、今度は同じリズムで、同じ音を叩きはじめた。


♪ド、ド、ド、ドー、ドー、ドー、ド、ド、ド♪

♪レ、レ、レ、レー、レー、レー、レ、レ、レ♪


 何だろう? 何が引っ掛かるんだろう? より一層の、ザワザワとした気持ちになる。思い出せそうで思い出せない何とも不愉快な気持ちが、私の仕事の邪魔をする。


 そのうち娘は、自作の歌を歌い出した。


♪ごー、よんー、ぜろー♪

♪ごー、よんー、ぜろー♪


 あれ? まさか、これは! 私は急いで娘の元に駆けつけ、歌の意味を聞くことにした。


「今の歌は、何の歌だい?」

「お姉さんがしてたー」


 何だって!? してたって、まさか。


「同じように真似できるか?」

「うん!」


 そして娘は、隣の家のお姉さんがしたように、やって見せてくれた。手を後ろにいる人から見えないように胸の前に隠すようにして、右手を広げて見せ、親指を折り、次に親指を隠すように全ての指を折る。それをゆっくり繰り返すのだ。


「隣に居たお兄さんは、知っている人か?」

「んー、前ぇに見たかも?」


 私は慌てて、出ていこうとして思いとどまり、まずは娘に言って聞かせた。


「しばらくの間、何があっても、家から出ないようにするんだぞ?」

「わかったー」


 私は急いで反対隣の家に行き、インターホンを何度も押した。


♪ピンポン、ピンポン、ピンポン、ピンポン、ピンポン♪


「はーい。何?」


 寝癖がついたままのヘアスタイルで、体格の良い隣人が、少し眠そうな顔で出てきた。この人は消防士で、今日は非番だと聞いている。


「間違っているかもしれないけど、聞いてくれ!」


 眠そうだった隣人は、私の慌てように目が覚めたらしく、話を聞いて、私の考えに同意してくれた。


「どうしたら良い?」

「訪ねていくより、炙り出す方が良いだろう」

「どうやって?」

「そりゃ勿論、火事だー!と叫ぶんだよ」

そして二人で、女子大生の部屋のドアの前で叫んだ。


「火事だー!!」

「火事だー!」

「早く逃げろー!!」

「うちももう駄目だー!」


 すると女子大生の部屋から、家主の女子大生ではなく、包丁を持った若い男が一人で慌てて出てきた。

私はその男を押し退け、部屋に入り、女子大生を探した。部屋の外では、若い男と格闘している隣人の声が聞こえている。


「大人しくしろ!!」

「何なんだお前ー!!!」 


「キャー、何なの!?」

「強盗を捕まえたから、警察に電話して!」

「はいー!」

返事をしている下階の住人の声が聞こえていた。


 一見すると部屋に誰も居ない。私は、私と分かるように声をかけてみた。

「助けに来たよ。私は隣の、」

すると、洋服箪笥の中から、バタバタと叩く音が聞こえる。


 慌てて洋服箪笥を開けると、猿ぐつわをかまされて、動けないように縛られた女性が、泣きながら倒れ込んできた。


「怪我はないか!?」


 頬や目のまわりが腫れ、下着姿で縛られているようで、姿をあまり見ないようにしながら猿ぐつわと縄をほどき、目の前のタンスにあるコートを女子大生にかけてから、外を見に行った。


 消防士の隣人は、若い男の上に跨がるように、体重をかけてのっており、のされた若い男は、バタバタと(もが)いていた。隣人は余裕そうに電話をかけ、消防署に救急車の要請を出していた。


 救急車が先に到着し、女子大生を収容してもらい、警察の到着を待った。


 パトカー2台に警察官が5名到着し、包丁を持っていた若い男を、強盗の容疑で連れていった。残ったパトカー1台と、警察官2名に、何があったのかと詳しく聞かれ、非番の消防士の隣人には取り敢えず休んでもらい、私は家にいる娘に声をかけ、一緒に警察署に事情聴取に行った。


「お嬢ちゃん、何があったか教えてくれるかい?」

「はーい。今日はお姉さんとお菓子を作る約束をしてたの。だから、お部屋に行ったんだけどね、怖いお兄さんが出てきてね、お姉さんは忙しいって言っててね。私が約束したのにって何回も言ったら、お姉さんが玄関に来たけどね、なんか元気がなくて、私の肩に手をのせて、指先でトントントン、トーントーントーン、トントントン、って何度も叩くから、覚えちゃったの。そのあとに、お姉さんがグーパーってしてるから、なんだろうってよく見たら、パーと、グーの間に、親指を先に折ってるから、じゃんけんじゃなくて、数字なのかなって思ったの」


 調書を取っていたらしい警察官が、慌てて書いているのが目に入った。


「娘は、そのリズムと数字を、ピアニカと歌で奏でていまして、私が気づき、隣人の非番の消防士に相談し、火事だと騒ぎ、家から出てきたところを、消防士の隣人が捕らえました」

「成る程。では、消防士の隣人殿に、起きたら事情聴取にお越しくださるようお伝えいただけますか?」

「分かりました」


「ねー、ねー、お姉さんのリズムと数字はなんだったの?」

「トントントン、ツーツーツー、トントントンと言うのはね、モールス信号のsosで、掌を向けて広げたあと、親指を折り、隠すように全ての指を折るのを繰り返すのも、ハンドサインの、助けてと言う意味なんだよ」

「そうだったんだ! お姉さんが助かってよかった!」

「そうだね」


 娘は、悲惨な姿は見ていないので、ただ助かったことを喜んでいた。



 押し入った若い男は元彼で、相手の暴力が原因で別れ、接近禁止命令も出ていたらしい。親御さんがお礼に訪ねてきて、語ってくれた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ