092そして……
■そして……
「黙秘します」
俺は馬鹿のひとつ覚えを繰り返した。担当の刑事が拳で机を叩く。かなりのこわもてだった。
「お前は何でもそれか! それで済むと思ってんのか!」
かなりのド迫力。普通の奴ならこの威勢だけで降参し、何でもぺらぺら話したことだろう。だが俺は違った。もっと凄いものと戦ってきたのだから。
「黙秘します」
刑事はいらいらと頭をかいた。
あの後、磯貝さんは曲玉を飲み込むと、散らばっていた八尾刀を拾い集めた――あちち、と言いながら。全部そろえたところでパトカーが3台到着。中から拳銃を手にした警官が降りてきて、こちらに向かって銃口を構えた。俺たちは全員両手を挙げる。
その中で磯貝さんは宮内庁の手帳を見せて、宮原優斗なる人物と連絡を取りたい、と申し出た。最初は渋っていた警察も、一応電話で確認を行なう。
彼らの態度の変化は見ものだった。邪険に扱おうとしていた磯貝さんを、急にお姫さまのように盛り立てたのだから。磯貝さんと警察の話し合いは10分ほど続いたが、途中でくだんの宮原が車で到着すると、それは一方的なものと化した。
「天皇陛下の所持物は、すべて宮内庁の預かりとなります。すなわち八尾刀8本、八尺瓊曲玉は、これ全部、私と宮原が持ち帰ります」
磯貝さんはそう啖呵を切ると、特権を駆使して警察を黙らせた。そして悠々と車に乗り、俺たちの前から姿を消したのである。
それから俺たち――夏原姫英、新郷哲也、山城光輝、桧垣唯の4人は、警察署に連れて行かれ、別々に尋問を受けたのだった。もちろん俺は、適当な服を着せてもらっている。
「その右腕のすごい入れ墨は何だ? まるで剣だ」
「黙秘します」
「こんのガキャ……!」
そこで、担当の後ろのドアから初老の刑事が入ってきて、担当の肩を叩いた。
「釈放だ」
「えっ、マジですか!?」
三白眼を怒らせて、担当の刑事がいら立ちを言葉にする。
「まだこいつから何も引き出せてませんよ?」
「お上の都合だとよ。実際目撃情報も、5人が怪物と戦ったというものばかりで、誰か一般市民を殺傷したというものはなかった。拘禁する理由がない」
「検察にかけましょうよ。少なくとも全部明らかにすべきです」
「その検察が今回は及び腰なんだ。起訴しようという動きがことごとく封じられている。何らかの圧力がかかっているみたいだ。俺やお前みたいな下っ端が出る幕じゃなさそうなんだよ」
「そんな……」
ふたりはしばらくにらみ合ったが、若い方が折れた。こちらに向かって負け犬の遠吠えを放つ。
「夏原姫英。俺は圧力なんかに屈しないからな。必ずお前をとっ捕まえてやる。俺の名は冬木厚志だ、覚えておけ」
「黙秘します」
その後三日と経たずして、俺と新郷、山城、唯さんは釈放された。最後だった俺が新郷探偵事務所におもむくと、ほかの3人のほかに、磯貝さんと宮原の姿もあった。
「ごめんなさいね、遅くなっちゃって。こっちもいろいろ提出書類が多くてバタバタしてたの。元気な顔が見れて嬉しいわ、夏原くん」
磯貝さんの満面の笑みに、俺も嬉しくなって相好を崩す。
「こっちこそですよ、磯貝さん! また会えて感激です!」
よく見てみると、磯貝さんと宮原の手が繋がっていた。しかもこの組み方は、いわゆる『恋人繋ぎ』……?
俺は困惑しながらうかがう。
「あの、宮原優斗さんは、磯貝さんにとって何者なんですか?」
彼女は何でもないことのように返してきた。
「私の婚約者で、宮内庁『文化継承室』の同僚よ。えへへ、オフィスラブってやつね」
唖然とする俺に、宮原がさわやかな笑顔を向けてくる。白い歯が光っていた。
「今回は彰子を守ってくれてありがとう、夏原くん! 八尾刀も真の曲玉も、皇居の『剣璽の間』にお届けできて、本当に満足しているよ。感謝しかない」
俺は絶望しかないんだけど……
3度目の恋は、告白する前に終わってしまった。俺はほろ苦い涙をこらえる。疑問点を洗ったりして感情をごまかそうとした。
「そういえば、どうやってあの屋上から脱出できたんですか? 両腕を後ろ手に縛られていたはずなのに」
「屋上にジャンプした夏原くんを見て、新郷さんと山城さん、桧垣さんが救出に来てくれたの。縄を解かれた私は、みんなと一緒に唯さんの操るワゴンに乗って、夏原くんを追いかけたってわけ」
俺は納得して首肯する。ひとりで戦っていたらまず負けていた。磯貝さんたちの尽力には本当に助けられた。宮原ではないが、感謝しかない。
新郷のおっさんが椅子から立ち上がった。ジッポーでくわえ煙草に火を点ける。ゆっくりと吸って、吐いた。
「どうです、今日は俺のおごりで焼肉とかは。磯貝さん、宮原さん、お腹空いているでしょう?」
「はい、めっちゃ!」
磯貝さんが勢い込む。宮原さんが苦笑した。
「曲玉を返してよかったですよ。こいつ、本当に滅茶苦茶食いまくってましたから」
「ちょっと、優斗!」
赤くなって宮原を叩く磯貝さん。俺がぼけっとその様子を見ていると、肩に誰かの手が置かれた。唯さんだ。
「残念だったわね、夏原くん。でも、くじけたりしないでね」
俺はその瞬間涙腺が決壊した。涙を滂沱と流し、歯軋りする。唯さんは自分の肩に、俺の頭を優しく引き寄せた。
右腕のアメはいずれ石上神宮へ帰るだろう。そうなれば、もう俺は武器を持つことはなくなる。戦いは終わったのだ。今はそれを喜ぶべきか……
そうして俺は、新郷のおっさんたちの後に続き、事務所を出ていくのだった。
(第二部・完)




