表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

88/93

087酩酊

酩酊(めいてい)


 逃げるのは別に悪い手じゃない。少なくとも、今は。俺はそう考え直した。

「西川竜生! 悔しかったらここまでおいで、だ!」

 尻を叩いてみせる。オロチと人間の融合生物は、俺の挑発にあっけなく乗った。

「このガキめ! 今行くぞ、待ってろ!」

 竜生は驚異的な跳躍力で屋上にのぼる。床が奴の体重で半壊した。そこから俺目がけて躍りかかってくる。

「アメ!」

『任せろ!』

 天羽々斬(あめのはばぎり)の剣は風をまいて飛び、竜生の首から俺の身を逃した。化け物は校庭に着地して悔しがる。

「おのれ……!」

 その周りで生徒たちが恐怖ですくんでいた。だが今の竜生には、彼らは目に映っていないようだ。奴の両眼は空に浮かぶ俺をにらんで離さない。

 そうだ、それでいい。俺の六田高でこれ以上暴れさせてなるものか。

『この後はどうするんだ? やっぱりずらかるか?』

「もちろん。俺の言うとおりに飛んでくれ」

 俺はオロチの好むものを考えていた。

 ひとつは美しい娘。

 ヤマタノオロチは、足名椎命(あしなづち)手名椎命(てなづち)がもうけた8人の娘を、毎年ひとりずつ食べたという。そして末娘の奇稲田姫(くしいなだひめ)も毒牙にかけようとしたところで、スサノオに斬殺されたらしい。

 もうひとつは大量の酒。

 スサノオはヤマタノオロチを殺害する前に、その八つの頭それぞれに八塩折之酒(やしおりのさけ)を飲ませて酔っ払わせたという。その酒は今でいう貴醸酒(きじょうしゅ)で、かなり甘いものだそうだ。それを竜生に飲ませて酔わせれば、こちらにも勝ち目があるというものだった。

『じゃあ目指すは酒蔵(さかぐら)か。でもそんな場所、この近くにあるのか?』

「いや、ない。ただ酒の(おろ)し売りの店ならある」

 酒屋澄崎(すざき)。日本酒も多数扱っている大きな店舗だ。家族でドライブに行った帰りには、ここへ立ち寄るのが常だった。店長や店員には悪いけど、今回は利用させてもらおう。

 俺は『澄崎』の前に着地した。派手な破壊音を上げつつ、獲物を見つけた虎のような俊敏さで、西川竜生がこちらへ向かってくる。

「何だ何だ?」

 近づいてくる怪物の音に、店の人が外へ出てきた。

「ひええっ!」

 店長のおばちゃんが、ヤマタノオロチと人間の合成生物に悲鳴を上げる。俺はアメで店内の酒瓶や酒パックを砕き、ビールやら日本酒やらウイスキーやらワインやらで店内を満たした。そして店に携わるものすべての退去を確認すると、入り口と正反対の位置へ移動する。

『うまくいくのか……?』

「しっ、黙ってろ。来るぞ」

 さっきまで疾走音だったのが、今は歩行音にかわっていた。俺は棚の隙間から入り口を盗み見る。全身ウロコだらけで、大人の2倍はある背丈の怪物が、首を長く伸ばして屋内を走査した。

「酒、か……」

 竜生は喉を鳴らす。床に水たまりを作っている酒類を、ちろりと舌で舐め取った。

「うまい……うまいのう……!」

 単純な歓喜の声がその口から漏れる。化けものは俺を追っていたことも忘れたか、無我夢中で酒に没頭しはじめた。まだ新品のままの日本酒を手でつかみ、その中身を浴びるように喉へと注ぐ。アルコール度数の高いものも次々に飲み下した。

 その酒への飽くなき執念は、まるで重度のアルコール中毒者のようだ。今のあいつなら、アルコール度数96度の世界最強の酒・スピリタスさえ水のように飲み干せるだろう。

『おい見ろよ。やっこさん、目つきが怪しくなってきたぜ』

 確かに首の先にある顔の両目は、以前の覇気を失いつつあった。竜生は顔を真っ赤にし、足元がおぼつかないのか千鳥足(ちどりあし)だ。それでも酒を飲みまくる。

 やがて満面の笑みを浮かべながら、轟音とともに仰向けに倒れた。酔い潰れたのだ。俺は内心ガッツポーズした。棚を回りこみ、入り口側へ戻る。

「ぐうう……ぐうう……」

 竜生のいびきだ。完全に寝ている。

『こんなアホみたいな作戦に引っかかるなんて、オロチの化身も大したことないな』

「それはいいとして、どうやれば殺せるんだ?」

『お前、ヤマタノオロチを倒したときのこと、もう忘れたのか?』

 えーっと、あのときは草薙の剣をオロチの尻尾から剥ぎ取ったんだっけ。そうしたらぱったり動かなくなって死んだんだよな。

「八尾刀か」

『そうだ、八尾刀を全部奪うんだ。そうすればこいつも死ぬはずだ』

 竜生の両肘・両手・両膝・両足。計8本の八尾刀。俺はそれを見下ろしてつぶやいた。

「これのために、今まで何人の犠牲者が出たんだ……? まあ俺も殺した側に入っているから、道徳的なことは言えねえけどな」

 天羽々斬の剣が俺を叱咤(しった)した。

『そもそも武器は生物を殺すために作られているんだ。この俺さまもな。人間にできることは武器を使うか、捨てるか、二択しかない。もし……』

 いったん言葉を区切る。やがて強い調子で言った。

『もし姫英、お前がこの死の連鎖を終わらせたいなら、今度こそすべての武器を捨て去るんだ。竜生を最後の死人として、な』

「……ああ、分かってるよ。じゃあアメ、最後の仕事だ。まずは左肩から……!」

 俺は竜生の左肩を分断しようと、剣を振り上げた。

 だが……

 次の瞬間、俺は左ふくらはぎから下を失っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ