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086名案

■名案


 竜生がその長い首を伸ばし、俺の頭を食いちぎろうとした。俺は素早く身をかがめ、その一撃をかわす。危ねえ。

 だがそれで危難が去ったわけではなかった。竜生の足が俺のほうへ振り上げられる。その足に生えている刃が、俺の顔面に届きそうになった。

 俺は必死の思いで『天羽々斬の剣』を構えて防ぐ。火花が散って俺は吹っ飛ばされた。フェンスに背中から激突して、瞬間息が詰まる。激痛が走り、俺は床に転がって苦悶した。

『おいおい、何だあの刃! 草薙の剣ほどじゃねえが、それでもかなりの硬度だったぞ』

 アメがわめいた。俺はつばを飲み込む。あれは――竜生の手足に生えるあの8つの刀身は。

――八尾刀じゃねえか!

 竜生が叫んだ。

「『波紋声音(はもんせいおん)』!」

 左肘の刃が細かく震える。これは聞いたものの体を麻痺させる、もっとも強力な八尾刀の力だ。俺はしくじった。まさか竜生が――オロチが、小短刀の力を使えるなんて。まるっきり想像の外にあった。俺は自分の体が動かなくなり、竜生にたやすく殺されるだろう未来におののいた。

 そう、『波紋声音』は死の宣告なのだ。

 だが、俺はその声で鼓膜を叩かれても、ごく普通に動けた。え? 何でだ?

 竜生の向こうで、磯貝さんは倒れたりせず、こちらを呆然と見ている。彼女は曲玉を胃に含んでいるから当然だ。曲玉が八尾刀の力を無効化することは、すでに証明されている。

 だけど、俺はなぜだ。俺は『八尺瓊曲玉(やさかにのまがたま)』を飲み込んでいないのに、どうして。

「アメ、お前の力か?」

『そうだぜ、感謝しろよ。俺さまは非物理的攻撃から姫英を守ってやってるんだからな』

 そうだったのか。

 竜生が首と両腕をゆらゆら揺らしながら、大音じょうを響かせる。

「効かぬか。ではこれならどうだ? 『停止時間』!」

 左手から飛び出している刃が振動した。これは時間を20秒止めることができて、なおかつその間自由に動ける能力だ。そのかわり、使うたびに想像を絶する苦痛に見舞われるという。

 周囲から動きや音というものが一切取り払われた。空中を羽ばたく鳥の群れが、まるで絵画のように静止する。

 だが例外として、俺と竜生、磯貝さんは、その状態でも動くことができた。オロチの化け物がうなる。

「ぐうう……。こ、これほどの苦痛をもたらすとは……。これも防ぐか、夏原姫英……!」

「お生憎(あいにく)さまだな、竜生!」

 俺はよろめきつつ立ち上がり、アメを振り抜いた。衝撃波がほとばしり、横一線に怪物の首を両断する。竜生の顔がムンクの『叫び』のようになり、紫色の血潮が八方に飛び散った。切り離された頭部が波打って、天井の床に転がる。

『やったか?』

 しかし首を失った胴体は踏ん張って倒れず、しかも切断面から新たな顔が生え出てきた。

「よくもやりおったな……!」

 大蛇のごとく、その頭部は数メートルの長さで復活した。元どおりになった竜生は、左膝の刃を光らせた。

「『刺突岩盤』!」

『危ねえっ!』

 俺はアメに引っ張られ、真後ろのフェンスを飛び越えた。さっきまで俺のいた場所に、コンクリートの槍が床から突き出す。まさに間一髪だった。

「逃さんぞ!」

 竜生がその巨体でダイブする。右肘の刃を突きつけ、大きくわななかせた。

「『爆裂疾風』!」

 暴風が飛び出して俺を打ちすえる。

「ぐはぁっ!」

 まともに食らった俺は、肋骨がいかれる音とともに、中庭へと落ちていった。それでもアメを手離さなかったのは、もはや本能のなせるわざだ。

『大丈夫か、姫英!』

 俺はアメのおかげでゆっくり着地することができた。

「ああ、何とか……うわっ!」

 足が地面に着いた早々、俺は横へと飛ぶ。その空間を斜めに貫通したのは、竜生の首だった。危うく食い殺されるところだった。

「ぎゃああっ!」

 えっ? 俺は少女の断末魔の声を耳にして振り返った。何と俺を外した竜生の頭は、そのまま近くにいた女生徒を噛み殺していたのだ。ぼりぼりと、顔中返り血まみれでむさぼり食っている。胴体を着地させながら、ごくり、と飲み干した。

 その様子を見ていた生徒や教師が、恐怖の悲鳴を上げる。ばたばたと逃げ出した。

 俺はこめかみの血管がぶち切れそうなほど逆上する。

「何やってんだてめえっ!」

 奴の胴体へ突きかかった。竜生が左足を持ち上げる。

「『放射火炎』!」

 足の刃から猛然と炎が噴き出した。俺はとっさに身を引くが間に合わない。

「あちちっ!」

 制服が()げて、左肩を火傷(やけど)してしまった。

 一方、俺の突きの衝撃波は、一本の槍のように竜生の胴を貫いている。できた傷口から紫の血潮がしたたり落ちた。

 しかし、それはものの10秒とかからず、あっという間にふさがれる。

「おいアメ、どうすりゃいい!? どうやればこいつを倒せるんだ?」

『そんなこと言われてもよ……。取りあえず名案はひとつあるけど』

「名案!? よしアメ、やってみてくれ」

『分かった』

 天羽々斬の剣は急に上昇を開始した。俺は両手で柄をつかんだまま、アメに問いかける。

「おい、名案って……」

『逃げるが一番!』

「あのなぁ」

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