084終業式
■終業式
俺は家族との絆を改めて繋いだ。そのことに深く感動していると、光がシャワーを浴びることを勧めてきた。そういえば風呂に入ってなかったな。
「よっしゃ、ひとっ風呂浴びてくるか」
親父がティッシュで鼻をかむ。
「ご近所さんの迷惑にならないように、そっと入れよ」
「おう」
俺は脱衣所に着替えを持ち込むと、服を脱いでいった。八尺瓊曲玉は磯貝さんに渡してしまったため、俺の体は女のそれに戻っている。
今後はもう二度と男になる機会はないだろう。残念ではあるが、曲玉が本来の場所――皇居の『剣璽の間』に戻ることを考えれば、まあ仕方ない。一度は俺が石彫公園の丘に埋めたんだし、引きずることでもないのが道理というものだ。
全身へ熱いシャワーを注ぎながら、俺は後悔の念も一緒に流れていくのを感じ取っていた。
「えっ、終業式やるのか?」
袋木先輩と刑事のふたりが惨殺されて、俺の通う六田大学付属高校は全面的な休校に入っていたはずだ。受話器の向こうから上山雄大の困惑した声が聞こえてくる。
『ああ、そうなんだ。まあ終業式だけなら午前で終わるからな。夏休みの課題はもう整えてあって、後は指示の書かれたプリントを生徒に配るだけらしいんだ』
「へえ……」
シャワーを浴びて寝て起きたら、上山からの電話がかかってきたのだ。まさか明日の1学期最終日に学校へ行くことになるとは――
『それはそれとして、夏原の家の近くで大量殺人があっただろ。心配してたら、今度はヤマタノオロチの死体騒ぎだ。もう世の中どうなってるのかさっぱり分からん』
「同感だ」
俺は明日の終業式に磯貝さんも参加するのかな、と考えた。また会えたらすごく嬉しいんだけど……
かくして俺は、終業式当日に鞄を背負ってBMXに乗った。あれだけ集まっていたマスコミは、ヤマタノオロチの死体の取材に回されたか、ほとんどいない。
俺は朝日のなか自転車を走らせた。鞄に『爆裂疾風』が入っていなかったり、非力な女の体であったりと、心細いのは確かだ。だが俺の右腕には『天羽々斬の剣』が眠っている。何かあっても、きっとこいつが何とかしてくれるだろう。
やがて六田高が見えてきた。警備の人間があちこちに配置され、不審人物がいないか目を光らせている。六田高の教師たちも往来に立ち、警戒のまなざしをそこかしこに向けていた。
厳重である。でもまあ、そりゃそうか。また西川昌伯が現れて、無関係な人間に斬りかかる可能性があるし。あるいはあの『口』の怪物が飛んできて、無差別に生徒を食ったりするかもしれない。それらを未然に防ぐ努力は、してしかるべきなのだろう。
俺は校舎に到着すると、自転車置き場にBMXを停めた。鍵をかけ、校舎へ向かう。
そのときだった。
「夏原くん!」
聞いたことあるこの声は、まさしく俺の女神さま――磯貝さんのものだ。俺は嬉しくなって、その声の方向に首をめぐらした。
「え……っ?」
そこでは『口』と『目』、それぞれの化け物が宙に浮いている。西川ほとりが呼び出したのだ。かんじんの磯貝さんの姿はどこにもない。
だが彼女の声が、そのうちの一匹から漏れた。
「助けて……! 西川さんたちに捕まって、今屋上にいるの!」
別の声が発せられる。
「夏原! このとおり、磯貝はあたしが拉致したわ。こいつを殺されたくなかったら、今すぐ屋上に来なさい。もちろん誰にもしゃべらずに。『目』が見てることをお忘れなく」
これは西川ほとりのものだ。またこいつらか。いい加減にしろ。俺はかつてないほどの怒りが胸に生じるのを感じた。
俺は長袖シャツの右腕をめくり、「アメ、出番だ!」と呼びかけながら痣をさすった。たちまち『天羽々斬の剣』が浮き上がり、立体化して俺の手に収まる。
『何だよ、せっかくぐっすり眠っていたところなのによ』
「この建物の屋上に飛ぶんだ。早くしろ!」
『はいはい。まったく、剣使いが荒えな』
俺は自転車置き場からアメの力で飛翔し、一気に屋上へ到達した。
そこには西川ほとり・昌伯の姉弟と、後ろ手に縛られた磯貝さん、数十匹の『口』、そして初めて見る老人がいる。
「夏原くん!」
磯貝さんが両膝をついた状態で座らされていた。その喉に、昌伯が草薙の剣を当てている。剣からは以前の力は感じられない――オロチから引きずり出された時点で、この剣は死んでしまったのだ。
「来たわね、夏原。そのぼろぼろの剣は?」
アメがプライドを傷つけられたとばかりに、西川ほとりに怒号した。
『ぼろぼろじゃねえよ! 草薙の剣には打ち勝てねえってだけだ!』
ここで老人が髭もじゃの顎を撫でる。興味深そうに口にした。
「その片刃鉄刀――もしや、『天羽々斬の剣』か! なるほど、そいつでヤマタノオロチをしとめたのだな。ということは――少年、きみが我々の野望を阻止した張本人というわけか」
「あんたは?」
「自己紹介がまだだったな。それがしは西川竜生。ほとりと昌伯の祖父であり、オロチ一族の頭首だ」
恰幅がよく、紺色のスーツ姿だ。ネクタイも締めている。
俺はアメを構えながら、当然の質問をした。
「この屋上にどうやってきたんだ? 警戒する警察や教師の目を盗んで……」
「『目』と『口』につかまって飛んできたのだよ。まだ暗いうちにね。――やれ、昌伯」
「はぁい」
昌伯が磯貝さんの首を斬り落とす。瞠目する俺の前で、真っ赤な噴水が立ちのぼった。




