083最後の嘘
■最後の嘘
フラッシュの砲列の中で、光は俺を涙ながらに強く抱きしめた。
「お兄ちゃん、何よ、何で連絡くれなかったのよ! 私やパパ、ママがどれだけ心配したか……!」
あとはもう号泣だった。マスコミのリポーター数人が俺にマイクを向ける。
「行方不明とのことでしたが、今までどこにいたんですか!?」
「大量殺人との関係は!?」
「心配した世間へ何か言葉は!?」
俺は彼らの問いを無視し、光をうながして家の中に入った。父の飛鳥、母のかもめがどたどたと廊下を走ってくる。俺を発見するなり怒鳴った。
「馬鹿野郎! 今までどこに行ってたんだ!」
「姫英!」
お袋が俺の頬を張り、そして抱きしめる。
「馬鹿、馬鹿……! 心配かけて……!」
奥から見知らぬ男たちが出てきた。事務的に手帳を見せる。
「警察です。夏原姫英くんですね。お話をうかがってよろしいですか?」
「はい」
俺は神妙に応じた。
警察は、大量殺人発生後に行方をくらました俺に嫌疑をかけたのだろう。俺は『爆裂疾風』の八尾刀で、草薙の剣を所持する少年と戦ったわけだが……そんなことを言ったら精神の病気だと思われそうだ。
「姫英くん。きみは刃渡り20センチ程度の短刀を持っていたそうだけど――本当かい?」
「はい。持ってました」
どうせ目撃者がいるだろうから、嘘をついても仕方がない。居間では俺と刑事が向かい合ってソファに座り、それを家族ともうひとりの刑事が見守っていた。
「それを使って、長剣を持った少年と戦っていた。間違いないね?」
「ちょっと違います」
「というと?」
「短刀は相手から奪ったものです。最初、俺は手ぶらでした」
「そうでしたか」
ボイスレコーダーで録音されているのが少し怖かったが、俺はあえて嘘をついてごまかした。刑事は手帳にメモを取る。
「相手の少年とは知り合い?」
「はい。うちのクラスに来た転校生です。名前は西川昌伯です」
「何でこの家の前で斬り合ったのかな?」
正念場だ。判断を間違えるな、俺。
「用事で出かけようとしたら、待ち伏せていた昌伯に襲いかかられて……。彼がそうした理由は分かりません」
「現場には誰のものか分からない右足もあった。履いていた靴から、きみのものだと分かったけど――でも今のきみには右足があるね。これはさっぱり分からないんだけど、どうしてだい?」
「俺は彼に斬りかかられたとき、抵抗して両足の靴を投げつけました。昌伯が何の目的で誰かの足を切り取ったのか、どうして俺の靴にそれを突っ込んだのか、俺には何とも……。何せ、必死でしたから」
ふんふん、と刑事はうなずく。DNA鑑定したら、俺の足だとばれるだろうな。まあ今はこれでいい。
やがて彼は、最後に一番の質問をぶつけてきた。
「きみは何でこの2日間、行方をくらませていたんだい? 家族に連絡もせず、いったいどこに行っていたのかね?」
これへの答えはちゃんと考えてある。俺は長袖をめくった。
「これを入れ墨していたんです」
刑事2人は、親父やお袋、光ともども、目を見張って驚いた。
俺の右腕には剣――『天羽々斬の剣』の模様が、びっしりと描かれていたのだ。
どこの誰に入れ墨を彫ってもらったか、いくらかかったのか、どれくらい時間がかかったのか。俺はそれらすべてを「彫ってくれた人に迷惑をかけたくない」で突っぱねた。俺の家族は「確かにこんな入れ墨は失踪前にはなかった」と、俺の言を補強してくれた。
何で西川昌伯と斬り合った直後に、彫り師のもとへ行ったのか。俺は自分が性同一性障害を抱えていることを話し、「強さを得たかったから」と答えて濁した。
刑事たちは最後にまたの聴取を取り付けた後、家から退出した。やれやれ、初回はどうにか乗り越えたか。
警察が去った後、俺はテレビを点けた。どこもかしこもヤマタノオロチの特番を組んでいる。光が言った。
「昨日の夜までニュース番組は、この家の前で起きた大量殺人事件を特集していたんだけどね。今は島根県のオロチの斬殺体で持ちきりだよ」
そりゃそうだ。あんな巨獣が現れて、しかも死んでいるなんて、世界的なニュースになってもおかしくない。
「姫英」
親父が厳しい顔で、さっきまで刑事のいたソファに腰を下ろした。その目は嘘やごまかしを拒否する輝きに満ちている。
「全部話せ」
リモコンを取ってテレビを消した。お袋も光も、俺に真剣な瞳を向けてくる。
「全部って……さっきまで刑事に言ってたとおりだよ。それ以外にないけど」
「姫英、姫英、姫英!」
父が机を平手で叩いた。彼は怒っている――俺の記憶にないぐらいに。
「今、ここには俺たちしかいない。最初から最後まで残らず話すんだ。それができないなら、この家から出ていってもらおう。これは冗談じゃない、本気だ」
俺はその言葉の鋭さにひるんだ。4月に『爆裂疾風』を拾ってから、俺はいろいろと隠しごとをしてきた。そのことに、家族は激怒しているのだ。
俺はこの期に及んでも逡巡した。家族を巻き込みたくない、その一心でこれまで黙ってきたんだけど……
もう限界ということなのか。それなら、打ち明けるしかないか……。俺は覚悟を決めた。
「分かった。長い話になるけど、それじゃ聞いてくれ」
語り終えたとき、時計の針は0時を回っていた。親父、お袋、光はそろって泣いている。
「済まなかった、気づけなくて……。親父として自分が情けないよ」
「今まで辛かったわね。ひとりで頑張って……。これからは私たちと一緒に共有していきましょう」
「お兄ちゃん、いろいろ任せっきりでごめんなさい。でも、いつもあたしたちはお兄ちゃんの味方だよ。そのことだけは信じてね」
俺はそれら優しい言葉に、涙腺が決壊するのを感じた。ありがとう、親父、お袋、光。今夜はぐっすり眠れそうだ。




