082帰宅
■帰宅
『警察発表によりますと、昨夜未明、船通山に巨大な龍が現れて、明け方までに何者かに斬り捨てられたとのことです。情報は錯綜しており、現場は大混乱に陥っております……』
新郷哲也のおっさんがチャンネルを切り替えるが、ラジオはどこもオロチの話で持ちきりだった。まあそりゃそうだろうな。
俺たちはワゴンに乗って山口県萩市へ帰還の途についていた。磯貝さんは唯さんの変装用の衣服を着込んで、最後部の座席に座っている。曲玉はさきほど吐き出して、今は俺のポケットの中にあった。
「ねえ夏原くん、いいでしょう? 曲玉を私にちょうだいよ」
「駄目です」
さっきから何回このやり取りを続けただろう。
「どうしても?」
「何度も言っているとおり、西川一族――オロチの一族は、また俺たちを狙ってくるかもしれない。何せヤマタノオロチを殺したのは俺たちなんですから。連中が草薙の剣を持っていったのも、まだ何か手立てがあるからに決まってる」
俺は窓の外を見上げた。マスコミか警察か自衛隊か知らないが、爆音を撒き散らしてヘリコプターが複数飛んでいる。雲はいつの間にか綺麗に消えていた。
「もし再びオロチの一族に攻撃されたとして、一瞬でケガを治してくれる曲玉は、俺たちの貴重な盾になるんです。それは磯貝さんだって分かっているじゃないですか」
「そうなんだけどさあ……」
宮内庁『文化継承室』の特務員として、やっぱり本物の『八尺瓊曲玉』を持ち帰ることに執着しているようだ。その気持ちは痛いほど分かる。どうしよっかな……
よし、決めた。
「じゃあ特別ですよ。悪用しないでくださいね。はい、曲玉」
「きゃーっ、嬉しい! 大好きよ、夏原くん!」
結局根負けして、彼女の手のひらに曲玉を渡してしまった。ま、いいか。
それにしても、西川ほとり・昌伯の双子の姉弟は、これ以上何を狙っているのだろう? ヤマタノオロチは完全に死んだ。一族もどれだけ生き残ったか分からない。
『オロチは何度でも復活するわ。私たち、オロチの一族がいる限り。おじいさま――西川竜生が生きている限り……』
ほとりのこの言葉は気になる。まだ一連の事件は終わっていない。俺にはそんな確信があった。
唯さんがハンドルを操作しながら、磯貝さんに質問する。
「それで磯貝さん、曲玉を飲み込んだとき、体の傷が治った以外に何か変化はあった? どうも曲玉は、飲み込んだ人間の願いをかなえる力があるらしいんだけど……」
「ああ、そういえばめっちゃお腹が空きました。何でもいつまででも食べられるぐらいに……」
新郷のおっさんが噴き出した。
「大食いかあ。食べることが好きなんですね」
「はあ……太らなければ」
磯貝さんは真っ赤な顔をして照れる。うう、可愛い。
山城が俺の隣でお腹を鳴らした。彼もすきっ腹らしい。
「サービスエリアで飯を食いましょうよ。みんな疲れてるし、何か詰め込んでおいたほうがいいと思います」
俺たちは唱和した。
「賛成!」
かくして長時間かけて、俺たちはまた山口県萩市へ戻ってきた。唯さんと交替して運転している山城が、磯貝さんに声をかけた。
「磯貝さんは普段どこに住んでいるんです? よかったらそこまで送りますが」
「私は仕事でアパートを借りてそこで寝起きしてるんです。お願いしてよろしいでしょうか?」
「もちろんですよ」
夕闇濃い中、車は住宅街を走る。やがて目指す建物が見えてきた。ここでいいです、との磯貝さんの声で、ワゴンは停車した。
「ありがとうございました。それではみなさん、お疲れさまです。おやすみなさい」
「おやすみなさい」
俺たちは手を振る彼女をあとに、今度は俺の自宅へと向かった。俺は磯貝さんと離れた寂しさと、家族へどう説明したらいいかという悩みで、少し寡黙になる。
何なら昨日のうちに、公衆電話で適当に連絡を入れておけばよかったんだ。ただ俺たちは無我夢中で船通山へドライブしていた。そんな余裕はなかったのも事実だ。
うまくごまかせりゃいいんだけど……
自宅が遠くに見えてきた。何やら光っている。それがマスコミや警察のライトによるものだと、俺は気がついた。何ならブルーシートまでかけられている。
「しまった……!」
そういえば昨日の朝、俺は自宅前で西川昌伯とやり合ったんだ。そのとき、昌伯は一般人の野次馬を多数斬殺している。誰かが警察に連絡して、この大量殺人を報告したとみるのは、ごく自然な推測だった。おまけに磯貝さんの発砲まである。大事件として捜査されるのは当たり前だった。
「もうここでいいよ、唯さん。ここで降りるよ」
新郷のおっさんが無理なことを言った。
「何とかごまかせ、夏原」
俺はワゴンが走り去ると、ひとつ深呼吸した。
「よし、行くか」
俺は自宅前のテープが張られた境界線を越えようとした。警備の警官に止められる。
「ほら、入っちゃ駄目だよ」
「俺は夏原の家の長男、姫英です。入らせてください」
「や、そうですか。どうぞ」
「行方不明になっていた姫英くん!?」
気づいた報道陣が一斉にフラッシュを焚く。その音をいぶかしがったか、玄関のドアが開いて、妹の光がこちらをのぞいた。
「お兄ちゃん!」
彼女が泣きながら走ってきて、俺に抱きつく。
「おかえり、お兄ちゃん……!」




