表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

82/93

081救出

■救出


 オロチの首は動力が切れた機械のように、胴の上や過去のそれの上に倒れこんだ。すごい地響きと砂ぼこりを立てる。

 俺は全長2メートルはあろうかという長剣――草薙の剣を手にして、その場にしゃがみこんだ。さすがに安堵のため息が漏れる。何せ、後もう少しでやられるところだったからな……

『おい姫英、イソガイとかいう奴を助けるんだろ?』

「そうだった!」

 俺は息つく暇もなく、今度は胴体を斬り始めた。アメの発する光のおかげで電灯いらずだ。

「磯貝さーんっ! 俺です、夏原です! 生きているなら返事してくださーいっ!」

 俺はすがるような思いで肺活量をフルに使った。紫色の血液と黄色の胃液が、切り進むうちあふれ出してくる。その一方で磯貝さんの返事は聞こえてこない。

 大丈夫。彼女は生きている。胸を刺され、ヤマタノオロチに丸呑みにされても――きっと、彼女は生きている。生きているに違いないんだ。

 そうじゃなかったら、辛すぎる……!

 俺は目尻から流れ落ちる涙を腕でふいて、鼻声で同じ呼びかけを繰り返した。

 そのときだった。

「磯貝さんっ!」

 何と磯貝さんが、オロチの内臓でぐったり漂っていた。胃液による溶解で、その肌は痛ましいぐらいに火傷している。

 だが。

「な……夏原くん……」

 磯貝さんは変わり果てた姿でなお、俺の名前を呼んだ。俺はそのことに、ものすごい辛さとすさまじい嬉しさを感じた。

「いるわ……ここに……た……助けて……」

「もちろんです!」

 俺は嗚咽(おえつ)をこらえつつ、磯貝さんの軽くなった体をオロチの体内から引きずり出した。

 彼女は酷いありさまだった。服はほとんど溶けて、皮膚は大部分がただれている。放っておけば10分とかからず死ぬであろう状態だった。

 俺は自分の喉に指を突っ込み、曲玉を吐き出した。服の下で男性器が失われるのを感じる。俺は磯貝さんの口を開けて、そこに曲玉を入れた。

「ごほっ、げほっ……」

 吐き出す磯貝さん。俺は神にも祈るつもりで彼女にささやいた。

「飲み込んでください、お願いです、磯貝さん!」

 もう一回。今度こそ……!

「んっ……ぐうぅ……っ!」

 磯貝さんの喉がごくりと動いた。そのとたん――

「あれ、夏原くん……!」

 彼女の体は完全に回復していた。ただれた皮膚が剥がれ落ち、その美しい顔があらわになる。まるで生まれたばかりのような、みずみずしい素肌だった。

 俺は磯貝さんを抱きしめた。(あざ)がつきそうなぐらい強く。その命が失われなかったことが、嬉しくて、嬉しくて……!

「よかった……! 本当によかった……!」

 俺は泣きじゃくった。


 上下の大事な箇所は見えていないとはいえ、服はぼろぼろである。磯貝さんはそれを気にして恥じらいつつ、俺と隣り合って座りながら、どうやって命を繋いでいたかを話してくれた。

「私は胃液のプールに落ちた後、何とか胃袋の壁のような場所まで泳いだの。胸の傷が痛くて苦しかったけど、頑張ったわ。そして、行き止まりに向かって残り一発の弾丸を発射したの。開いた穴から噴き出したオロチの血を、息も絶え絶えで飲み込んだわ。それで胸の傷は回復した。私もオロチの一族になったのかな? それ以外に助かる方法はないと思ってたから、狙いどおり成功して嬉しかったわ」

 周りではヤマタノオロチの尻尾と胴体が山をなしている。朝日が暗闇を一閃でほふり、物体に長い影を従わせた。

「でもせっかく開けた穴はすぐに閉じて、血液の流れも止まってしまった……。また私は絶望の崖に立たされたわ。それでもあきらめず、きっと誰かが助けに来てくれるって信じて、胃液の中で待ってたの」

 磯貝さんは満幅の感謝を示すように、俺の頭を手で撫でた。

「ありがとう。夏原くんがいなかったら、私は死んでた。心からお礼を言うわ」

 俺は照れて鼻をこすった。嬉しいなあ。幸せだ……

「おーい、夏原! 磯貝さん!」

 私立探偵・新郷哲也が、助手の唯さんと山城を率いてこちらへ登ってくる。足の傷がまだ完全に()えていないってのに、無理しちゃってまあ。

『おい姫英、俺はしばらく必要ないだろ。その腕に住まわせろ』

 天羽々斬の剣――アメが俺の承諾なく、勝手に俺の右腕に入れ墨と化して貼り付いた。まったく、勝手な奴だ。とっとと石上神宮(いそのかみじんぐう)に帰りゃいいのに。

 ああ、と俺は気がついた。そのための神気が尽きているのか。

 俺は立ち上がって仲間に手を振った。かたわらに転がっている草薙の剣は、もう異様な瘴気を発することも、空間を歪ませることもない。おそらくこの剣もまた、オロチとともに死んでしまったのだろう……

 と、その草薙の剣が急に持ち上がった。え? 持ち上がった?

 よく見れば、『口』の怪物が草薙の剣をくわえて飛び去っていくところだった。そしてその行き先は、切断された尻尾の上で陽光を背にする、背の低い少女――

 西川ほとりだ!

「生きてたのか……!」

 俺がにらみつけると、彼女はふんと笑った。

「オロチは再び殺され、草薙の剣はその力を失った。でもオロチは何度でも復活するわ。私たち、オロチの一族がいる限り。おじいさま――西川竜生が生きている限り……」

 脇へ上ってきたのは、彼女の双子の弟・昌伯(しょうはく)だ。その腕に草薙の剣が痣として収まる。

「さらば!」

 ほとりは『目』の化け物を召喚すると、その髪の毛につかまった。昌伯も別の『目』に取り付く。そして、西のほうへと飛び去っていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ