079相棒
■相棒
剣がしゃべった……。ヤマタノオロチの出現といい、話す刀といい、非現実にもほどがあるってもんだ。――まあ、それをいったら物事の始めからそうだけど。
天羽々斬の剣はわめいた。
『おい、お前ら何をぼさっとしてやがんだ! 近くまで来てるぞ、オロチの首が!』
何だって!? 俺は周囲を見回した。だが龍の頭はどこにも見当たらない。
『上だ、この馬鹿っ!』
俺は手元を急に引っ張られた。天羽々斬の剣が飛び、俺を崖下へと導いたのだ。
お、落ちる! 俺は転落死間違いなしと目を閉じて、すぐに襲ってくるであろう衝撃に身を強ばらせた。
だが――いつまで経っても落ちない。俺はこわごわ目を開けた。
「な、何だ!?」
俺は宙に浮いていた。空中で静止する天羽々斬の剣にぶら下がり、俺を食らい損ねたオロチがこちらを向くのを眺める。
『だああっ! ぼけっとするな! 曲玉の力で俺さまを呼び出した以上、ヤマタノオロチごときに負けんな!』
「わ、悪りぃ……」
俺は反射的に謝った。剣の柄を両手で握り締める。獰猛なワニのような、狼のような、魚のようなオロチの頭に、俺は敵意を向けた。
磯貝さんを食い殺した以上、ヤマタノオロチの死は絶対だ。
『よしよし、その目だ! やっとやる気が出たみたいだな!』
新郷、山城、唯さんが無事に逃げていくさまを見届けると、俺は天羽々斬の剣を構えた。まるで空に透明な床でもあるかのように、俺は浮遊する。オロチがその巨大な口を開き、一直線にこっちへ襲来した。
「でやっ!」
俺は剣を振るう。その瞬間、ものすごい手応えとともに、金色の衝撃波がオロチへと飛翔した。オロチの頭が口角から真っ二つに裂けて、まるで包丁で下ろしたように綺麗に分割される。紫色の血潮が噴き上がり、首はゆっくりと船通山に倒れていった。
俺はそのさまを呆然と眺める。
「す、すげえ……!」
『喜んでんじゃねえぞ、これからだ! オロチの頭はあと7つあるんだからな!』
「よし、行くぞアメ!」
『アメ? 何だそりゃ』
「お前の名前だよ。『天羽々斬の剣』じゃ言いにくいしな」
『けっ、先頭2文字を取っただけじゃねえか。お前の言語感覚を疑うね。――と、新手がおいでなすったぞ!』
「俺の名前は姫英だ。よろしくな、アメ!」
俺は自在に飛翔し、仇を討とうとするほかの首たちに正対した。
「おりゃあっ!」
まずは一匹を両断し、最初の奴の後を追わせる。空中を流星のように駆けて、次なる頭に斬り込もうとした。
そのときだ。俺は死角から強い打撃を受けて、船通山の岩肌に叩きつけられた。
「うぐっ……!」
一瞬意識が遠ざかるものの、曲玉の力でどうにか五感を取り戻す。すかさず跳躍し、元いた場所を別の首が噛み裂くのを肩越しに確認した。危ねえ、危ねえ。
『おい姫英、お前剣の扱いが下手くそだな』
「悪かったな。でも……」
俺は空中を自由に飛びまわる。何となくだが……
「ちょっとコツがつかめてきたぞ。これならいける!」
『ほう、期待させてもらうぜ』
俺はいつの間にか増えていた首たちを、一本一本斬り刻んでいった。濁流のようなすさまじい猛攻を華麗にかわし、剣を突き立て、横になぎ払い、真上から斬り下ろす。
巨獣は今や己の血しぶきにまみれ、紫色の滝を流していた。そして、とうとう……
「うりゃあっ!」
最後のひとつを叩き斬る。そう、俺は8本の首全部を地に伏せさせることに成功したのだった。
『ま、ざっとこんなもんだろ。ヤマタノオロチなんて俺さまの前では大したことないのさ』
「ずいぶん偉そうだな」
俺は虚空に浮遊しながら、折り重なって倒れているオロチの首たちを見下ろす。
何かおかしい。どうも変だ。
「おいアメ! あれを見ろよ!」
俺は目を見開いて指差した。長い首の斬られた部分が、徐々に再生していくではないか。それも8本全部。アメは絶句して言葉を失う。
やがて8本の鎌首がすべて持ち上がった。再び大音じょうで咆哮する。そしてその目をぎらつかせて俺のほうを一斉に見上げた。圧倒的な恐怖が俺の心で沸騰する。
「馬鹿な……! これじゃ倒しようにも倒せないじゃないか!」
『どうやら8つの首には強靭な再生能力が備わっているみたいだな。スサノオさまはオロチを酒で眠らせて、その直後に斬り殺したからよかったんだけど……』
オロチは俺を噛み裂こうと、今度はコンビネーションで襲撃してきた。俺はそれらを全力で回避しながら、どうにか剣で反撃する。
だがまた同じことだ。存分に斬ったはずの頭は、すぐ回復して戦列に復帰してくる。
やがて俺は左足に食いつかれた。激烈な痛みが痛覚に殺到する。
「ぐああっ! この野郎っ!」
俺は剣を振るい、そいつの上顎を斬りつけた。だが離してくれない。そこへ別の頭部が迫ってきた。まずい、食われてしまう!
俺はためらうことなく自分の左足を斬り捨てた。視界がスパークし、神経網が激痛を爆発させる。俺が落下すると、龍の頭同士がぶつかり合ってのたくった。
間一髪、体を食われることは回避する。曲玉の力で左足はすぐに生えてきたが、皮膚が薄いのか、血管が透けて見えた。疼痛もある。曲玉の治癒能力もそろそろ限界らしかった。
「くそっ、どうすりゃいいんだ!?」




