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076死せる場所

■死せる場所


 唯さんと山城が交替で、ブラックガムを噛みながら車のハンドルを握った。山口県から島根県は遠い。疲労と眠気との戦いだった。運転免許のない俺と、脚の傷がまだ()えない新郷のおっさんは、運転席に座ることもなく手持ち無沙汰(ぶさた)だ。

 俺は窓を走る雨滴を眺めつつ、磯貝さんの無事を祈った。大好きな人が命の危機にあるというのに、空を飛んで駆けつけることができないのは何とも理不尽だ。

 それにしても、俺たちは八尾刀をすべて奪われ、曲玉も役立たずになった。こんな状態で、果たして磯貝さんを救い出せるのだろうか……?

 そのときだった。俺が握っていた『八尺瓊曲玉(やさかにのまがたま)が、薄ぼんやりと光り始めたのは。

「どうしたんだ? 力が回復してきたのかな……?」

 山城が慎重そうに指摘した。

「それもあるだろうけど、たぶん八尾刀に――草薙の剣に呼応してるんだ」

 そういえば、俺の恩師も生前「曲玉が八尾刀に共鳴して光を放っているのに違いない」と言ってたっけ。相手が完璧な草薙の剣なら、さもありなんだ。

 県道15号横田多里(たり)線に入った。案内板でカーブして、広域林道船通山(せんつうざん)線を進んでいく。やがて登山道入り口が見えてきた。この頃になると、曲玉はすっかり元の明るさを取り戻していた。

「おい……」

 新郷が船通山のてっ辺を指差した。オロチの死せる場所――『天叢雲剣あめのむらくものつるぎ出顕(しゅっけん)之地』だ。そこには真夜中なのに、なぜか光がわだかまっている――見逃してしまいそうなほど弱々しかったが。

 儀式はもう始まっているのだろうか。それともただライトを複数()いているだけなのか。ともかく急がなければならないことだけは明らかだった。

 駐車場にはすでにベンツが2台停まっている。もちろんこれはオロチ一族のものだ。車のライトで照らし出すも、中には誰も乗っていない。全員頂上まで到達していると考えるのが適当だった。

 俺は3つある懐中電灯のひとつを借りた。

「急ごう! 俺は曲玉を飲んで猛ダッシュするから、おっさんたちは後からついてきてくれ!」

「分かった、気をつけろよ。――っと、そうだ、こいつを持っていけ」

 新郷が俺に渡してきたものは、磯貝さんの拳銃だった。弾は込められている。

「ありがとよ」

 俺は再び曲玉を飲み込んだ。とたんに体が軽くなる。男性器も生えてきた。

 よし、行くぞ。俺は駆け足で山道を登り始める。そこには西川ほとり・昌伯たちオロチの一族がつけたのだろう、複数の足跡が残っていた。それを手がかりに、俺は疾走する。


 30分ほどかかっただろうか。俺はとうとう山頂にたどり着いた。そして、そこで異様な光景に目を奪われた。

 磯貝さんが『天叢雲剣出顕之地』の石碑に、縄でぐるぐる巻きにされていた。鳥居のそばにあるほこらには草薙の剣が突き刺さっており、それを覆面をかぶった男たちが輪になって囲んでいる。全員がロウソクを手にしており、先ほどの光はこれによるものだったのか、と俺は納得した。

 凝った伝統衣装の壮年の男が、(さかき)を振って一心不乱に祈祷(きとう)している。心願成就という奴か? ともかくその詠唱には狂気が感じられた。

「また来たのね。死んだんじゃなかったの?」

 あきれ返った声はもちろん、西川ほとりによるものだ。俺は懐中電灯の光で接近を気づかれてしまうかと思い、ここに(いた)る直前で明かりを消していた。だがこの見晴らしのよい頂上では、意味がなかったようである。彼女は俺と一定の距離を保っていらいらと頭を振った。

「本当にしぶとい奴。……いいこと? あたしは西川一族の頭首、西川竜生の孫娘なのよ。そのあたしに手間や手数をかけさせるなんて、あんた何様のつもり?」

 俺はその問いにまったく答えず、代わりに(すご)んだ。

「磯貝さんを放せ。そうしたら殺さずに許してやる」

 昌伯はどこに行ったのか、とひそかに視線で走査する。彼はすみっこで寝転がり、枕に頭を預けて眠っていた。寝るのが趣味なんだな……

 ほとりが微苦笑して右手をパチリと鳴らす。『口』が一匹現れた。

「あたし、こいつを100匹ぐらい同時に展開できるのよね。オロチの血筋によって生まれた、一族でも珍しい能力者なのよ。磯貝はどうせ死ぬんだし、あんたは先にあの世で待っていたら?」

『口』の化け物がこちらへ飛んでくる。俺はニューナンブM60を取り出し、まっすぐ肘を伸ばして発砲した。ほとりがまばたきする。

「何っ?」

 怪物はもろに弾丸を受け、銃殺されて墜落した。俺は間髪入れず、今度はほとりを狙撃する。

「きゃああっ!」

 ほとりの右手に穴が開き、そこから血液があふれ出した。ほとりは右手を押さえて、痛みのせいだろう、その場に両膝をついた。

「ううぅ……よくも……よくも……!」

 俺は今の銃声で、祈祷に参加しているスーツ男たちがこちらに気がつくと思っていた。だが実際はどうだろう。誰ひとり動かず、こちらを見ることさえなく、異常な儀式を続けているではないか。

「何だ、こいつら……」

 俺はともかく、『口』を召喚できなくなったほとりと、ぐっすり眠っている昌伯を放っておいて、磯貝さんの救出に取りかかった。

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