072死闘
■死闘
「出やがったな」
俺は舌なめずりし、額の汗を指で弾いた。数時間前に見た悪夢の武器――5割の草薙の剣が、再び目の前に現れている。西川昌伯は寝ぼけまなこで、あのときのような興奮状態にはない。4本の八尾刀を合成して作ったその得物を、地面に突き立てて頭をかいた。
「降参してくれないかな」
俺にやられたはずの顔も両足も、さらに磯貝さんの発砲で風穴を開けられたはずの胸も、元通りに戻っている。回復能力が桁違いなのは、曲玉を飲んだ人間に似通っていた。
地面に転がって苦悶するスーツたち、散乱する『口』の死体の群れを尻目に、俺は答えた。
「悪いけど、ヤマタノオロチを復活させるのが目的なんだろ? その草薙の剣を使って……」
「そうだよ」
「じゃあ八尾刀は渡せねえな。化け物は『目』と『口』だけでお腹いっぱいなんだ。このうえお前らにオロチを玩具として使われちゃ、おちおち寝てもいられやしねえからな」
昌伯の双子の姉・ほとりが猿のように怒る。弟の尻を引っぱたいた。
「あいつに何をぐだぐだと言わせてるのよっ! 昌伯、もう十分に血を吸って全快したんでしょう? 早く夏原を真っ二つにしちゃいなさい!」
血を吸って全快? どういう意味だ?
昌伯はやれやれと肩をすくめた。
「しょうがないなあ……。じゃあ、いくよ」
すっと目を細め、草薙の剣を持ち上げる。八相に構えた。そのまま俺へとじりじり詰め寄ってくる。
――このまま丘にいては、スーツの男たちが巻き添えを食らっちまうな。
俺はそう考え、こちらからも近づいていった。ただし馬鹿正直にまっすぐ距離を詰めるのではなく、木々を隠れみのにして斜めに下りていった。
果たして草薙の剣に勝てるだろうか。俺はいちじるしい喉の渇きを覚えながら、ファースト・コンタクトへのおののきをどうにか封じ込んで進んでいった。
「甘いね」
昌伯のそんな声がした。と、思うや否や。
「ぐはっ!」
俺は吹っ飛んでいた。何かが目に見えたわけではない。ただ、胸に大きな穴を開けられて、背後の樹木に背中からぶち当たっていたのだ。血しぶきが宙に舞い、すさまじい痛みが一瞬でくもの巣を形成した。
何だ? 何が起こった?
「当たったみたいだね」
笑みを含んだ声。昌伯が草薙の剣を垂らして駆け寄ってきた。その刃の先端に血のりが着いている。それを見て気づいた。
どうやら『突き』だ。彼の宝刀が一瞬だけ馬鹿みたいに伸び、すべての空気と木々を貫いて、俺の胸板に切っ先を突き立てたのだ。
「くそ……!」
だが激痛の糸は音もなく切れて落ちた。胃に含んだ曲玉の力だ。胸の傷はもうふさがって、何の痛みも生じなくなっていた。
そうと気づかぬ昌伯が無警戒に近づいてくる。
「とどめだ!」
俺は小短刀を彼に向けた。相手はちょうど剣を振り下ろすところだった。
「『爆裂疾風』!」
「ぎゃあっ!」
爆風が昌伯のがら空きの胴体をとらえた。彼は吹っ飛び、緑生い茂る中を転がり落ちる。草薙の剣がその手を離れ、止まった昌伯と俺との間の、ちょうど真ん中の位置に放り出された。
新郷のおっさんが叫ぶ。
「剣を奪え、夏原! それがなければガキどももそのほか大勢もたいしたことないぞ!」
「よっしゃ!」
俺は彼の忠告に従い、急いで坂を下りた。草薙の剣の柄へ手を伸ばす。
だが……
「何っ!?」
いつの間にか近づいてきていた『口』の化け物が、俺より早く剣を加えて上昇した。あと少しだったのに……! 俺は悔しく歯噛みした。
宝刀は昌伯の手に渡される。彼はさっきの暴風であばらを折られたらしく、柄をつかむのがやっとだった。
「だらしないわね、昌伯! ほら、早く血を吸いなさい!」
双子の姉が、ダウンしている弟をしかりつける。血を吸う血を吸うって、さっきから何のことを言っているんだ?
俺やみんなに倒されていたスーツの男たちが、よろよろと這いつくばって視界に入ってきた。それへ向かって、寝転んだままの昌伯が剣を振るう。
「なっ……!」
俺は驚愕した。仲間であるはずの、同じオロチの一族であるはずの大人たちを、昌伯は何のためらいもなく斬り捨てたのだ。血しぶきが噴き上がり、絶叫と悲鳴を放って男たちが絶命する。辺りは一面血の海と化した。
「一度ならず二度までも……」
昌伯が恐ろしい声音で立ち上がった。あばらを気にする様子もない。
それで俺は気がついた。昌伯は、草薙の剣に人間の血を吸わせることで、おのれの傷を回復させることができるのだと。自宅前では野次馬を、この石彫公園では仲間たちを。昌伯は自分の糧としたのだ。
「よくも僕を傷つけてくれたなぁっ!」
昌伯が猛然と剣を振るった。真空の刃が俺の左腕と左足を斜めにぶった斬り、さらに地面まで割った。
「うああっ! 『爆裂疾風』!」
俺は激痛に倒れこみながら、無我夢中で愛刀の名を叫んだ。突風が飛び出して昌伯を弾き飛ばす。
「ぐぅっ!」
死闘になった。俺は腕と足が再び生えてきたことを確認すると、昌伯を追撃するべく駆け下りる。
だが……
「そこまでよ!」
西川ほとりが、ぐったりする磯貝さんを人質に取っていた。




