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070文化継承室

■文化継承室


「夏原くん、大丈夫?」

「大丈夫……じゃない、です」

 俺は片目と片足を失い、さらに左耳と左肩に深手を負っている。重傷という奴だ。

「取りあえず止血しよっか」

 追っ手がないことを確認してから、磯貝さんは路肩に車を停めた。救急箱を取り出す。

「夏原くんがいつまで経っても来ないから、自分からきみの自宅に行ってみたの。まさかそこであんな目に遭っていたなんてね。遅すぎたかしら?」

 彼女は俺の足首を包帯で縛り上げた。痛みに気が狂いそうだったが、悲鳴を上げるのだけはどうにかこらえる。

「いえ、助かりました。……あの、でもさっき、拳銃撃ってませんでしたか?」

「私、実は本職は教師の補佐じゃないんだ。宮内庁(くないちょう)って知ってるわよね?」

「総理府の外局で、天皇陛下の国事行為を行なったり、皇室の儀式とかの事務を所管するところですよね? ……痛てて」

「そうよ。そしてこの磯貝彰子は、宮内庁長官に直属する『文化継承室』の特務員なの。非公開の部署だからなるべくしゃべらないでね」

 ガーゼを左肩に当てて包帯でくるくると巻いていく。磯貝さんはこうした行為に手慣れているようだった。

「そこは拳銃の所持と使用を許可してるんですか?」

「これから行なう仕事に危険性があると認められればね。でも、街中での発砲なんて初めてだったわ」

「それにしては見事に命中してましたけど」

「えへへ、私、これでもスポーツマンなのよ」

 宮内庁の『文化継承室』の特務員が、なんでこんな山口県萩市くんだりまで来たのだろう? 俺がそのことを尋ねると、「オロチの血を引く西川一族が、急に活動を活発化させたからよ」と答えが返ってきた。

「ゴムとガーゼで眼帯にするわね。痛いだろうけど我慢して。……『文化継承室』って、書類仕事ばかりでうんざりさせられるかと思いきや、そうじゃなかった。全国各地の寺社へ働きかけ、国宝の保管状況や新出の古文書などを検分しにいくこともあってね。そうして新たに認められた逸品は、『三の丸尚蔵館さんのまるしょうぞうかん』に収蔵されるの。そうと分かると何だか楽しくなって、この仕事にやりがいを見出しちゃったのよね」

 俺はていねいな止血を受けて、とりあえず一息つく。そして磯貝さんは病院に連絡をつけるべく、公衆電話を探そうとした。

「待ってください」

「え?」

 俺は彼女が車から出かかったところを引き止める。

「宮内庁職員として、真の八尺瓊曲玉(やさかにのまがたま)は欲しいですよね?」

「曲玉? 何それ? 皇居にあるじゃない」

 俺は前回の新興宗教絡みの一件について、かいつまんで話した。

「……というわけで、真の曲玉を飲むと体が一瞬で治るんです。俺が回復するには、もうそれしかありません。使い終わったら差し上げますから、そこまで行きましょう」

 磯貝さんは両手を組んで、目をきらきら輝かせていた。

「欲しい……秘宝『真実の瞳』……! 行くわよ、この世の地の果てまで!」

「新郷のおっさんと山城、唯さんを拾いましょう。そうしてくれたら、曲玉の場所へ案内します」

「きみは曲玉の隠し場所を知らないの?」

「いや、逆です。俺しか知りません。ただ俺はこの足だし、どこにどれだけ深く埋めたかも忘れかかっているから……彼らの手を借りるのが上策なんです」


「こりゃまた手ひどくやられたな」

 俺の状態を見て、新郷は痛ましそうな顔をした。山城も唯さんも心配してくれる。新郷探偵事務所にいた3人は、俺をワゴンに移すのを手伝った。磯貝さんも乗り込み、唯さんが運転席に座る。

「で、夏原くん。『真実の瞳』はどこにあるの?」

「萩市『石彫(せきちょう)公園』です」

 一同の驚きを新郷が代弁する。

「そんな近い場所に埋めたのかよ!」

「ああ。かえって盲点になるかと思ってね」

 まさか、こんなに早く掘り返すことになるとは思わなかったが……

 石彫公園は萩城跡の西側に位置する。1981年――今から12年前に、国際彫刻シンポジウムに参加した8ヶ国24名の彫刻家によって完成されたそうだ。

 車中、俺は西川姉弟の攻撃を受けたことを明かした。

「『草薙の剣』!?」

 探偵ふたりと助手が大いに驚く。磯貝さんもびっくりしていた。

「それって本物の……」

「はい、本物です。5割の刀でしたが、太刀打ちできませんでした」

 驚愕が落ち着くと、磯貝さんはもみ手で喜んだ。

「これはチャンスじゃない! 本物の剣と曲玉がそろって手に入るかもしれないなんて……。嬉しいなぁ、うまくいけば大手柄で報奨金もらえちゃうわ!」

「まあそうかもしれませんが」

 山城が呆れつつ、疑念を払拭しようと質問する。

「オロチの一族が活動を活発化って、具体的にはどんな……」

「私たちは三種の神器を探索しています。本来は天皇陛下の持ち物ですからね」

 磯貝さんは髪の毛をいじくった。

「私たちはオロチの一族を監視しています。ヤマタノオロチの復活をもくろみ、そのために草薙の剣を求めているという危険な一派ですからね。そのオロチの一族の頭首は西川竜生(りゅうせい)といいます。彼の孫であるほとりちゃんと昌伯くんの双子が、いきなり山口県萩市の高校へ転校することになった。それもふたり同時に。何かあったと見るべきじゃないですか」

「それで六田高の教師陣に加わったんですか?」

「ええ。本当は四年制大学で教職課程を取り終わって、教員資格認定試験をパスして一種免許状を取得しなくちゃいけないんですけど……。宮内庁の名を出して、無理いって英語教師の補佐になっちゃいました。英語の発音は留学してたこともあるので得意でしたから」

 やがて車は石彫公園に到着した。昼間だが曇天で暗く、観光客も少なめだ。

「行きましょう」

 俺は山城の肩を借りながら、車から降りた。

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