068姉弟の正体
■姉弟の正体
「西川さん――いや、ほとり。昌伯。あんたら、新郷の隠れ家をどうやって突き止めた? 誰にも分からないような場所にひっそり建ってるのに……」
ほとりは目をすがめて、口元に手を当てつつ笑った。
「これよ」
彼女が左手で指を鳴らした。隠れ家で見たあの『目』の怪物が、空中に突然出現した。
「こいつの目はあたしの心眼でもある。あのおじさんのワゴンの屋根に張り付いて、隠れ家までご案内ってわけね。金庫を開ける手順もばっちり見せてもらったから、最終的にボウガンで殺されても元は取れたわ」
そうか、すべて筒抜けだったのか。
「じゃあ金庫の中にあった4本の八尾刀は――」
「奪ってここに収めたわ」
ほとりが昌伯の長袖をめくった。そこには龍のような剣のような、燃え盛るまっすぐの入れ墨がほどこされていた。
ん? 何だ?
「その模様と八尾刀と、何が関係あるんだよ」
「見せておやり、昌伯」
「……面倒だなぁ」
昌伯は眠たげに半目のまま、左手で右前腕の入れ墨をさすった。すると――
「うわっ!」
俺は信じられないものを見た。何と模様が立体化しつつ腕から剥離し、その過程で2倍の長さになったのだ。
それは剣。刃渡り50センチほどの紺色の刀が、目視できるほどの覇気をまとって昌伯の手中にある。その刃の前では時空もゆがむのか、周囲の景色が揺らいで見えた。
俺はその剣を目の当たりにして、背中に滝のような汗が流れるのを感じた。視界に入れただけで、これほどの圧力があるとは……。俺の『爆裂疾風』などとは比べ物にならない。
ほとりが偉そうに胸を張った。
「これが『草薙の剣』! まだ4本の八尾刀を合わせただけ――でも、この神気はすごいでしょう? 驚いた?」
八尾刀を合わせた? 『刺突岩盤』『停止時間』『波紋声音』『水流円刃』をくっつけたのが、この草薙の剣だというのか? いったいどうやって、そんなことが……
いや、待て。確か新郷のおっさんはこう言っていた。
「ヤマタノオロチの血を引く一族の血を浴びせたなら、草薙の剣はたやすく割れたり繋がったりするという」――
では、この双子の姉弟は。ほとりと昌伯は。
「オロチの一族……?」
からからの喉でどうにかそれだけ言った。ほとりが目を丸くし――すぐ元へ戻す。
「へえ、そんなことまで知ってるとはね。そうよ。あたしと昌伯はオロチの一族の中でも、もっとも血が濃いとされているの。六田高ではこいつ――」
彼女は右手で指を鳴らした。空中に『口』の怪物が現出する。
「こいつに袋木とかいう奴を食わせたわ。そして……」
「待て」
俺は額の汗をぬぐいながら口を差し挟んだ。
「どうやって袋木先輩を中庭に待たせておいたんだ? 転校してきたばかりのお前らが、なんで見ず知らずの2年生を餌食にしたんだ?」
「見ず知らずってわけじゃないわ」
ほとりはつまらなさそうに吐き捨てた。
「将棋部に入りたいから放課後相談したい、と持ちかけて、中庭で待ってもらってたの。それだけよ」
「殺した理由は? 袋木先輩に恨みとかは?」
「あるわけないじゃない。あんたが言ったとおり、あたしたちは転校してきたばかりなんだから」
こいつ……。俺の胸の中で怒りの炎が揺らめく。ほとりは気づかず続けた。
「そして袋木の死が騒ぎになったから、あたしたちは休校明けを待った。そうして、新興宗教の秘宝である『八尾刀』を持っていると噂の、あんたの登場を待った……」
「ちょっと待て。俺が八尾刀を持っているって、どこから聞いたんだ?」
ほとりは少しイラついたらしい。
「あんたは話の腰を折るのが上手ね。……暴走族を『爆裂疾風』で吹っ飛ばしたって噂、裏の界隈では結構有名なのよ」
ほとりは両手を広げた。
「そしてあんたは『口』の怪物相手に八尾刀を使った。あのときのあたしの狂喜といったら! ……でも、残りの小短刀の在りかを探るまでは殺すわけにはいかないわ。だから『口』の化け物による攻撃を途中で中止したの。ついでに何も知らない顔をして、あんたが持つ『爆裂疾風』を確かめにも行ったわ」
彼女の視線が俺の腰の得物に向く。俺は反射的に柄を握った。
「……なるほどな。話は分かった。でも肝心なところが抜けてるぜ。どうして『草薙の剣』が欲しい? オロチの一族が、何で三種の神器の剣にこだわる?」
ほとりは答える代わりに微笑し、すっと横へ身を引いた。昌伯が前に進み出て、5割の草薙の剣を構える。
「ほとり姉さんは、おとなしくその八尾刀を渡せば、夏原の命は助けるって言ってる。僕も人殺しは避けたい。どうかな?」
無関係な袋木先輩と仕事熱心な刑事を『口』で噛み殺し、よくも「人殺しは避けたい」といえたもんだ。俺は胸郭が憎しみで満ちるのを感じた。
「ふざけるな! 食らえ、『爆裂疾風』!」




