067電話
■電話
俺は生中継で報じられている隠れ家の火事に、あわてて新郷探偵事務所へ連絡を入れた。出てきたのは唯さんだ。家族の耳に入らないよう、小声で叫んだ。
「唯さん、俺だ、姫英だ! 燃えてるよ! 隠れ家が!」
「えっ、何それ!?」
「テレビ、テレビ点けて!」
受話器の向こうで、唯さんが新郷と山城に説明する。それから10秒と経たず、驚愕の声が発生した。
「ぎゃああっ、俺たちの隠れ家がぁっ!」
「酷い……! さっき出てきたばかりなのに……!」
「これ、ドッキリとか何かじゃないの?」
ここまでやるドッキリってどんなだよ。俺は妹の光に袖をつままれた。
「お兄ちゃん、友達に連絡したいんだけど」
「あ、ああ。悪い。今切る。……じゃあな、唯さん」
電話の向こうは騒々しく、返事どころじゃないのがよく分かる。俺はそっと受話器を置いた。
翌日、六田高は再び休校となる。袋木先輩、刑事の2人が連続で殺された。しかもその犯人は口のお化けときている。警察がこの話をどこまで信用するのか、それ次第で休みの長さもさらに変わってくるだろう。
俺は居間のソファで漫画を読んで過ごすことにした。まあなるようにしかならない。
しばらくすると電話が鳴った。警察かな。俺はそう予想して立ち上がった。さすがにあれだけ『爆裂疾風』の力を使ったんだ。目撃者もひとりやふたりではないだろうし、警察だって『口』の化け物を殺した人間を特定したいところだろう。杉山校長もさすがに俺をかばい切れなかったか。
受話器を取る。出たのは思いがけない人物だった。
「もしもし、夏原さんのご自宅でしょうか。私は六田大学付属高校にお邪魔してます、磯貝彰子と申します」
「磯貝さん!」
俺はびっくりするやらどっきりするやらで、あやうく受話器を取り落としそうになった。震える手で持ち直し、どうにか言葉をつむぎ出す。
「おはようございます! 俺です、姫英です!」
「ああ、夏原くん! ごめんなさいね、休んでいるところに突然電話をかけて……」
休んでいようが勉強していようが、磯貝さんの電話ならいつでも大歓迎だ。俺は手汗をかきながら、ともかく至福のひとときを楽しもうとした。
「いえいえ、とんでもない。それで、俺にどんな御用でしょう?」
結婚してほしいの、なんていわれたら最高だな。だが現実は非情だった。
「『口』の怪物についてなんだけど……。夏原くん、短刀か何かで対抗したって本当?」
ああ、そうか。やっぱりそういう内容だよな。俺は落胆を隠せない。
「はあ……。磯貝さん、その話は警察から? 目撃者から?」
「両方よ。夏原くんが刀の切っ先を化け物に向けて、何か叫んだら、爆風が飛び出して相手を吹っ飛ばしたって……。これ、本当の話なの?」
嘘をつきたいところだが、憧れの女教師に隠し事をするのはためらわれた。
「はい。事実です」
「……そう、なんだ。ねえ夏原くん、よかったら私に聞かせてくれない? その短刀のことを。そうしたら、警察には私が適当に言ってごまかしておくから」
そして10分後。かいつまんでだったが、俺は八尾刀についての基礎的な知識を説明し終えていた。
「じゃあ今朝のニュースで燃えてた一軒家には、その八尾刀4本が収められた金庫があったわけね」
「そうです。今頃新郷のおっさんも現場で慌ててるんじゃないですかね」
少しの沈黙。ん? 何だ?
「夏原くん、これから出てこれる? その『爆裂疾風』、実際に使うところを見てみたいんだけど……」
「俺と会いたいんですか?」
「そういうことになるわね」
俺は頬が熱くなるのを感じた。これはデートって奴ではなかろうか。大好きな磯貝さんと、ふたりきりで会えるなんて……!
「行きます行きますとも! 待ち合わせ場所はどうします?」
「新郷さんと山城さん、それから桧垣さんとも会いたいから……そうね、私が車で拾いに行くわ。夏原くん家の近くの公園でいい?」
俺はげんなりした。それでも断ることを考えられないほど、俺は彼女にほれ込んでいる。努めて明るい声を出した。
「はい、それで構いません。じゃあまた後で」
「うん、長電話ごめんなさいね。じゃあ」
電話は切れた。俺はともかく磯貝さんには会えるんだと、そのことだけを念頭に置いて、自分の部屋で外出着を手にした。
ため息が出るのを止められないまま……
俺は鞘に納まった『爆裂疾風』――つばはない――をジーンズに差し込み、ドアに鍵をかけて出発した。
と思う間もなく、ふたり組に出会う。
俺の外出を待ち構えていたのだ――西川ほとりと、西川昌伯の双子が。
「奇遇ね、夏原姫英。あたしたちの目的は分かってるわよね?」
ほとりが手を差し出した。
「渡しなさい。残り4本の八尾刀を」
俺は、新郷の隠れ家に放火したのは彼女らだと気がついた。




