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066草薙の剣

■草薙の剣


 俺は『爆裂疾風』、山城は『放射火炎』を支配者化している。それに続いて、新郷が『飛翔雷撃』を、唯さんが『つぶて氷』を己のものとした。

 八尾刀に再び手を伸ばしたのは、もちろん『口』の怪物に対抗するためである。それならもっとも有能な八尾刀・『波紋声音』――聞いたものを麻痺させる――を持つべきだと俺は主張したが、あの化け物に耳などなかったことを指摘されると黙るしかなかった。

 ともかく新郷探偵事務所の面々は手ぶらではなくなる。再び『口』が出てきても、これなら一方的に殺されることもないだろう。

「もう暗いし、家まで送っていくわ、夏原くん」

 再びワゴンに乗車した俺たちは、隠れ家を出て市街地へ向かった。

 その最中、俺は前々から気になっていたことを口にした。

「なあ、そういえば何でこの小短刀を『八尾刀(はちびとう)』なんて呼ぶんだ? 何となく馴染(なじ)んでたけどさ」

 新郷がキャスターマイルドを吹かしながら答えた。

「それはもちろん、草薙(くさなぎ)の剣を八分割したからだ」

 何だって!? 俺は目を丸くし、耳を疑った。あまりの意外さに思わず椅子からずり落ちそうになる。

「草薙の剣は壇ノ浦(だんのうら)の戦いで、関門海峡に永遠に消え去った――んじゃなかったのか?」

 山城がていねいに解説してくれた。

「まあそれが定説だし、実際あの宗教幹部たちもそうだと信じていた。でも、僕が実際に調査に行ってみると、どうも違うらしい。これは今まで秘匿していた事実なんだけど……草薙の剣は、見つかっていたんだ。ほかでもない、源頼朝(みなもとのよりとも)に命じられて海を探索していた、岩松与三(いわまつ・よぞう)の手によってね」

 俺はあっけに取られる。

「そんな……。岩松がどうやってあの広い海から探し出せたのさ。それほど馬鹿でかい剣でもなかったんだろう? 探索装置だってない時代だぜ?」

 新郷が口を挟んでくる。灰皿に灰を落とした。

「真の八尺瓊曲玉(やさかにのまがたま)――『真実の瞳』を使ったのさ」

 そういえばあの教祖――勝間龍覇は、「岩松が規矩(きく)一郡を寄進したのは、単に信心深かったからだけではないとわしは見ている。曲玉の力を得た彼が、別の何かに熱中するため、授かった土地を邪魔に思うたのであろう」とか言ってたな。

「岩松が熱中していたのが、『草薙の剣』探しってわけか?」

「そうさ。そしてとうとう奴は見つけ出したんだ。本物をな。だがそれは秘密のうちに処理され、再び世に出てきたのは刀鍛冶・源清麿(みなもと・きよまろ)の時代までくだらなくちゃならない」

「おかしいぜ」

 俺は椅子に座り直して、ぐちゃぐちゃの思考を整理した。

「だって源清麿の書き付けに、そんな描写はなかったんだろう? もし宝刀を手にしたなら、清麿だって人間だ、自慢げに書いてそうな気もするけどな」

「そう、その部分をごっそり抜いて執筆されたのが、もうひとつの書き付けだったんだ」

 山城が語を添えた。

「僕が調査して見つけた――そして隠したのがそれだったんだよ。清麿は草薙の剣のすさまじいまでの能力を(うれ)い、悪用を恐れた。だから賢明にも八分割して弱らせたんだ。そうしてできたのが八尾刀というわけだよ。ヤマタノオロチの八本の尻尾から名づけたんだね」

 草薙の剣は、確かにヤマタノオロチの尻尾から出てきた。スサノオの十拳剣(とつかけん)天羽々斬(あめのはばぎり)』を欠けさせた、脅威の硬度を持って。

「どうやって八つに分割できたんだ? ものすごい切れ味で耐久度も高いんだろ、草薙の剣は」

 新郷が灰皿で煙草をもみ消した。全体重を椅子に預ける。

「『オロチの一族』って知ってるか?」

「いや……。何だそりゃ」

「ヤマタノオロチの血を引く一族だ。八本の頭と尾を持つ怪物――その死肉を食らって、異常な体質変化を起こしたといわれている。その一族の血を浴びせたなら、草薙の剣はたやすく割れたり繋がったりするという」

「それも山城が手にした書き付けにあったと……?」

 山城が代わりに答えた。

「そうだよ。源清麿はその一族に力を借りて、草薙の剣を八分割したんだ。少なくとも、書き付けにはそう書かれている」

 そうこう話しているうちに、俺の家に着いた。荷台のBMXを降ろし、3人にひとまずお礼を言う。

「ありがとよ。助かった」

「気をつけろよ、夏原。『口』の化け物に要注意だぞ」

「分かってるって」

 かくして俺は帰宅した。父、母、妹と、家族がそろって無事なことに胸をなでおろす。

「腹減った。お袋、飯頼む」

「はぁい」

 俺は学校で『爆裂疾風』を使いまくった。それは何人もの生徒・教師たちに見られている。それでも家に電話が来ないのは、たぶん杉山校長がうまく取り計らってくれたからに違いない。前に校庭で暴走族とやり合ったときも、校長は俺をかばってくれた。ありがたい話である。

「おお、燃えてる燃えてる」

 親父の飛鳥がテレビを見てビールを飲んでいた。俺も何となくそちらへ目をやる。やって、心臓が止まるかと思った。

 そこには、消防団員の放水にも平然と燃え盛る、一軒家が映っていた。

 新郷の隠れ家である。

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