065姉弟と化け物
■姉弟と化け物
「大丈夫ですか!?」
背後から心配そうな声が聞こえてきた。振り返ってみると、そこには西川ほとりが立っていた。相変わらず背が小さい。まるで中学生のようだ。その背後には、眠そうな西川昌伯が背後霊のように突っ立っている。双子の転校生たちだった。
「きみたちこそ大丈夫だったかね?」
逃避行するうち気絶から回復した校長が、ふたりに尋ねる。西川さんが微苦笑した。
「あたしも昌伯も、あの化け物たちから逃げて、先生方と合流しようとこの教室へやってきたんです。そうしたらいきなりあいつらが消えて……。あたしも弟も面食らっているところです」
彼女の視線が、俺の八尾刀『爆裂疾風』の上で止まる。
「それは……?」
「ああ、こいつは俺の武器だよ。銃刀法違反とか言いっこなしだぜ」
俺は鞘へ小短刀を納めると、鞄にしまいこんだ。
考えるべきことはたくさんあるが、とにかくあれこれ追及されるより、この場はずらかるほうがよさそうだ。俺は校長と師弟から離れて、新郷と唯さんとともに駐車場を目指した。
「いったい何だったんだ、あれは……」
唯さんの運転する車中、おっさんはぶつぶつとつぶやいた。そんなこと言われても俺だって分かりゃしない。人を食べる、口だけの化け物。俺はまだまだ10代の若輩者とはいえ、あんな存在は今まで見たことも聞いたこともなかった。
「あの『口』の血液は紫色だった。どんな動物とも鳥とも違う。およそこの世のものとは思えない」
ただ……
「でも今はそのことより、どうしてあいつらがいきなり中庭に現れて、人間を襲ったのかを考えるべきだ」
新郷が煙草に火を点ける。せかせかと肺に紫煙を取り込んだ。
「そうだな。最初に殺されたのは袋木だったが、あれはそういった事件が世間に周知されるのを期待してのことだったように思う。今日は最初に刑事が殺されたが、あれはたまたま目についたから襲ったんだ。本丸は俺たちだったに違いない。何なら最初に食われていたのはこちらだったかもしれないな」
それには同感だ。最初の一匹は、まるで俺たちに見せ付けるかのように、刑事の胴体を一瞬で食らいやがった。そして、杉山校長に食指を伸ばそうとした……
「ひょっとして」
俺はある考えに思い至り鳥肌が立った。
「俺が『爆裂疾風』の八尾刀を使うのを待っていたんじゃ……」
車内の空気が緊張と戦慄で固体化する。その予想は、自分でも確信するぐらい揺るぎないものに思われた。
そして、西川姉弟。彼女らが俺と視線を合わせてから、急に『口』は出現した。そのことは重要な一点を指摘しているように思われる。
唯さんが俺の思考を先回りした。
「つまり、夏原くんが八尾刀を所持していることを、怪物のあるじは知っていたってこと……!?」
「そういうことになるな」
おっさんが手柄を横取りする。しかし俺はそんなことは脇へやって、今までの推測を脳内でまとめていた。
まず、西川姉弟が俺のクラスに転校生としてやってきた。そして彼女らは、袋木先輩を『口』に殺させた。それで世間が騒ぐのを確認したら、俺が出張ってくるのを待ち構えた。
そう、西川姉弟は俺が八尾刀を持っているものと信じていたのだ。新興宗教の上級信者からまた聞きでもしたのだろうか。それとも、俺が暴走族を校庭で吹っ飛ばした一件を耳にしたのか。ともかく彼女らは、俺が中庭に現れるのを今や遅しと待っていたのだ。
それにしても、なぜ化け物による攻撃を途中で止めたんだろう? 何か狙いでもあったのか?
俺たちはああでもない、こうでもないと揣摩臆測を並べ立てつつ、新郷探偵事務所の隠れ家へと到着した。俺はびっくりする。
「おい、何で隠れ家に来たんだ? 探偵事務所に行くんじゃなかったのか?」
「あのな、俺たちは『口』の化け物に追われる身だ。手ぶらでのこのこ事務所に戻って、壊されたり殺されたりしてみろ。目も当てられないじゃないか」
新郷は車を降りた。ちょうど隠れ家を掃除していた山城光輝に声をかける。
「おう、お勤めご苦労さん」
「ああ、所長。こんばんは。桧垣さん、夏原くんも」
「ちょっと一大事が起きてな。金庫に用がある」
山城は新郷のこの言葉だけで何かを察したようだ。質問を行なうことなく中へと案内した。ここの金庫に八尾刀7本が眠ることは、新郷探偵事務所の最重要の秘密なのだ。
「7本全部あるな……」
金庫を開けた新郷は、そこに俺の持つ『爆裂疾風』以外の八尾刀がすべてそろっていることを確かめた。どれかが盗まれた、使われたという形跡はない。
そのとき、俺は妙な感覚を味わった。
誰かに見られている――
思わず背後を振り返る。すると、金庫室の入り口に、巨大な目玉の化け物が浮遊していた。『口』の目玉版だといえる。
「何だこいつはっ!?」
新郷、山城が気づいて叫んだ。その直後だった。
『グギャッ!』
唯さんがボウガンでその『目』を射撃していた。怪物は床に落っこちて、すぐにしなびた。紫色の血が負傷箇所からあふれ出ている。
「これも『口』の仲間なんでしょうか……?」
唯さんの問いを、俺たちは沈黙で推認した。




