064怪物
■怪物
双子の1年B組転校生、西川ほとりと西川昌伯。彼女らは2階の廊下の窓から、俺たちを寒々とした目で見下ろしていた。そこに人気者の西川さん、寝るのが好きなぼんやり昌伯の面影はなかった。
鬼気迫るような表情……
やがてふたりは向き合って何かしゃべり合う。そして再び、中庭を見下ろした。
「ぎゃぶっ」
人間の声とも思えぬ声が、すぐ近くから聞こえてきた。俺はそちらへ振り向く。さっき刑事と杉山校長が話し込んでいた、その方向を。
「なっ……!」
そこには、巨大な口だけの化け物がいた。刑事の胴体を、ちょうどその口の中に噛み裂いて、ごくりと飲み込む。刑事の頭と両手足だけが、ぼとぼとと地面に落ちた。
目の前でそれを見せられた校長は、気を失って地面に倒れる。新郷と唯さんが気づいて、凄惨な食事の現場を凝視した。
「何だあいつはぁっ!」
俺は改めて怪物を見た。横にした円柱状の胴体の正面に、大きな口がついている。後ろは髪の毛がなびいて、およそ胃袋なんてものは見当たらない。それが空中に浮遊して、次の獲物――倒れている校長をついばもうとしていた。
俺は緊急事態に、急いで鞄を開けて、二重底から『爆裂疾風』の小短刀を取り出す。口の悪魔に対して先端を向けた。
「この野郎! 『爆裂疾風』!」
刃から暴風が飛び出し、化け物をしたたかに打ち据えた。『口』はきりもみしながら校舎の壁に激突し、破片と粉塵とともに中庭へ墜落する。
刑事の頭と両手足は血液を噴き出し、地面に血だまりを作った。杉山校長は倒れたままだ。俺は彼を救おうと、そちらへ向かって疾走する。怪物は紫色の血反吐を吐いたかと思うと、こちらへ向かって突進してきた。がちがちと、その歯を打ち鳴らして噛み裂こうとする相手は、この俺だ。
そうはさせるか。俺は愛刀の名を叫び、2発目の突風を真正面から叩きつけた。『口』のギロチンのような上下の歯が、このとき滅茶苦茶に折れ砕ける。
『……ッ!』
化け物は吹っ飛び、刑事の死体の辺りへと転がった。受けたダメージからして、もう動けやしないだろう。
俺には校長を抱えて歩けるような腕力はない。唯さんを呼ぼうと彼女のほうを振り返る。
そのときだった。別の『口』が、おっさんと唯さんの背後に迫っているのに気がついたのは。
「ふたりとも伏せろっ!」
あうんの呼吸で、探偵と助手は地面にうつ伏せになった。俺は彼らに当たらないよう気をつけながら、『爆裂疾風』を放つ。
豪風が2匹目の怪物をとらえて弾き飛ばした。1階廊下に衝突したそれは、ガラス片を撒き散らせて奥へと転げ落ちる。
「夏原! 上だ、上っ!」
新郷が真上を指差す。俺はとっさに後方へ跳躍した。半瞬前まで俺がいた空間を、3匹目の『口』がかぶりつく。俺は今日4度目の『爆裂疾風』を馳走して、そいつをベンチに激突させた。
俺は頭上を仰いだ。いつの間にか大量の口の化け物が、俺をいつでも食べられるようにと、うようよと旋回している。20匹はくだらないであろう。
唯さんが校長を抱えて叫んだ。
「夏原くん、校内へ逃げるのよっ! ここじゃいいカモだわっ!」
「そうしますっ!」
俺は新郷に肩を貸しながら、よろよろと移動を開始した。
とりあえず、袋木先輩を亡きものとしたのは、こいつら『口』の化け物だと分かった。後は戦いあるのみだ。
怪物どもは俺たちを見逃してくれるはずもなく、降下・接近してくる。それを俺は『爆裂疾風』で撃退しながら、急いで廊下に入り込んだ。唯さんも続く。
「何の騒ぎだ?」
「な、何だあの変な生き物は!」
「うわあっ、刑事さんが死んでるよっ!」
六田高の生徒や教師たちが、廊下から中庭を見て叫んでいる。事態はおお事になった。そんな騒じょうに構わず、『口』たちは俺を追って外通路から侵入してくる。まったく、しつこい奴らだ。
もう何回『爆裂疾風』と唱えただろう。廊下を滅茶苦茶にしながら、化け物たちとの戦いは続いた。緊張の持続、おっさんの歩行を助ける疲労、どんどん壊れていく校舎と現実感。俺は疲弊しながら手近な教室に逃げ込む。
だがそれは窮鼠を追い込む巧妙な罠だった。何と教室内に、10匹の『口』が窓を破って侵入していたのだ。俺は失意と絶望の糸に絡め取られた。
くそっ、ここまでか……!
俺はからからに干上がった喉を酷使して、最期の戦いに挑もうとする。たった16歳で死ぬのか――そんな感慨に浸りながら、俺は小短刀を構えた。
だが……
「えっ?」
怪物『口』が、一斉に消失したのだ。それこそ、消しゴムで強くこすったように、跡形もなく。新郷も唯さんも杉山校長も、もちろんこの俺も、呆然とその場に立ち尽くした。




