表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

64/93

063殺人現場

■殺人現場


 その二日後、再開した六田高は体育館で全校集会を開いていた。異例の事態に、異例の対応が重なる。

 杉山校長が数百名の生徒に対し、改めて殺人事件の発生と、その犠牲となった袋木優奈について語った。マイクを通して聞こえてきたのは、老人の湿った声だ。

「あってはならないことが起きました。袋木さんは善良で、優しい生徒でした。私は……」

 校長がこぶしを握る。

「私は、犯人が憎い。一刻も早く、残酷な犯人が警察によって逮捕されることを願っています。しかし……」

 無念そうにうなだれた。

「今はただ、亡くなった袋木さんを静かに追悼(ついとう)しましょう。黙祷(もくとう)!」

 俺はほかの生徒たち同様に目を閉じて、顔を見たこともない犠牲者の安らかな眠りを願った。


 その後はほぼ普通の授業だった。西川ほとり・昌伯姉弟も、英語補佐の磯貝彰子も、常と変わらない。私立探偵・新郷は勝手に3人を怪しんでいたが、俺の見た限り殺人を犯したような気振(けぶ)りはなかった。

 西川さんは相変わらず自身の存在を浸透させることに躍起になっていた。昌伯は机に置いた枕でぐっすり眠っている。磯貝先生も上質な英語をしゃべっていた。いずれも平然と、である。

 俺は疑うことにいい加減疲れてしまい、彼らにならって普通の態度で授業を受けた。


「ああ、面白かった……」

 俺は文芸部の活動で、ようやく宮部みゆきの『ステップファザー・ステップ』を読み終えた。さっそく読書感想文の作成に取り掛かろうと、未使用の原稿用紙を棚から引っ張り出してくる。

 顧問の長良先生はほかの部と兼任なので、今日もすぐに引き上げた。前任がかもし出していた緊張感もなく、自然、部活動はだらけ気味となる。

 俺はそれが何となく嫌だった。前任の顧問の記憶を、もう消却してしまったのかと思う。心が反発した。

「今日は体調悪いのでもう帰ります」

 先輩方や部長にそう告げると、上山と浜辺さんに挨拶して、俺は部室を出た。

 ちょうどそのときだった。

「おい、夏原!」

 何と新郷哲也と、その助手・桧垣唯が、階段のほうから声をかけてきたではないか。ええっ!? ここ高校なんだけど……

 新郷は唯に支えられながら、杖を突きつつこちらへ寄ってきた。俺も走って近づく。

「どうしたんだよ、おっさん。何でこんなところにあんたが?」

「特例で許可してもらったんだ。警察とのコネを使ってな」

 ふたりとも特別入校許可証を首にかけている。まったく、ずうずうしいったらありゃしない。

「どうだ夏原、殺人発生現場を見に行かないか? 俺ももう一度調べてみたくてな」

「ああ、分かったよ。この前おごってもらったお返しだ。ほれ、肩を貸してやる」

「すまねえ」


 校舎の中庭にきた。3日前の午後6時、袋木優奈先輩はこの場所で殺された。胴体だけをなくして……

 中庭は花壇やベンチが置かれ、四方を建物に囲まれている。血痕は放水と掃除で跡形もなく消し去られていた。警察の捜査は終わっているが、『現場百遍(げんばひゃっぺん)』ということか、刑事らしき人物が杉山校長と話し込んでいる。

 新郷は俺と唯さんの手から離れると、女生徒が殺された場所へヒョコヒョコ歩いていった。

「ここだ。袋木はここで死んでいた……」

 そこには拭いきれなかったのか、ごく少量の血の跡が残っていた。いや、単なる染みがそう見えるだけなのかもしれない。俺はかがんで手で触れた。被害者の無念がわだかまっているような気がしたんだが、どうやら錯覚みたいだ。

「袋木先輩はここで何をしていたんだろう?」

 午後6時。7月とはいえ辺りは暗くなっていたはずである。中庭の中央で、いったい……

「誰かを待っていたとかでしょうか?」

 唯さんがあごをつまんでそう推測した。確かに。その可能性は十分にある。

「9本目の八尾刀を持った奴が、直接話したか手紙でも使ったかして、袋木をこの場にとどまらせた。そして、一気に殺った」

 おっさんが彼女の恨みを呼吸したように気を張った。

「動機はいったい何だったんだ? 袋木の交友関係から何か洗い出せるかもしれん」

 俺はブーイングしたい気分だ。

「そこまでは警察も教えてくれなかったのかよ」

「ああ。俺もあんまりいい探偵とはいえないからな」

「まったく、肝心なところで……」

 それにしても、袋木先輩を殺して得する奴がいるということなのか。

 いったいそれは誰だろう?

 そのとき、俺はふと悪寒を感じた。視線。何かよくない人物からの監視を感じる。俺は校舎を振り仰いだ。

 2階の廊下から、西川ほとり・昌伯姉弟がこちらを冷ややかに見つめていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ