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062変死

■変死


『よう、久しぶりだな』

 俺が受話器を取ると、相手は私立探偵・新郷哲也(しんごう・てつや)だった。おん年36歳。立派な中年である。

「何だよ、おっさん。何か用か?」

 耳元に苦笑が広がった。

『つれないな。命がけで戦った仲なのによ。……ま、それはいい。お前の学校で殺人事件があったよな?』

「ああ」

『その変死体の状況、リークされたんで教えておこうかと思ってな』

 私立探偵というものは、警察の捜査状況を教えてもらえる職種なのだろうか。ともかく、俺はそれに俄然食いついた。

「そりゃ結構な話だ。で、どうだったんだ?」

『電話もいいが、たまには外で話そう。山城光輝(やましろ・こうき)も会いたがってたしな』

 山城光輝とは、新興宗教の幹部を務めていた優男だ。今は新郷の部下として探偵業の勉強中である。

「唯さんは元気か?」

 桧垣唯(ひがき・ゆい)。新郷探偵事務所の助手をつとめている女性だ。俺とは顔見知りだった。

『ああ、もちろんだ。じゃ、駅前に午前10時でいいか?』

「俺、家から出るなってお達しを食らってるんだけど……」

『何、お前には「爆裂疾風」があるからな。殺人鬼に出くわしても何とかなるだろう。じゃ、待ってるぞ』

「あいよ」

 電話は切れた。ともかく行ってみるとするか。でもそれまで二度寝しようっと。俺は部屋に引き上げた。


 駅前にスバルのGF1型インプレッサスポーツワゴンが停まっている。俺は腕時計を見て、約束の時刻5分前であることにほっとした。寝過ぎて、あやうくすっぽかすところだったのだ。

 萩駅は今日も観光客でにぎわっていた。彼らは昨日の殺人事件を知っているのか知らないのか……

 俺は車の窓を叩いた。

「おっさん、俺だ、俺」

 窓が開き、新郷の顔が現れる。申し訳程度にセットされた髪、無精ひげと太い鼻。おっさんのトレードマークだ。ポロシャツの胸ポケットが煙草の箱で膨れている。

「時間通りだな。たまには豪勢に中華料理を楽しもう」

 俺は期待に胸躍らせた。

「マジかよ。腹減ってたんだ」

 後部座席の山城も顔を見せる。山城の豊富な黒髪は額を隠し、眉毛にまでかかっている。生真面目さがうかがえる両眼で、ほっそりした顔の輪郭は肥満を知らないかのようだ。まず美男子といっていい。

「久しぶりだね。さあ、乗って」

 運転席の唯さんは、ぱっと見、風俗関係の女性と間違われるなまめかしさがある。黒いロングの髪の毛にピンクの口紅で、整った顔をしていた。スーツをきちんと着こなしている。

「元気そうね。出発しましょう」

 俺を加えて、ワゴンは発進した。


「豪勢な中華料理、ねえ……」

 俺たちがやってきたのは、街中華の『兆楽(ちょうらく)』という店だった。4台で溢れる狭い駐車場に停車すると、俺たちは唯さんを先頭にのれんをくぐる。おっさんは杖をついて足を引きずっていた。

「予約していた新郷です」

「へい、らっしゃい! さあどうぞ。奥の四人掛けへ」

 客は俺たち以外いないらしい。油まみれの換気扇がすごい音を立てて回り、テーブルはべたべたして気持ち悪かった。椅子は座る部分がめくれかえって、中のスポンジがのぞいてしまっている。

「まあいいや。おごってもらう立場だし。で、話を聞かせてくれよ。袋木先輩は、どう殺されていたんだ?」

 俺はビールをかっ食らう新郷を呆れて眺めながら、そう問いかけた。私立探偵は少し真面目な顔になって口を開く。

「それなんだがな。どうも、超常現象にやられたらしい」

「超常現象? どんな?」

「その女子生徒、どうも胴体だけなくなって、頭と手足だけが残されていたらしいんだ」

 何だって? 俺はむごたらしい死体を想像し、吐き気をこらえなければならなかった。

(のこ)された顔から2年の袋木優奈と判別できたが、いったいどうやって胴体だけ消失させられたのか、どうしても分からないらしい」

 俺は新郷を指差し、身を乗り出した。新郷もこちらを指差す。

「「八尾刀!」」

 異口同音(いくどうおん)にハモって、俺とおっさんは苦い顔をした。それはハモったのが嫌だったからではなく、まだあの闘争が続いているのではないかという辛い予想が湧き起こったからだ。

 八尾刀。刀工源清麿(みなもと・きよまろ)がものした八本の小短刀。超常現象を引き起こすことができる、異常な刀たち……

「やっぱりお前もそう思うか」

「当たり前だろ」

 でもなあ、と新郷は首をかしげる。

「八尾刀は俺の隠れ家の金庫の中なんだけどなあ……。お前の『爆裂疾風』をのぞいて」

 山城が同じくビールをあおりつつ指摘する。

「でも八尾刀の超常現象で、人間の胴体だけを消滅させられるものなんて一本もないけどね」

「だよな」

 唯さんは餃子に手をつけた。運転手として、酒を飲むぜいたくは許されないのだ。

「9本目の八尾刀があるってことですかね、所長」

「かもな」

 俺は届いた炒飯(チャーハン)をスプーンですくい、口に運んだ。うまい。味だけは確かなようだった。

 新郷が俺に尋ねてくる。

「それで、お前の六田高で、最近何か変わったことはあったか?」

「双子の転校生が俺のクラスに加わった。あと、美人の女性も英語の授業に参加してきた」

 俺は口を覆った。

「おい、まさか、おっさん……」

「ああ」

 新郷は口元の泡を舌で舐め取った。

「そいつらが関係あるかもしれない」

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