061殺人事件
■殺人事件
俺は文芸部の朝練がなくなったのをいいことに、その朝も熟睡していた。例の悪夢ではなく、ただ西川姉弟や、磯貝先生らの面影などが取りとめもなく流れる、そんな夢だった。
「お兄ちゃん、大変よ大変!」
これも夢かな、と思っていたが、どうやら違うらしい。ベッドに寝ている俺の肩は、現実に揺さぶられていた。妹の光の仕業だ。
「何だよ、光……。もうちょっと寝かせてくれよ……」
「大変なのよ、それが!」
あまりにも切迫した様子に、俺は何事かとようやく両目を開き、上体を起こす。
「何が大変って? 隕石でも落ちてきて太平洋が蒸発したとか?」
「違うよ。お兄ちゃんの学校、六田大学付属高等学校よね?」
俺は目尻をこすりながら、制服姿の妹の顔を見た。三つ編みの赤髪に、まだあどけないが魅力的な相貌を持つ美少女である。
「そうだけど、それがどうした?」
「1階に下りてテレビのニュースを観てよ。今ものすごい騒ぎになってるよ!」
六田高がすごい騒ぎ? 俺はさすがに興味を引かれた。完全に覚醒して時計を見れば、まだ朝の6時半だった。寝巻き姿で部屋を出て、光の後に続き階段を下りていく。
「おお、姫英」
親父の夏原飛鳥、お袋のかもめが俺の登場にテレビを指し示す。ボリュームを上げた。
「六田高で殺人事件だってよ。今日は休校だな、間違いなく」
殺人事件? 六田高で? 俺はテレビを近距離から凝視する。画面の上辺に『生中継=六田大学付属高校』、下辺に『生徒の変死体発見される』とテロップが出ていた。ヘリからだろう、高空から六田高の校門付近が撮影されている。そこはテープが張られ、警官が2名見張りに立っていた。三脚にカメラを載せたマスコミら報道陣が、校門と校舎にそろってレンズを向けている。
やがて画面には、その中の一社だろう、中継のリポーターが映し出された。背後のものものしい警戒体制を十分にとらえながら、番組の司会者とやり取りする。
「今いったいどういう状況でしょうか?」
『はい、こちらは六田高校の校門前です。この学校で、昨夜ひとりの女生徒が殺害されました。……あ、今情報が入ってきました』
スタッフに紙を渡されたリポーターが、声を張り上げた。
『女生徒の氏名です。2年A組の袋木優奈さんです。袋木さんが、昨夜この校舎の中庭で、変死体として発見されました。死亡推定時刻は午後6時ごろと見られています。発見者は小酒井教頭先生で、すぐに警察に連絡したとのことです』
「変死体とのことですが、どのような感じだったのでしょうか?」
『それはまだ警察からは発表されていません』
ここでスタジオの解説者――元警視庁の田坂という男の声が割り込んできた。
「たぶん相当ひどい殺され方だったんじゃないですか。体がかなり損壊して発見されたとか……。犯人しか知りえない情報として、当面は警察も秘匿するんじゃないですかね」
「なるほど。発表を待ちましょう」
『六田高校の杉山校長は、「警察の捜査が終わるまで、しばらく休校の措置を取りたい」とのことです。あわせて、生徒保護者への説明会も、休校が明け次第開くとのことでした。現場からは以上です』
俺はぞっとしていた。午後6時って、俺が文芸部の活動を終えて帰宅の途についた、まさにその直後じゃないか。のんきに鼻歌歌って、磯貝先生のこと考えてペダルを漕いでいたそのときに、こんな殺人事件が起きていたなんて……
そのとき電話が鳴った。お袋が出る。相手との話はすぐに終わったらしく、俺に内容を告げてきた。
「今日と明日は休校だって。殺人鬼が出歩いている可能性があるから、家にこもって大人しくしているように、って」
「そっか。分かった」
袋木先輩とは面識がなかったが、殺されなきゃならないような罪を犯したとも思えない。つい同情してしまう。
それにしても、変死体、か……
俺は八尾刀のことを考えた。炎を吐く『放射火炎』、稲妻を撃ち出す『飛翔雷撃』、岩の槍で相手を突き刺す『刺突岩盤』。まともに食らった相手は変死体となるだろう。俺の持つ『爆裂疾風』も、ものすごい突風を放つ点で十分それらの仲間に加わる。
まさかこの殺人事件の犯人は、八尾刀を使ったのではないだろうか。でも、八尾刀はあの男の隠れ家の金庫に大切に保管されているはずだけど……
そのときだった。
あの男からの電話がかかってきたのは。




