006夏原姫英A
(6)夏原姫英A
俺はびしょ濡れで帰宅した。新郷哲也のおっさんとのひと悶着で、すっかり時間を食ってしまったからだ。雨はそんたくしてくれねえもんな……
「ただいま」
「お帰りお兄ちゃん……って、どうしたのその格好!」
妹の光がずぶ濡れの俺を発見して、大いに驚いた。まあそりゃそうか。ここはひとつ、男らしいところを見せてやろう。
「何、ちょっと自然のシャワーを浴びたかっただけさ」
「馬鹿じゃないの!?」
馬鹿扱いされた……
「お兄ちゃん、すぐに着てるもの脱いで、お風呂に入って! そのままじゃ風邪引いちゃうよ!」
続いて光は俺の鞄に触ろうとしてきた。俺はすぐに取り上げる。中には『爆裂疾風』の刀身が入っているのだ。そんな物騒なものを妹の目に入れたくなかった。
「これは俺が持ってくよ」
「脱衣所に?」
「おう。悪いか?」
「別にいいけど……」
俺は脱衣所のドアを閉めると、鞄から小短刀を取り出して眺める。
名前を唱えることで、爆風を放つ刀身……。つくづく不思議な品だ。だが、自分が心から欲していた「力」が、今ここにある。そう考えるととてつもなく嬉しくなって、俺は自然に頬がゆるむのを感じた。
そうだ、これは自分のものにしてしまおう。本来の所持者は二階堂さんだけど、落とした彼女が悪いのだ。俺はひとりうなずき、問題は解決したとばかりに鞄にそっと戻す。その上で着ている衣服をすべて脱ぎ捨てた。
姿見に目をやる。そこに映っていたのは、黒い短髪で、男性器ではなく女性器のついた、女の自分……
いまわしい。俺は舌打ちした。最近はどんどん女のような体つきになっていく。鏡を見るたびにムカついてしょうがなかった。
「早く成人して、男性ホルモン注射を打ちてえなぁ。んで、海外で性転換手術を受けて、完全な男になってやる……」
俺が女として生まれてきたのが、そもそもの間違いだったのだ。俺は自分を男だと認識している。
『性同一性障害』――。それが俺の抱えている最重要な問題だった。
俺は風呂場に入ると、蛇口をひねって熱いシャワーを浴びる。いろいろ考え込んだ。
俺は最初は女の子として生きていた。しかし、やがてテレビの女児向けアニメにそっぽを向くようになる。かわりに男児向けの特撮アクションに夢中になった。変身して戦うヒーローたちを、俺は熱心に応援していたという。少なくとも両親はそう語っていた。
小学生になってからは好んで男のファッションと口ぶりを好むようになり、矯正しようとする両親とたびたび喧嘩になった。そんなとき、おじいちゃんは俺を理解し、その盾となってかばってくれたっけ。
次女の光が生まれてからは、両親もその育児に熱中するようになり、俺にとっては少し楽になった。光は俺の好みを把握し、支持してくれた。両親もそれに影響を受けて、やがて注意してくることもなくなっていった。
俺にとって男子のように振る舞うことは自然であり、当たり前であり、アイデンティティであったのだ。
当然趣味も男子向けのものを選ぶ。男友達との草野球はその最たるものだった。だけどそれは、いまだに俺の心に深い傷を残す結末を迎えている……




