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057それから……

(57)それから……


「ふわあぁ……」

「おい夏原、先生の話が始まったら早速あくびか」

 1年B組の教室に笑いが起きる。俺は作り笑いでごまかし、担任の葛西(かさい)の矛先をやり過ごした。

 俺の日常は、戻ってきていた。


 教団ナンバー2――龍覇が死んだからナンバー1か――の郡川早苗は、すべての八尾刀を失って、なおかつ警察に龍覇殺害の嫌疑をかけられて、もはや再起は不可能と思われた。

 一方、ナイトフォールの信者たちは龍覇の死にショックを受けて、盛大な葬儀を執り行なおうと考えているようだ。マスコミのカメラのフラッシュの中、青い服を着た信者たちが、教団ビルに出入りする姿がテレビで流されていた。誰が新しい代表となるのか注目される。

 俺はナイトフォールから脱け出した。山城が約定(やくじょう)書と信者名簿への転記の両方を、こっそり処分していてくれたからだ。

 山城はその後警察に捕まったが、『龍覇殺害の主犯または従犯』という嫌疑は、郡川との確執(かくしつ)怨讐(おんしゅう)を記録した日記の発見によって無事に晴れた。それが事前から用意しておいたものであると、山城は戻ってきた日に得意げに語っていた。

 新郷哲也は何とか命を取りとめ、新しく入所した山城に探偵業のいろはを教えているらしい。八尾刀は隠れ家の奥にある金庫に、7本揃って大事にしまわれているそうだ。

 一方曲玉は、俺が責任持って人知れない場所に埋めた。おっさんに飲ませて、その負傷を治すことも考えたりした。でも、弟さんの仇を討った彼が、満足のうちに死んじまうことも予想されて、それはできなかった。

――ともかく、曲玉はもう誰かに見つけられることもないだろう。これで決着だった。


 俺の親友たち――上山雄大と、その恋人の浜辺真理さん――がのんびり窓外の好天を眺めている。

「それにしても、立花先生が亡くなっちまうなんて、な……」

 文芸部顧問の立花慎二が、新郷探偵事務所で変死を遂げていた事件は、その不可解さから誰の責任も問われなかった。もちろん新郷と桧垣唯は型どおりに取り調べを受けたものの、立花なんて知らない、勝手に泥棒に入ったとんでもない奴だ、と述べてそれで終わりだった。

 俺は上山の言葉に、立花の面影を思い出す。ちょっと――というかかなり――ぶっきらぼうだったけど、いい教師だった。あんな無残な最期を遂げるほど、悪い人間じゃなかったはずだ。胸の奥がきりきり痛んだ。

「結局俺の感想文、オーケーもらえなかったな」

 それは非常に残念だった。浜辺さんが原稿用紙のたばを俺に押し付けてくる。

「私の書いた作品を読んでよ。感想文、書きがいがあるわよ」

「そうしますか」

 俺は彼女の達筆な原稿を前にした。上山が苦笑する。

「真理はかなり上達してるからな。今が一番楽しいときなんだろう」

「うん、まあね! 雄大ちゃんも感想文ありがとね」

 新顧問は長良(ながら)先生だが、彼は他の部活とのかけもちなのでなかなか来られずにいた。俺は浜辺さんの著書を読み進めていく。

 向井先輩とは告白を断ってから会っていない。もうナイトフォールに追われる心配もなくなった俺だが、だからといって今さら「やっぱり付き合ってください」なんていえるわけもない。彼女のことはもうあきらめるしかないだろう。最近別の男子と交際を始めたとの噂を、浜辺さんから聞いてるし……

 二階堂香澄さん、村田凛太郎、神田周平の死体については、どうなったのか聞きおよんでいない。おそらく立花が生前に報告し、教団の信者が処理したのだと思う。確かめに行く気は無論ない。これに関して、六田高や暮野高は『生徒が行方不明』とだけ発表している。

 浜辺さんのミステリは面白かった。ぐいぐい物語の世界に引き込まれていく。そうしながらも、頭の片隅にはやはり曲玉のことが引っかかって離れてくれない。

 曲玉を一度得てから、それを失ったものの苦しみ……。これはやっぱり、一生続くのだろうと思われた。

 俺は窓の外の、雲ひとつない青空を眺める。いろいろな人たちの顔が浮かんでは消えていった。

 俺は、曲玉の誘惑に勝ってみせる。

 それが唯一課せられた使命だと、俺は痛感するのだった。

(第一部・完)

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