055停止時間
(55)停止時間
「がっ……!」
突然の事態への驚きを、焼きごてを当てられたような激痛が上回る。俺は出血しながら後ろに倒れた。一方龍覇はなぜか苦しそうに、反対方向へ尻餅をつく。滝のような汗をかいて……
「これが八尾刀『停止時間』だ。時間を20秒止めることができて、なおかつその間自由に動けるのだ。ただし、使うたびに想像を絶する苦痛に見舞われるのだがな……」
そうか、国民元首党・加賀谷浩輔は道路に飛び出してトラックにはねられて死んだけど、この『停止時間』ならそれも可能だ。能力を発動して20秒以内に、歩道を歩いている加賀谷を道路へ蹴り飛ばせばいいのだから……
「ちきしょうが……!」
20秒の間に深く刺された腹。俺は傷口を押さえて苦痛にたえつつ、どうにか膝立ちで起き上がった。流れ落ちる血が畳に染みを作っていくのを見てうろたえる。
痛い、苦しい、死んでしまう! 絶望的な状況もあわさって目まいがした。
とにかく反撃だ、反撃。龍覇をぶっ飛ばして、何とか救急車を呼ばねばならない。それ以外に生きる道はないのだ。
俺は床に落ちている『爆裂疾風』の柄を手にしようとした。だが激痛に震える手は、それを何度も取りこぼしてつかみきれない。
「く、くそっ……!」
自分の足元に大量の血溜まりができあがった。それは時間の経過とともにじわじわ広がっていく。焦れば焦るほど、体は言うことを聞かなくなっていった。
そうこうしているうちに、老人が立って八尾刀を構える。ものすごい発汗でふらふらしているが、みなぎる殺意はその体を正確に御していた。
「さあ、幕引きだ。死ねぃっ!」
今の俺では抵抗できない。龍覇が俺へと疾走を始めた。どうする、どうする、どうする……!?
そのとき俺は、ポケットの中に『真実の瞳』こと『八尺瓊曲玉』があることに気がついた。源清麿はこれを飲んで神へ近づいたという。
ここは一か八か、やってみるしかねえ……!
俺はしまっていた曲玉を取り出すと、せつなのしゅん巡を振り切り、それを自分の喉へと放り込んだ。その瞬間、全身を解放感のハンマーで殴られたように、すべての痛み苦しみが吹き飛ぶ。
「な、何をしておるっ!」
龍覇が激怒して突きかかってきた。
「吐き出せ! この痴れものがぁっ!」
だが俺は自分の受けた傷が一瞬にして塞がったのを知覚すると、素早く老人の攻撃をかわした。そして『爆裂疾風』を手に取り、すかさずその名を叫ぶ!
「ぐはぁっ!」
龍覇は爆風で豪快に吹っ飛び、窓ガラスを突き破って外へ落ちていった。通行人らしき男女の悲鳴が上がる。八尺瓊曲玉は、確かに龍覇のいうとおりのマジック・アイテムだったのだ。
俺は人を殺してざまあみやがれ、とはいえない。いえないが、あの老人に同情することはどうしてもできなかった。
「『刺突岩盤』……!」
麻痺が解けかかっていた郡川早苗が、自身の支配する八尾刀『刺突岩盤』を握って、その能力を発動させる。
床からコンクリートの槍が3本飛び出し、俺の体を前後から串刺しにした。
しかし……
「な、何で……何で効かないの!?」
次の瞬間には、槍はどれも砕け散って砂と化している。俺の体にあいた穴は、半瞬の激痛と出血こそあったものの、すぐに全部塞がっていた。
「これも曲玉の力……!?」
よくは分からなかったが、たぶんそうだろう。俺は彼女から八尾刀をもぎ取ると、後頭部を殴って失神させた。他の八尾刀もすべて回収し、俺に4本、新郷に4本と割り振る。服の内側とベルトに無理やり突っ込んだ。
もう時間的猶予はない。俺は重傷の新郷に肩を貸し、エレベーターのほうへ歩いていった。そこでおっさんがささやく。
「待った。山城光輝も連れて行ってくれ」
え? ナイトフォールのナンバー2を?
「何でだよ」
「いいから頼む」
必死の返事だった。仕方ない。俺はこちらへよろよろ歩く山城に手を貸すと、3人で脱出した。
ビルを出ると、龍覇の死体が歩道に転がっていた。それへ集まる人々は、心肺蘇生を行なうもの、ただ見物するもの、後ろ髪を惹かれつつ通り過ぎるものなど、さまざまだった。
「こっちよ」
唯の車がすぐ手前に来ていた。俺たちはそれに乗り込んで、ともかくこの場を離れようと急発進させた。




