054神話
(54)神話
「三種の神器――草薙の剣・八尺瓊曲玉・八咫鏡――は元暦2年3月24日――グレゴリオ暦なら1185年5月2日となる――に壇ノ浦の戦いで失われた。平氏が源氏に敗北し、二位尼こと平時子が幼い安徳帝と三種の神器を抱いた状態で入水したからだ。源頼朝はすぐに高浜浦の岩松与三に命じて、三種の神器を探索するよう命じた。そうして網にかかって発見できたのは、鏡と勾玉だけだった。草薙の剣はこのとき関門海峡に永遠に消え去ったのだ」
龍覇は少し残念そうな表情を浮かべる。
「岩松は源頼朝に鏡と勾玉を返還した。だがこの際、岩松は偽物の勾玉を差し出した――というのがわしの主張だ。『真の八尺瓊曲玉』は別にある。それは神秘の力を持ち、飲み下したものに神の力を与えるであろう。そう、岩松は曲玉を飲み下したのだ。その大いなる力を得るためにな。彼が規矩一郡を寄進したのは、単に信心深かったからだけではないとわしは見ている。曲玉の力を得た彼が、別の何かに熱中するため、授かった土地を邪魔に思うたのであろう」
「変じゃねえか。そんな大いなる力があるなら、二位尼は安徳天皇に飲ませて落ち延びさせればよかったのに」
「曲玉の力は暴力的でもある。そこまでして生き永らえようとは、二位尼も思わなかったのだろう」
老人の独演会はまだまだ続く。
「スサノオをあがめよ、曲玉を探せ――それがわしの創り上げた教団ナイトフォールの教義だ。そもそも八尺瓊曲玉は、天照大御神が岩戸に隠れた際、玉祖命が作ったものだ。太玉命が捧げ持つ天の香山の五百箇真賢木に鏡とともに掛けられている。それほど神気にあふれた品物だったのだ」
まるで彼にしか見えない聴衆に語りかけているかのようだ。
「それより前、スサノオが高天原にのぼったときのこと。天照大御神は、スサノオが暴虐をしにきたと勘違いした。そこでスサノオは、お互いの品で誓約をしようと言い出した。スサノオは天照大御神の左右のみづら・頭・両手首に巻いていた玉飾り――勾玉を貰い受けて、天真名井で振りすすぎ、噛みに噛んで、狭霧を吹き出し、神を生み出している。ここでも勾玉だ。勾玉は神の装飾具としてだけでなく、それ自体が神秘の力を持つものなのだ」
老人はクライマックスに向けてさらに情熱的に話す。
「スサノオが十拳剣『天羽々斬』でヤマタノオロチを倒した際も、事前に胃に含んだ勾玉の力がスサノオに宿っていたとわしは推察しておる。もしそれが玉祖命の八尺瓊曲玉――我々が探す『真実の瞳』――であれば、どれほどの神力を得たことか。曲玉こそは神への道、人を超越する力をもたらす究極のマジック・アイテムなのだ」
龍覇は荒唐無稽な話をそう真面目に語り終えた。俺はあきれ果てる。
「あんた頭おかしいぜ。そんな代物がこの世に存在する証拠でもあったのかよ」
「お前の持つ『爆裂疾風』は超常現象を起こすではないか」
「…………」
「曲玉は月読――夜の食国を支配する神を象徴しているともいわれる。『ナイトフォール』とは、月読の世界を迎え入れるためにわしがつけた名前なのだ。どうだ、素晴らしいだろう」
ナイトフォール。『夜来たる』か。なるほどね。
龍覇はすっかり落ち着いていた。荒くしていた呼吸が元に戻っている。
「さあもういいだろう。曲玉を渡せ」
俺は当然突っぱねた。こいつ、ふざけやがって。
「とりあえずお前がすべての元凶だってことはよく分かったぜ。ぶっ飛ばしてやる!」
俺は『爆裂疾風』を相手に向けて、その名を唱えようとする。だがそれより早く、老人が『停止時間』と唱えた。
――と思ったら。
俺の腹に龍覇が八尾刀を突き立てていた。




