053教団代表
(53)教団代表
「夏原くん、ごめんね。所長がどうしても聞かなくて……」
唯が来てくれた頃には、俺はどうにか自分で立てるぐらいにまで回復していた。開いたドアから車外に出る。
「おっさんはまだ帰ってこないのか?」
すでに7分が経過している。
「そうみたい。どうなったのかしら――心配だわ」
「『爆裂疾風』が熱いけど……。今、曲玉を持ってるんだな?」
「ええ。これを交渉材料にして、所長を助け出しに行きましょう」
「唯さんはここで待ってろ。俺が行く。20分経っても戻らなかったら、警察に電話をよろしく」
「ええっ、そんな……。でも八尾刀なしで殴りこむことは難しいし……」
熟慮する唯だったが、時間が惜しいと感じたのだろう。
「分かったわ」
彼女は俺に曲玉を渡してきた。それをポケットにしまい、新郷を助けに全力で走り出す。おっさんは歩いてビルに向かったので、ここで時間の短縮をはかれるのだ。
以前俺が入信のためにやってきた立派なビル。そこのエレベーターに乗り込み、教団施設のある5階のボタンを連打した。上昇する箱の遅さにいら立ってしまう。
そして到着すると、ドアが開くのももどかしく、エレベーターから躍り出た。受付嬢は――テーブルに突っ伏して動かない。麻痺していた。『波紋声音』を誰かが使ったのだ。俺は喉が乾上がるのを感じた。
廊下を走り、以前入ったことのある奥の扉に飛び込む。あの広い畳の間だ。
そこには……
「おっさん!」
新郷が血を流して倒れていた。おそらく『水流円刃』だろう、右足ふとももにえぐられたような傷がある。その近くに郡川早苗と山城光輝が倒れていて、どうやらおっさんの『波紋声音』の効果を受けて麻痺したのだろうと推測された。
だがもう一人、袈裟を着た老人は泰然自若と立っている。麻痺した様子はなかった。
新郷が激痛に苦悶しつつ忠告してくる。
「奴が勝間龍覇だ。逃げろ夏原……」
「生きてるのか、おっさん! 待ってろ、今手当てする!」
龍覇と呼ばれた老人はなぜか肩で息をして苦しそうだった。額に汗を浮かべている。その手に初めて見る型の、謎の八尾刀が握られていた。
「八尾刀が熱い……! さては少年よ、曲玉を持っているな?」
彼は大きな口でにたりと笑った。60代半ばぐらいの顔つきのわりに、丈夫そうな体をしている。白髪もまだけなげに残っており、一定の若々しさがみなぎっていた。鷲鼻がひどく目立つ。
「そうならば曲玉を壊すような能力を発動することはできないのう。さあ、よこせ。それはわしのものだ。それを手に入れるために、今日まで11年間ナイトフォールを引っ張ってきたのだ。それを持つ資格と権利はわしにしかないのだ」
俺は龍覇を無視して、焦燥にかられながら、着ている服の袖をちぎった。それを包帯代わりに新郷の右足をしばる。これで一応の止血はした。後は病院に担ぎ込むだけだ。俺はひと安心した。
「耳の穴をふさいでろ、おっさん」
そして『波紋声音』を手に取った。龍覇に切っ先を向けて唱える。
「『波紋声音』!」
声が鼓膜に届いたもの全員を麻痺させ、動けなくさせる能力。しかし……
「馬鹿な……なんで効かない!?」
俺はがく然とした。龍覇は苦笑する。
「わしは耳が遠いでな。体が多少重くなるものの、麻痺にまでは到達せんのだ」
なんだと……!? そこから俺は今の状況を推理した。
たぶんおっさんは、ここにいる幹部3人を制圧しようと、誰より早く『波紋声音』を使ったのだろう。その怒声は受付嬢まで麻痺させるほど大きかったに違いない。
だが龍覇には効かなかった。龍覇は『水流円刃』を手にして、おっさんの足を切り裂いた。だが何か疲労するようなものでもあったのか、老人はとどめをさせずにいた。そこへ俺が飛び込んできた――といったところか。
龍覇は額を汗をぬぐいながら、「少し話そうか」といった。




