051刺突岩盤
(51)刺突岩盤
周囲の野次馬たちは散り散りに逃げ去って、誰ひとり残っていなかった。唯はワンボックスカー――デリカスターワゴンに俺と新郷を乗り込ませると、下にあった『波紋声音』も回収して、車を出発させる。
「所長、夏原くん、身を低くしてください。二人はナイトフォールに顔バレしてると思うので。私も一応サングラスはしますけどね」
俺は忠告どおりにしながら、おっさんに尋ねた。
「何で蛇川はあんなに早くここへ来れたんだ?」
「おそらくだが……立花慎二は、麻痺から回復した後改めて教団に電話を入れて、曲玉と『波紋声音』が夏原に奪われたことを報告したんだろう。そこで教団幹部は、何よりも曲玉回収を最優先として、俺たちの探偵事務所を蛇川に襲わせたんだ。お前の行き先が俺たちのところってのは、勘がよくなくてもすぐ分かるからな。蛇川はたまたま近くにいたんだろう」
新郷はポケットからキャスターマイルドを取り出すと、一本くわえた。100円ライターで火をつける。まずそうに煙を吐き出した。
俺は少し気まずくつぶやく。
「まさか蛇川を殺しちまうとはな。まあやらなきゃやられていたし、じいちゃんと新郷武さんの仇敵だったし、仕方なかったかな……」
「そのとおり、仕方なかったんだ。こういうことは、大人の世界じゃ往々にしてあることだ」
あんまりいい弁明とはいえなかった。
車は40分ほど走り、ひと気のない川沿いの一軒家にたどり着いた。
「所長、夏原くん、着いたわよ。ここが私たち新郷探偵事務所の隠れ家ってわけ。月に一回清掃のためにやってくる以外、全然使われてないわ。まさかここが役に立つとはねえ……。さすが所長」
俺は唯の案内でシャワーを浴び、傷口を消毒した。その上で飯――主にレトルトや缶詰の食品――を食べ、人心地ついたところで布団に入る。そのまま眠りについた。とにかく疲れ、傷ついていたのだ。
「ふあぁ……」
起きたときは昼ごろだった。借り物のパジャマを着たまま居間に向かう。
そこでは新郷と唯がパソコンのモニターに釘付けになっていた。画面は緑色で、探偵事務所の内部を家捜しするふたりの男女の姿があった。
郡川早苗と山城光輝。ナイトフォールの幹部たちだ。
「監視カメラの映像だ。音声も入っている。家宅侵入の現行犯として、警察に通報して逮捕してもらいたいところだが……勝間龍覇も政治家時代のパイプが警察との間にあるからな。かえってこっちの居場所がばれちまうかもしれない。しばらくはこいつを録画しつつ様子見だな」
そのとき、郡川と山城のもとへ立花が現れる。
「立花か」
俺はつぶやいた。彼ら3人は低い声で二言三言会話を交わす。新郷が推理した。
「たぶん八尾刀の刃が熱を持っていないから、ここには曲玉はないと進言したんだろう」
と、そのときだった。
郡川が八尾刀を構え、『刺突岩盤』と唱えたのだ。すると、すぐ足元からコンクリートの槍のようなものが複数盛り上がって飛び出し、立花の体を刺し貫く。血がまき散った。
「立花っ!」
俺は思わず立ち上がって叫んでいた。
英語教師は数瞬苦痛に身をよじったが、やがて糸の切れた操り人形のように力が抜ける。探偵事務所の床に血の池が広がっていった。
「た、立花、立花……!」
俺は画面のなかで死を遂げた文芸部顧問に、その悲惨な姿に気が動転して舌が回らない。
郡川と山城は立花の八尾刀『飛翔雷撃』を回収すると、事務所を後にした。1分前まで忠実な部下だったものの無残な亡きがらを残して……
『もし「真実の瞳」が見つかるようなことがあれば、きっと俺も龍覇さまに殺されるだろう――用済みの下級信者としてな』
『だが信者として生きている以上、たとえ自分の命を捨てることになったとしても「真実の瞳」――八尺瓊曲玉を見つけ出さなければならない。それが使命なのだ』
俺は立花の言葉を思い出しながら、その場に泣き崩れた。ひどい。ひどすぎる。これが、これがナイトフォールに尽くしてきたものの最期だなんて……




